金銭欲にかられる前にすることがある件について
「ナイトウルフは一匹につき銀貨15枚か、強いだけあって結構もらえるな!」
二匹分換金したため銀貨30枚だ。2割を取られても銀貨24枚分残る。昨日のゴブリンと比べると一日の稼ぎとしては相当な成果である。頑張った分だけ稼ぎが増えるというのは気分がいい。この快感は日本でサラリーマンを続けていては決して手に入らなかったものだろう。ギルドからの借金も目に見えて減って心が軽い。そしてすぐに調子に乗ってこんな考えが口を突いて出てきてしまう。
「もっと高額なモンスターを狙ってみたいなぁ」
ナイトウルフでついさっき痛い目を見たばかりだというのに呑気にもそんなことを考えてしまう。人は金銭の誘惑にはあらがえないのである。ハルトは失敗から学ばないタイプなのかもしれない。
《ふむ、やる気があるのはいいことじゃが投石だけでは限界が見えてくることを理解するのじゃ。》
金銭欲にとらわれたハルトにステリーがそんな言葉を投げかける。
ステリーが言うにはナイトウルフやゴブリンには身を守るような毛皮がなく、高速で移動するために骨も軽くて比較的脆い。いや、基本的にD級以下の討伐対象に指定されるモンスターには毛皮がないというべきだろう。要するに防御力が低く、攻撃さえ当てることが出来れば戦い慣れしていない素人でも勝利できるモンスターだけが選出されているのだ。ナイトウルフよりも高額なモンスターを倒すとなるとそれはC級以上の討伐対象となってくる。これらを相手にするなら最低でも金属製の武器、可能であれば魔法の力が込められた強力な一品が必要になってくるのは確実だ。とてもではないがその辺で拾った石ころだけで勝つのは不可能だ。
《まずおぬしは自分の肉体の使い方をマスターすることじゃ。さしあたってD級以下の討伐対象のモンスターはわらわのアシストなしでも倒せるようになるべきじゃの。そして報酬で得た金銭を貯めて己にふさわしい武器を選りすぐって買うべきじゃ。可能であれば腕のいい職人を探して素材持ち込みでオーダーメイドを注文するべきじゃが、この方法ではかなり値が張るので現実味はないかもしれないのう。とりあえずは露店で質の良い武器を買えるようになるべきじゃな》
ステリーの提案にハルトは興奮気味に返答する。
「おお! 自分専用の武器か! いい響きだ、テンション上がるなぁ! そうと決まれば沢山モンスターを倒してお金を貯めるか!」
高額すぎて現実味がないと言われたが、オーダーメイドの武器というのは正直あこがれるしテンションが上がる。
それに、自分が使う武器を露店で探すだけでも結構楽しそうだ。毎回その辺で拾った石が武器というのはやはり味気がない。RPGのように強力な武器を求めて店を巡るというのは冒険してるという感じが出るだろう。それに自分で選んだ武器のほうが戦闘もやりやすい筈だ。
武器を強化してさらなる強敵に挑むというのはRPGではよくある流れだ。これを実際にできるとなるとかなり興奮する。ハルトはせっかく日本ではあり得ないことが出来るのだからやらないほうが損だろうとさえ思う。問題はこれがゲームではなく現実であり、自分の残機が一つしかないという事なのだが、さっきまでのナイトウルフに対する恐怖をすっかり忘れて楽しくなってきてしまった。
「早速次の依頼を受けに行きますか!」
ハルトは調子に乗って武器が高額だというなら稼ぐだけであると意気込んで仕事を探そうとする。しかし、ステリーからは反対されてしまう。
《もうそろそろ日が傾き始めるから明日からにするんじゃな。何事も急いては事を仕損じるぞ》
「えー、もうちょっとくらいダメ?」
《だめじゃ、夜はモンスターが格段に強くなる。昼間と同じだと思わんほうが良い》
「そうなの?」
空を見た感じでは完全に日が落ちるまでまだ4~5時間はある。ハルトは充分に余裕があると思ったのだが、夜になることを強く警戒する理由が気になる。
《なんでゴブリンやナイトウルフに眼球がないか分かるかのう?》
そんなことを聞かれてもハルトには分からない。あいにく生物学は専攻していないのだ。
《それは本来夜行性だからじゃ。視界が必要ないから目がないのじゃ。特にナイトウルフなんか真っ黒で夜間は姿が全く見えんくなるぞ。太陽の光がないならC級以上のハンターやそれに近い強さの人間でもあっさり屠られる手ごわさになるのは確実じゃ》
なるほど、暗殺者っぷりに磨きがかかるわけか。それは厄介だ。C級ハンターがどれくらい強いのかハルトには分からないが、D級よりは格上だというのはわかる。それをあっさり倒してしまうというのは相当やばいな。
《それだけではないのじゃ。夜間は数多くのナイトウルフが活発に活動するので、連戦になる可能性も低くない。群れを作らないとはいえ、たまたま複数匹と同時戦闘になる可能性もある。わらわたちは餌につられて寝ぼけ眼でホイホイ出てきたアホな個体を狩っていたにすぎんということじゃ。このことをゆめゆめ忘れないように》
ナイトウルフを複数匹は絶対に無理。それを連戦とか生きて帰れる気がしない。
それに、ナイトウルフめちゃくちゃ強かったのにあれで寝ぼけ眼だったのか。ちょっと調子に乗ってモンスターのことをなめてました。前言を撤回して今日はおとなしく宿屋で眠ることにしよう。