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ギルドについたけど世の中が厳しい件について

アーガッシュの町のハンターギルド


 ギルドに来る人間は大きく2種類に分けられる。依頼を出す依頼人と依頼を受ける請負人だ。依頼を出すのは主に商人や貴族、裕福な平民あるいは国や商会といった大きな組織で金を持っている側。社会の勝ち組である。一方依頼を受ける側は一転して、町での暮らしにあこがれて農地から出てきた小作農、口減らしに放逐された三男坊や荒くれ者、脛に傷を持つ者、等真っ当な職にありつけない、またはありつけなかった者たち。金のない社会の負け組である。ハンターギルドは対極の人間同士が集まる混沌の坩堝なのだ。もちろん例外もあるが。


 アリーゼはこの道10年以上のベテラン受付嬢である。ギルドに来る人間ごとの対応の使い分けは完璧で、声をかけられる前に書類を用意し仕事はスムーズに終わらせる。仕事の出来る優秀な受付嬢なのだ。


 入口の扉が金属の擦れる音を立てて開く。午後一番の来客とは珍しい。


 入口から入ってきたのは黒く野暮ったい上着とズボンを穿いた若干の幼さの残る少女だ。まるでオパールのような七色の瞳と髪が輝き目を引くが端正な顔立ちでかなりの美人だ。正直アリーゼは同じ女として若干の敗北感を覚える。

 女としての勝負はわきに置いておくと、少女はあまり見ない服装だが、比較的上質な仕立てに見える。正直なところまったく似合っていないが。ファッションセンスはアリーゼの圧勝だ。しかしそれは仕事に関係がない。女1人のみであるため、依頼を出す側の人間だろうとアリーゼはあたりをつけて書類を準備する。


 ギルドの入り口は新規ハンターの登録窓口となっており、窓口の左右にはそれぞれ扉が一つずつある。


「本日のご用件は依頼のお申込みでしょうか?そうでしたら、どうぞこちらのお部屋にお進みください。」


 アリーゼから見て右手側の扉に案内する。依頼人の対応は窓口では行わない。あくまでもこの窓口はハンターの新規登録を行う為だけの場所である。依頼人は豪奢で堅牢な壁に守られた鍵付きの別室でVIP対応が基本となる。依頼内容や依頼価格がハンターに漏れないようにというのもあるが、万が一にもハンターから粗相があってはならないからだ。それに依頼価格の交渉を行う際に周囲の喧騒があれば邪魔になる。

 ちなみに左手側の扉は登録済みのハンター専用の部屋で、報酬を受け取ったり飲食を楽しむための酒場が設けられている。こちらの扉は頻繁に開閉されるためか扉はすり減って汚れが目立つ。


「いえ、今日はハンターになる登録に来たんですけど。登録の受付窓口はこっちでいいですか?」


 読みが外れた。確実に依頼人だと思ったのだが、己の勘が鈍ったかとアリーゼは考える。と、同時に念のため確認事項を口にする。


「失礼ですが、おひとり様のみですか? お連れの方がいらっしゃるのでしたらその方もつれてきてくださいね。登録は代理人を立てることはできませんのでご本人にお越しいただく必要があります。」


 一般的にハンターは少なくとも3人以上でパーティーを組むのが基本だ。恐らく他のパーティに入るのか、連れは置いてきてしまったのだろうと見当をつける。


「いえ、登録は私一人のみで、一人で仕事を受けたいのですが」


 アリーゼは己の耳を疑った。一人でモンスターと戦うなど正気の沙汰ではない。アリーゼは目の前の人物を怪訝な顔で見てしまう。正直金に困っていたとしてもその容姿なら他にも食っていく方法はありそうなものである。よほどの訳ありだろうか。出来るだけ深くはかかわらないほうがいいかもしれない。アリーゼとて藪をつついて蛇を出したくはないのである。

 しかしギルドの規則に違反しているわけでもないので、ここで対応しないわけにもいかない。そこで少し考えた後、アリーゼは頭の中身を依頼人モードから請負人モードに切り替えて機械的に対応することにした。とりあえず細かいことには突っ込まず、目の前の仕事を終わらせるのである。


「失礼しました。ではこちらの用紙にお名前と特技を書きますのでお答えください。登録料は一人につき銀貨5枚になります。」


「名前はスズキ ハルト。特技は、うーんなんだろゲームかな。ドラゴ〇ク〇ストとか得意だけど、伝わらないよなぁ。まあ、皿洗いで!」


 少女は奇怪な特技を答えたが、皿洗いでモンスターを倒せるとは思えない。というか彼女は仕事内容をわかっているのだろうか。ここは町の大衆食堂ではないのだが。アリーゼは書類を書きながらも目の前の人物に頭の中で評価をつける。体力…E、力…E 見た目通りに腕っぷしは強くなさそう、というか見込み無しだ。その辺の農民の女のほうが力がありそうだ。話した感じ頭も悪そう。知能は最低ランクを下に突き抜けてF。手先が器用なようにも見えないので生活力はEといったところか。ハンターとしてはEランク。アリーゼの個人的評価は20点。ちなみに100点満点で70点以上なら恋人候補だ。最も、目の前の人物は女なので対象外だが、話し方は丁寧なので20点加算した。正直言ってあまりかかわりたくないタイプの人間だ。


「銀貨5枚って何円だ?持ち合わせがそんなにないんだけど。」


 言いながら少女は奇妙なコインを取り出すがどう見てもグルーニア硬貨ではない。


「お支払いはグルーニア硬貨のみとなっております。お望みでしたら担保を取って貸し付けを行うこともできますよ。無担保で貸し付けを行うこともできますが、その場合銀貨5枚の貸し出しに対して銀貨50枚を返済していただきます。」


 アリーゼにとってこれは特別珍しくもない光景だ。わざわざハンターになるものは食いつめたものが多い。ギルドは質屋としての機能もあり金銭の貸し付けに軽食の提供と安宿の斡旋も行っている。見たところ少女はグルーニア硬貨を持っていないようで、ギルドが指定する担保にできる物品も所持していないようだ。


「利息たっか!利息制限法えぇ...」


 謎の言葉を吐きながらも少女は銀貨10枚を借用したい旨を申し出た。没落貴族の令嬢か何かなのだろうか? どうにも世間慣れしていないように感じる。少女の美しい見た目と懐事情がちぐはぐだ。

 アリーゼは頭の中で考えながらも登録料を差し引いた銀貨5枚と最下級ハンターの身分を示す白色のプレートを少女に差し出した。


 すると少女はアリーゼに礼を言った後、


「早速仕事を受けたいんですが何があります?」


 と、仕事を今すぐ受けたい旨を切り出してきた。本当に一人でクエストを受けるつもりらしい。

 自殺行為だと思いつつもアリーゼは常設クエストの中からEランクでも受注可能なもので残っているものを選ぶ。


「こちらなどはどうでしょう?西の大通り近くの森で目撃されたゴブリンの討伐依頼。 

期限は30日間、5匹以上の討伐で依頼達成となり角1匹分につき銅貨40枚です。」


「いきなり戦闘はちょっと、皿洗いとかそういうの無いですかね?」


 残念ながらE級が受注可能な依頼は基本的に討伐系しかない。


「申し訳ございませんがE級の方への依頼はこれしかございませんね」


 E級は誰でもなれる上に実績も信用もない。そのため、客から組合に持ち込まれるようなクエストを紹介することはなく、国や町、あるいは組合が直接出している常設クエストしか受注することが出来ない。こうやってギルドはハンターを大きなふるいにかけるのである。

 ハンターの本業はあくまでモンスターの討伐で、雑用は討伐依頼がない時期に出す金のない者へのお情けのようなものだ。戦えないハンターは必要ないのである。そのあたりが分かっていないのは致命的だ。これは死ぬな......ハンターというものをまるで理解していない。アリーゼは何百人もの人間を登録してきたが彼女はハズレだ。生きて帰ってくることはないだろう。


「そっかー、じゃあこの依頼受けます」

 

 まるで緊張感のない声を上げる少女の承諾を受けて、依頼用紙のハンター用控えを渡す。ギルド用の控えに承認のサインをしながらもアリーゼの頭の中から奇妙な少女への興味は完全に消えていた。

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