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高額報酬にはそれなりの理由がある件について

翌日  西の大通りの外れ


 ハルトは再び西の大通りの外れを訪れた。 昨日ゴブリンを倒したポイントからさらに奥まで足を踏み入れる。今回のターゲットはナイトウルフという名前のモンスターだ。恐らく名前から推測するに狼なのであろう。ハルトは実物を見たことがないし、依頼用紙に写真も入っていないので確認しようもないのだが。


「しかしギルドの募集依頼は親切なのか不親切なのか分からないな。もっと詳しく情報を書いてくれてもいいのに」


 一昨日のゴブリンの依頼書もそうだったが目撃情報のあった場所や移動経路の詳細は依頼用紙に書いてくれるが、肝心のモンスターの外見、攻撃手段や弱点などが一切書かれてないのだ。これでは全てのモンスターが初見となる初心者ハンターの依頼成功率はかなり低いのではないだろうか?


 ハルトが疑問に思っていると、ステリーから返答があった。


《それはギルドや他のハンターから購入するのじゃよ。受付嬢も言っておったであろう? 有益な情報や訓練の手ほどきを有償で行うと。ギルドも商売じゃからのう。》


 ステリーによると、ギルドは基本的に国家から独立した中立の組織であるため、国に税金を支払う必要がない。一方で国家から支援してもらうこともできないため、ギルド運営のための資金はギルドが自力で稼ぐ必要がある。そもそもギルドは複数の国家をまたいで移動する、モンスターに対抗するための組織なので特定の国家に肩入れしてはいけないからだ。もっとも、形骸化している部分もあるようだが。

 ギルドは長年かけて培われた、モンスター討伐や訓練のノウハウをハンターや一般の個人に売って収入の一部としているのだ。例えばゴブリンの等身大の複写や生態の記された写しはそれぞれ銅貨25枚ほどで購入できるし、ゴブリンの鼻をつぶすための匂い玉は一つ銅貨5枚で販売されている。なおこれらのアイテムはハンター必須アイテムと化しており、ほとんどの初心者ハンターが購入しているそうだ。その購入のためにギルドからさらにお金を借り、借金漬けになっているハンターも多くいる。


 そのことを聞きハルトは思わず一人ごちる。


「なんて世知辛い世の中なんだ」


 その事実を聞く限り、やはり世の中お金が一番なのか。金がなくては何も出来ぬ。ああ、無情。この調子ではE級のハンターなんかほとんど昇級前に死んでしまうのではないだろうか? ああ、そうか死亡すると借金からは解放されるな。死人に口なし欲もなし、ついでに金と返済の当てもなし。だからギルドの金利は日本の闇金もびっくりな高利息なのかもしれない。


《まあ実際問題E級からD級に昇格できるハンターは5~6人に一人くらいじゃな》


 すさまじい命の無駄遣いを見た気がする。もっと初心者訓練を充実させれば成功率は上がりそうなものだが。そうすれば借金の返済率もマシになって収益も上がりそうなものだ。


《まあ、金銭の貸し付けに関しては半ば慈善事業と化している面もあるようじゃの。ほとんど利益は出ていない。一応国家や人類の有事に頼りとされる戦力じゃから、実力者を選抜する必要があるわけじゃな。だから門戸を広げるために返済の当てのない、信用力の低い人間にも貸し付けを行っておるわけじゃ。この不親切と慈悲が入り混じった仕組みはギルドの利権であると同時に、弱者を排除し強者を漏れなく選抜するふるいでもあるのじゃ》


 ステリーの説明を聞き、ハルトは一応納得した。だが、そうか、闇金もびっくりな利息でもあんまり利益になってないどころか慈善事業扱いなのか......元日本人としてはものすごいカルチャーショックを感じる。ハルトはあまり知りたくなかった世の残酷さを知ってしまったが、そろそろギルドに指定されたポイントが近い。おしゃべりを中断して集中する。


 すると突然太陽の光が遮られて影が出来る。


「グォォオアーー!」


 そして背後から心臓に響くような重い音が打ち付けるようにハルトの全身を貫く。


「!!」


 ハルトは突然左後方から響く、低く重いうなり声に思考が停止してしまうが、肉体は勝手に動き、右側に転がって距離を置く。


《ぼさっとしとると死んでしまうのじゃ》


 ステリーの声が脳内に響いた。


 その瞬間100cm以上はあろうかという大型の獣が牙を剥き出しにしながら躍り出るが、ハルトの体はすでにその場所になくその攻撃はむなしく空を切るのみだった。


 あぶな! 実際に襲われるまでまったく気配がしなかった!


《相変わらず周囲の警戒が全くできとらんのう、おぬしは。今のはわらわがおらんくてもすぐに動けば避けれたじゃろう。まったく、今の確実に死んでおったぞ》


 明確な死の危険をステリーに指摘されてようやく危機感がハルトの脳に染み渡る。頭の中が混乱して心臓がバクバクなる。ギルドで指定されたポイントはもう少し先だったはず。それに、いきなりの唸り声で驚いて体がすくんでしまった。


《モンスターとて生物じゃから動き回ることもあろう?臨戦態勢に入るのが遅すぎるわ。大体毎度毎度丁寧に目撃情報のあったポイントでじっとしておったらそっちのほうが怖いのう。》


 ステリーに言われてハッとした。確かにその通りだ。ハルトは未だに元の世界の感覚が抜けていないのを痛感した。この世界において外の世界というのは安全が保障されていないのだ。安全と危険に明確な境界線なんてなく、俺が勝手に安全だと勘違いして気を抜いていただけだったのだ。


 「ありがとう、本当に助かったよ」


 ステリーにお礼を言う。やはり平和ボケというのは一日や二日で治るものではないらしい。現実ではゲームみたいに戦闘が開始する前にムービーが流れたりBGMが切り替わるということはないのだ。ハルトは自身がまだ目の前の世界を現実として呑み込めていない事実を受け入れるしかない。


《よいよい、まずはコイツに意識を集中させい》


 ハルトは目の前の襲撃者をじっと観察する。

 鋭い牙が上下で4本剥き出しになった凶悪な口からはぬらぬらとよだれがしたたり落ちて地面が濡れる。抑えきれない食欲がそのままよだれとなって地面に流れ落ちているかのようだ。相当に空腹なのかもしれない。

 ナイトウルフは獲物に牙が突き刺さっていない事に苛立ちを覚えているようで牙をガチガチ鳴らしている。その風貌はシルエットだけ見ればオオカミのように見えるかもしれないが、光のある場所ではどう見ても狼とは呼べない不気味な姿だ。眼球のない顔には豚のような形の大きな鼻がついており、ピンと立った耳がひくひくと動いている。全身が一部の隙もなく真っ黒で毛が全くない。狼というよりもこれでは妖怪の類にしか見えない。

 全体的に骨ばった体つきだが後ろ足の回りには筋肉がしっかりとついているのが見て取れる。ゴブリンのように簡単に転倒させることはできないだろうし、相当に足は速そうだ。逃げても恐らくあっさり追いつかれるだろう。逃亡は不可能だ。


「グォォオアーー!」


 再び鼻をひくひくさせながら重く、低いうなり声を上げている。ナイトウルフの鋭く長い牙が日光に照らされて白銀に輝く。まともに噛まれたら失血死は確実だろう。


《ナイトウルフじゃな。夜の暗殺者とも呼ばれ足音が全くしないことが特徴じゃ》


 ステリーが独り言のようにつぶやく。だから襲われるまで気配を感じなかったのか。音もなく背後に立つなんてまさに暗殺者の異名がふさわしい。なんて危険なモンスターなんだ。


「!!」


 ナイトウルフが動きを見せ、音もなく唐突に戦況が動く。


 ナイトウルフがバネの様に大きく後ろ足を動かして空中に躍り出るように一気に飛び掛かってくる! 予想通りかなり速い。ハルトは驚いて意識がフリーズしたが、自身の肉体はすでに動いており、左足で地面を蹴り右側に大きく動いて避けている。そのまま体を捻りナイトウルフの横面に投石。肉を打ち付ける鈍い音がするがナイトウルフは健在だ。


「ガウゥゥ!」


 ナイトウルフが方向を転換して再度飛び掛かってくるが今度はさっきよりやや遅い。先ほどより余裕をもって躱し、頭部に投石を行う。すると今度はナイトウルフが脳震盪でも起こしたのか足元がふらつき、動きに力がなくなっている。ステリーはこの隙を逃さず第三投を頭部に投げる。今度は振りかぶって思いっきり力を込めてだ。渾身の一撃で頭部が破壊され、ナイトウルフは大地に倒れた。


「はぁ、はぁ、ふぅ。」


 倒した、勝った。いや、倒してもらったが正解だろう。ハルトはとりあえず命の危機を脱したことに安堵を覚えて呼吸を整えるが、まだ心臓はバクバクしたままだ。


 だが、ハルトはここでまた自分が油断していることに気づきハッとする。ゴブリンがすぐには死ななかったことを思い出して、あわてて距離を取り周りを確認する。すると、倒れたナイトウルフは動かなかったがやはり、後方、500mほど先にもう一匹いる。危ないところだった。


「ステリー頼む」


 自力で倒すのは無理。今更だが、ハルトが自分で考えて出した結論だ。ステリーがいないとまともに気配を感じる事すらできない。まったく足音がしないのでハルトでは攻撃の予兆をつかむこともできないのだ。もっと報酬の安いモンスターにすべきだったと後悔する。報酬が高いモンスターはそれだけ脅威度が高いということだろう。ゴブリンとはまるで格が違う。明らかにハルトの手に余る強さのモンスターだ。


《言われずとも既にやっておるよ》


 ステリーがそう言い、石を構え振りかぶった瞬間、ナイトウルフが猛然と疾走してくる! 恐怖の感情がハルトの中に湧き上がるが、ステリーの存在がハルトの心に思考する余裕を与えてくれた。


 一見ピンチに見えるかもしれないが、これはチャンスだ。


 速度は力、物体の速度が速いほど加わる衝撃は大きなものになる。


 高校物理の基本であるが、超重要な世界の基本ルールである。それはこの異世界でも変わりないらしい。今回はナイトウルフ自身の速度が速いことに加えて投げる石自体も少し大きめだ。


 投石は見事ナイトウルフの頭部に当たって頭蓋骨を粉砕し、頭部を消し飛ばした。頭部を失ったナイトウルフは、そのまま失速して地面に倒れ伏した。


 正直危なかった。高額報酬がもらえるモンスターにはそれだけの理由があるのだ。モンスターの討伐報酬額に大きな差がある理由をもっと深く考えるべきだっただろう。


「こいつもゴブリンみたいに群れるのか?」


 ハルトは恐る恐るステリーに問いかける。


 正直こんな奴が複数匹襲ってきたらたまったものではない。一対一で戦うのにも苦労するのに、二匹以上が一度に襲ってきたらお手上げだろう。もし群れる習性があるならコイツの討伐依頼は二度と受けないと心に誓った。


《いや、ナイトウルフは夜の暗殺者と言われるだけあって奇襲専門じゃから少数で行動することのほうが多いのう。そして、D級討伐対象としては最強クラスのモンスターじゃ。しかし、基本的に単独行動のために初撃さえしのげれば反撃しやすいモンスターでもある》


 


 ゴブリンなどであれば交戦中でもお構いなく増援がやってくる可能性があるが、群れを作らない分ナイトウルフはパーティーを作れば多対一の状況を作りやすい。初撃を防ぐことさえ徹底すれば数の力で優位に戦えるだろう。しかし、その初撃が最大の問題であり、ナイトウルフに遭遇するたびにパーティメンバーが1人ずつ減っていくなどということは珍しくない。まさに凶悪モンスターの代名詞としてハンターはもちろん一般人にも広く知られ、恐れられている代表的なモンスターだ。

 

 しかし対処法もある。ナイトウルフは後ろ足こそ発達した筋肉の鎧を持っているが前足の力は強くない。そのため、パーティの周囲にトリモチ等で粘着性の罠を仕掛けるのが効果的だ。力の弱い前足をトリモチから外すことが出来ずに移動が大きく制限され、攻撃を防ぐことが出来るのだ。それだけでなく、暫くの間拘束する効果も見込める。その隙に弓や石などで頭部を攻撃して駆除するのが一般的な流れになる。

 

 だがこの作戦では移動途中で、罠を仕掛ける前に襲撃された場合に大きなリスクがあるため、360度漏れなく警戒しナイトウルフよりも早く相手を発見する必要がある。 

 また、そもそも移動を最小限にして積極的には探さないという安全策もあり、ハンターにはこちらの作戦が好まれる。血の匂いを強くした疑似餌の魔道具を用意して、こちらから探しに行くのではなく、ナイトウルフをおびき出して向こうから来てもらうといったことを強く意識するのがこの討伐の流れである。ナイトウルフは視覚がない代わりに嗅覚が鋭く、外部の情報のほとんどを匂いから得ているともいわれているのだ。そのため匂いを用いた戦術は非常に有効だ。

 

 また、ナイトウルフが嗅覚に頼り切っているのを利用するのは攻撃の為だけではない。罠を仕掛け終わるまでの間、ナイトウルフから身を守るには血の匂いの付いた疑似餌ではなく、魔法的に石に対してハーブの香りを込めた芳香石を使って人間の匂いをごまかすのである。視力のないナイトウルフから身を守るには匂いを有効に使い分けることが極めて重要なのだ。


 

 ハルトは戦闘の興奮も冷めたころ、周囲にモンスターの気配がないことを確認する。

 ギルドの依頼用紙を確認して討伐証明部位を把握する。


「討伐証明部位は右下の牙か」


 そしてハルトは丁寧にナイトウルフの牙を二匹分袋に入れた。これを取り忘れると報酬がもらえなくなってしまう。まだ日が高いが、ハルトは一旦ギルドに戻って換金を行うことにした。


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