継続は力なりということがよくわかる件について(前編)
4週間後
アーガッシュの町ギルド支部の近くの宿屋
ハルトは日が昇る前に起床し、朝食を食べる。朝食はもちろんいつも通りレバーの入った増血定食だ。というかステリーがこれ以外の食事を認めてくれないのである。せめてもの抵抗として赤魚とチーズを増やして豚レバーは鳥レバーに変更した結果、かなり美味しくなった。薄味なのは変わらないが、煮込む食材の時間と順番を考えて、試行錯誤しながら下処理をマスターした結果だ。ハルトとしてはもっと濃い味付けにしたいのだが、塩を大量にぶち込もうとするとステリーに止められてしまうので仕方ない。糖質、脂質、塩分を増やせば間違いなく美味くなるというのに......
朝食を食べて身支度が整ったころにはうっすらと日が差し込み明るくなってきていた。
この4週間はステリーの指導の下、明け方から夕方までゴブリンやナイトウルフなど、このあたりで出没するD級以下のモンスターを集中的に倒して体の動かし方を練習してきた。ハルトは最初ほぼ何もできずにステリーにアシストされっぱなしだったが、何度も戦って繰り返すうちに体の動かし方というものが感覚的に分かるようになってきた。反復練習によってコツが染みついてきたとでも言うべきか。最近は投石のコントロールもかなり上達し、実戦でも命中率がかなり上がってきたのだ。
今日は今までの狩場であった西の大通りの外れから3㎞ほど南に向かった地点にある洞窟に向かう。大通りの外れでは狩りをしすぎて最近モンスターを見かけなくなってきてしまったのだ。道中でゴブリンが4匹突っ込んでくるが、投石で1匹ずつ頭をつぶす。
まさに100発100中と心の中で自画自賛する。だが、あ、一発外した。ハルトはまだコントロールが甘いのを痛感する。体をひねってゴブリンの突進を躱し足払いをして転倒させた後に頭部を踏み潰す。ゴブリンの頭蓋骨は脆い。コツさえつかめれば素手でも十分に破壊可能だろう。ここ4週間で何度もやっているためハルトも手慣れたものである。
《後方からナイトウルフが1匹来とるのう》
後方の索敵はステリーに任せることにした。人間の目は前にしかついておらず、ナイトウルフは足音がしないので自力では索敵不可能だと判断したためだ。いずれは気配を感じ取れるようになりたいものだが今のハルトにはまだ無理だ。しかし、ステリーは一体どうやって気配のしないナイトウルフを感知しているのだろうか?コツがあれば教えてほしいものだ。
懐からトリモチを出して前足にぶつける。これはギルドで銅貨15枚払って購入したもので粘着力が強く使い勝手がいい。ナイトウルフの足が地面にくっついたところで思い切り振りかぶって投石で頭をつぶす。
「ふう、ざっとこんなもんよ」
ハルトは満足げに言った。ある程度実戦経験を積んだことでハルトの腕前はかなり上達した。実際にこの戦闘では後方の警戒以外は全てハルトが自力で行っている。ようやく地に足のついた戦闘が出来るようになってきたのだ。
《見違えるようじゃ、かなり成長したのう。ようやく己の肉体の使い方が分かってきたか。一先ずゴブリンとナイトウルフに関しては合格点をやろう。D級討伐対象のモンスター相手ならまず問題はあるまい》
「よし!」
ハルトは思わずガッツポーズを作る。ここまで長い道のりだったが、自分の能力が着実に上がっていくのを経験するのはなかなか楽しいものだった。ステリーのお許しも出たため、今日からは最低限のアシストで積極的に狩りに向かうことにする。
ハルトは洞窟の入り口付近で早速モンスターを発見した。
D級討伐対象ケイブスネーク。
長く鋭い返しの付いた牙を上下に二本ずつ持ち、黒色の舌をチロチロとのぞかせる鮮やかな赤い口元が特徴的だ。大きさは1~3mほどとマチマチで、全身が暗黄色の表皮に覆われており、舌をチロチロと出し入れしながらとぐろを巻いている。割と一般的に想像される蛇と近い風貌をしているが、最大の違いはその数だ。
《うじゃうじゃいるのう》
ざっと数えると20匹以上はいる。普通の蛇は群れを作るのは繁殖期や冬眠を行う冬季のみであり、ここまで密集することはない。しかし、ケイブスネークは1年中繫殖する上に成長速度もかなり早いため常に群れている。増えすぎて洞窟が手狭になると集団で移動して町や街道などに紛れ込み、人間に危害を加える厄介なモンスターだ。
通常、町の出入り口は門によって閉ざされて衛兵が警戒しモンスターの侵入を防いでいるが、ケイブスネークは門だけでなく壁もよじ登れるし門と地面の比較的小さな隙間からも侵入する。こういった個体群は『はぐれ』と呼ばれ、比較的群れの数が少ないためハンターからは積極的に狩られるがケイブスネークによる一般人の被害報告は後を絶たない。それだけ数が多いのだ。
またモンスターとして討伐依頼が持ち込まれるだけあって気性も非常に荒く、ピット器官で動きのある熱源を感知すると獲物とみなし相手が何であっても容赦なく集団で食らいつく。牙は中に空洞のある注射針のような構造となっており牙から毒を流し込んで獲物をしとめるのだ。
ここで幸いにもケイブスネークの毒は弱く、小動物ならともかく人間にとってそれだけで致命傷になることはまずない。しかし、返しの付いた牙が肉に食い込めば重傷は避けられないだろう。
そして現代日本のように高度な医療を一般人が受けることが難しいこの世界では適切な治療を受けることが出来ずに傷口から入り込んだ細菌によって感染症となり、長く苦しんだ後に死んでしまうことが非常に多い。そのため世間的には遅効性の猛毒を持っていると勘違いされており、【呑気な死神】という異名で恐れられている。
しかし、その凶暴性と毒牙が脅威となるのはケイブスネークがピット器官でこちらの体温を感知し、獲物に気が付いた場合の話だ。このモンスターは目が退化しており視力がほぼないうえに外部情報の獲得を触覚とピット器官による熱源の感知に頼り切っている。ピット器官による熱源の感知範囲はおよそ20mほど。そのためそれより遠距離からの攻撃には対応する方法を持たない。加えて普通の蛇なら備えている鱗まで失っているため、防御能力はないに等しい。
そこでハルトがとった戦法はシンプルだ。ひたすらに遠方から石を拾っては投げる、投げる、投げるの繰り返しだ。洞窟の壁面や床面に石がぶつかる音が反響して耳に届き石が壁面を削る音が絶え間なく響く。ケイブスネークは知覚外からの攻撃にパニックに陥ったのか、集団でのたうっており、かなりの迫力がある。しかし、ピット器官は熱のあるものしか感知できないため、ケイブスネークには洞窟内と同じ程度の温度の石ころを感知する方法がないのである。避けることもできない不可知の攻撃によって少しずつ動きのあるケイブスネークの数が減っていく。
ハルトは十分な距離を取り、焦らず一投ずつ確実にケイブスネークの群れに石を投げ込み続けていく。万が一ケイブスネークに発見されてしまうとあっという間に群がられて、全身の肉に噛みつかれて致命傷につながる。たとえ時間がかかったとしても安全圏から慎重に攻撃を行う必要がある。
しばらく続けるとのたうって動くケイブスネークの数が減っていき、やがて床面を打ち付ける投石の反響音だけが聞こえる静寂が訪れる。ここまでくればもう安全である。