第7話
「失礼しまーす。ってあ~」
そう言って入室したまりは思わず語尾を伸ばしてしまった。
「……華井か」
「奥井君……」
そう。そこは保健室。
だが今回はまりはクラスメイトが体育で怪我をしたので付き添いだ。
案の定、奥井龍一は保健室のベッドに当然の様に居座っていた。
しかし今回は顔色がひどく悪く、頭痛じゃなさそうである。
まりは横川に先生にクラスメイトを託すと、奥井龍一に近寄った。
「奥井君、大丈夫? 顔色悪いよとっても」
「ああ……。ひどく悪寒がしてな。早退だ」
「熱計ったの?」
「計るまでもない。早退だ」
頑なに「早退」を繰り返す奥井龍一の瓶底眼鏡も心なしか曇っているように見えた。
口調はいつも通りだが覇気がない。
まだ奥井龍一にそんなに詳しくないとは言え、まりはとても心配になっていた。
「奥井君」
「何だ」
怠そうに奥井龍一が返事をしてこちらを見上げる。
「家、何処?」
「あ?」
「ご両親のどちらか迎えに来るの? ご飯は? 鞄とかは?」
「質問は一つにしろよ、へっくしゅん!」
盛大に向こうを向いてからクシャミをすると、まりに差し出されたティッシュで鼻をかむ奥井龍一。
しばらく黙った後。
「……俺は片親だ。迎えは来ない。ご飯くらいまだ作れる状態だ。鞄はもうここにある」
家の情報以外、丁寧にまりの質問に答えてくれた。
「そう……」
肝心な情報以外は聞けたが、何だかまりの胸はひどくもやもやした。
「あの日」
「ん?」
「私が熱出して早退した日。奥井君、ホームまで心配して見に来てくれたでしょ」
「何の事だか」
そっぽを向く奥井龍一。
だがまりには瓶底眼鏡の奥の瞳が泳いでるように感じた。
「心配だよ。うん、この気持ちは心配」
「おまえの方が俺は心配だ」
ぶつぶつ呟くまりに向かって奥井龍一は言う。
「決めた」
まりは決意した。
「私も早退する」
「え」
「横川先生」
机に向かって仕事をしていた保健室の先生・横川がこちらを見る。
「なあに、華井さん。美河さんなら何だか二人に遠慮して先帰ったわよ?」
「あ、いけない。じゃなくて」
まりはクラスメイトの存在をすっかり忘れていたことに今気付いた。
だが今は演技に集中だ。
「ああー……」
突然、まりは大声を上げるとふらりとその場にしゃがんだ。
「華井さん!」
「華井……」
驚く横川先生と呆れる奥井龍一。
まりは構わず続けた。演技を。
「せ、先生。わ、私も悪寒が。熱が。震えが体中を走っています!」
「あら! 大変! 担任の先生に言っとくから早退しなさい!」
「せ、先生に宜しくお願いしますと」
「分かったから! 鞄持ってこれる?」
「は、はい……」
しおしおとまりは保健室を後にし、教室から鞄と折り畳み傘を持ってくる。
かくして、まりの一世一代の演技(?)は功を奏し早退することと相成った。
その間の奥井龍一はと言うと。
「頭痛が、ひどくなった……」
と頭を抱えていたのだった。
そして林高校の保健室の未来をひどく案じたのだった。
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