ファンタジー世界では高い自炊能力が求められる件について
受付の女の子かわいかったなー。金髪で黒目の20代後半くらいのナイスバディなレディだった。ぜひデートにでも誘いたいが、俺の一張羅は家に置きっぱなしで今は完全に休日用の普段着だ。それに今の俺はどう見ても女なので脈はないだろう。まあ、そもそも日本でも女の子をデートに誘ったことなんかないので意味のない仮定だが。
しかし銀貨100枚って何円ぐらいなんだろうか? 突然銀貨100枚の借金持ちになってしまった俺は今後のことを考えると少し憂鬱な気分になる。
気分を切り替えて討伐クエストのことを考えよう。
「しかしゴブリンかー。いきなりファンタジーな感じになってきたな」
本当はバイトで経験のある皿洗いがしたかったのだが、討伐クエストしかないらしいので仕方がない。まったくもってついていないが、ゴブリンと言えばファンタジー世界では雑魚モンスターの定番だ。俺でもまず負けることはないだろうし、最初の依頼としてはうってつけかもしれない。
ハルトがそんなことを考えていると、脳に直接響くようなステリーの声を感じる。
《それより飯じゃ飯、はよう血を作れ》
「ちょ、ちょ、」
ハルトの足がひとりでに動き出し、露店の方角に動いていく。コイツ人の体を勝手に乗っ取りやがった!
すこしして露店の密集する大通りの市場まで歩くと、鼻孔に香辛料の刺激が入り込む。
「おおー、いい匂いがする!あれは焼肉屋かな?」
ハルトは屋台から漂う香ばしい匂いに心を躍らせる。鶏と豚を丸焼きにしたものを切り分けて販売しているようだ。反対側の屋台からは甘い香りが漂い、丸くふっくらした蒸しパンのような見た目の商品が売っている。油で揚げた肉類もあり、すごく美味しそうだ。他にも小麦粉っぽい粉を測り分けて売ってる店や肉に魚に調味料など様々な食料品が売られている。カウンター付きで飲み物と料理を出してる店もある。まさに選り取り見取りで目移りしてしまう。
この世界はハルトが期待していた以上に食文化が発達しているようで食事面に不安はなさそうだ。
ハルトも強い空腹感を感じていたので、今すぐにでも何か食べたい気分だ。
「取り敢えず焼き肉が食いたいな」
やはり焼肉は鉄板だろう。宴会などでおなじみのメニューだが、ハルトは複数人よりも一人で周りを気にせずに食べるほうが好きだ。日本でも給料日にはよく一人焼肉をしに行ったものである。
しかし無情にも俺の希望は無視されてこれらの屋台は通り過ぎてしまい、勝手に買い物を始められてしまう。
30分ほどでハルトが背負ったリュックの中身が一杯になるほどの食料を購入していた。もちろん俺ではなく自称神が。俺の意思で購入したものは一つもないという悲しみ。
「で、これを俺に食えと?」
様々な露店を見回った後に俺の前に並ぶのは鶏レバー、豚レバー、赤魚、小豆、小松菜、芋、チーズ。調味料の類はない。全て生である。しかも大量。全部で5Kgくらいありそう。意気揚々と焼肉店の中に入ろうとハルトが扉に手をかけた瞬間に体の向きを変えられ、おもむろに歩き出したかと思えば露店で強制的に買わせられたのがこれらの物品である。
正直言ってこれではあまり食欲が湧かない。どうしても焼き肉を食べたいのでハルトは全身全霊を込めてお願いしてみることにする。
「ステリー様、どうしても店でたれのかかった焼肉と唐揚げが食べたいです。あと白米も追加させて下さい」
見るからに旨そうだった気になる飲食店の定食だ。唐揚げもあったし絶対にうまい。米を食べる文化もあるらしく白米と合わせれば最高だろう。目の前まで来てるのに口に入らないのは生殺しである。
敬語までつけた本気のお願いである。日本人は食に強くこだわる人種なのだ。
《あれは油ぎっとぎとだから駄目じゃ。血がまずくなる。おぬしは死ぬまでこれを食べることになるじゃろう!血液サラサラになるし、健康にもよいぞ!》
しかし、あっさりとステリーに却下されてしまう。しかも一生この食材しか使えないって、俺が焼肉を口に入れる日は永遠に来ないってことじゃ......
「嫌だー!」
ハルトは思わず大きな声を出して抗議してしまう。周りの視線が集まった気がするが、そんなものは無視だ。焼肉と白米が俺を呼んでいるのである。
ハルトは足に力を入れて店に入るために動こうとするが、ステリーに強制的に止められる。それでも負けじと意志を強く持って前に進もうとする。結果、体が小刻みに震えて動いたかと思えば急停止する謎の物体の完成である。周りから見ると完全に不審者だ。日本なら通報ものだろう。あるいは何らかのパフォーマンスであると勘違いされるかだ。
《おぬしもあきらめが悪いのー、大丈夫じゃ、これはわしの知る限り最もうまい食材じゃ。名付けて造血定食。》
それは吸血生物的な基準の話だろう。人間基準の味覚で考え直してください。カットすらしてない生で未調理の状態で定食と言い張るあたりもはや料理に対する冒とくすら感じる。あと、生は衛生面で心配だ。せめて加熱したい。
《ほれほれ、はよ食え》
ステリーが急かしてくるがレバーの生食はさすがに衛生的に問題がある。何とか加熱手段を確保しなければ......
ハルトが加熱手段について情報収集すると、露店の店主から一軒の宿屋を紹介してもらえた。
ハルトは露店で紹介してもらった宿屋に銀貨1枚を払ってチェックインする。どうやら共用のキッチンがあるらしく調理器具や食器類は自由に使えるようだ。取り敢えずレバーの生食は避けられる。食中毒になったらシャレにならないからこれは助かる。まずこの街に病院があるかも怪しいし、あったとしても金が足りないだろう。
ちなみにこの町ではレバーを食べるのはあまり一般的ではないらしく、商品としては取り扱っていなかったが交渉すると、他の商品と抱き合わせでほとんどただのような値段でもらえた。ラッキーである。食べ物全般がかなり安く、これだけ購入しても銅貨14枚の支払いであった。ちなみに銅貨100枚で銀貨一枚、銀貨100枚で金貨一枚だそうだ。金貨の上に白金貨や虹金貨なんてものもあるそうだが一般人には縁のない代物らしい。物価に関しては食品類は日本より安い気がするが、金属製品や日用雑貨は安いものでも銀貨1枚以上と値が張り、日本と比べるとかなり割高な気がした。正直、生活用品はしばらく手が出せないかもしれない。
鍋に具材を投下してつまみを回して加熱する。炎は出ずに、鍋がひとりでに温まっていくようだ。そうそう、この世界には魔法なんてものがあるらしい。魔力を持たない一般人でも自由に魔法を使えるようにしたものが魔道具で、このキッチンの調理場ではガスコンロのつまみを回すような感覚で簡単に鍋やフライパンを加熱することが出来る。科学文明の気配がしない割に結構食文化が発達している理由は魔法のおかげなのかもしれない。この宿屋には入浴施設に洗濯用のスペースもあるらしく意外と日本と大差ない快適な暮らしが出来そうだ。
「魔法だなんてファンタジーっぽくてなんかワクワクするなー。俺も使いたいんだけどどうすればいいんだ?」
ハルトは期待を膨らませてステリーに尋ねる。指先から炎を出すのは小学生の頃、憧れたものだ。
《いや、おぬし魔力ないじゃろ。》
ステリーからの無情な返答に俺は落胆する。俺の低学年の頃の夢ははかなく散っていった。俺って一応賢者っていうことだったはずでは?賢者なら魔法の一つや二つ使えてもいいじゃん。
《あくまで賢い者という意味の賢者じゃな。魔法能力に期待したわけではないので安心せい。》
何ということだ。凄まじい名前負け感......魔法が使えない賢者ってなんだよ......ド〇クエで賢者が魔法使えなかったら、がっかりってレベルじゃないぞ。くっそいつか魔法を使ってやる。メ〇ゾー〇とか唱えてつかってみたい。
《あきらめい》
無慈悲すぎる。
そんなこんなしてるうちに食材が蒸しあがったようだ。見た目は食材をそのまま切って加熱しただけで料理って感じはしないが味のほうはどうか。
「まずっ」
一口食べてハルトは吐き出しそうになってしまったが、何とか胃の中に押し込む。
肝臓特有の血なまぐさい香りが鼻を抜け、血の味が口の中を襲う。レバーのねっとりとした食感も好みの分かれる食味だろう。猛烈に腹が減っていてすぐに食べたかったというのもあるが、楽をしようと不精したのが良くなかった。食材全てに血の匂いが回ってしまっている。
下処理を行っていないレバーは血なまぐさい。特に豚レバーならなおさらだ。本来は料理酒や調味料、下処理で臭みを消して食べるものである。しかし悲しいかな料理知識のない一人と一匹に知る由もない。
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