毒の矢を持つ獣たち
グラツニール 大門 東側
「来たな、オーガが3匹」
大門の上に腰を下ろした黒髪の男が呟いた。【毒獣】のメンバー、スノックだ。
「確かにいるな。各自弓を用意しろ。ここにたどり着く前にけりをつけるぞ」
頼れるメンバーの言葉に声を返すのはマンダリニアだ。【毒獣】のメンバーは全員が弓使いで毒矢を用いた戦法を得意とする。【毒獣】は遠距離戦闘に強いが、白兵戦になると非常に脆いということはチーム全体の共通認識だ。勝負は1km。この距離をオーガ達が走破する前に殺し切らなければならない。
【毒獣】のメンバー全員がつけている、動物の顔を模したマスクは【プレデタービジョン】という名前のマジックウェポンだ。暗視、遠視、赤外感知の三つの魔法が込められており、弓使いにとって最も重要な視覚を確保してくれる優れた一品である。
「幸いなことに今回は近接戦闘が出来るメンバーもいる。もしもここまでオーガが着たらその時は頼むよ」
マンダリニアが同行したC級パーティに声をかける。
「大ベテランに言われると気が引き締まる思いですね。やれるだけやりますよ。もっとも我々も近接戦闘はあまり得意ではないですが」
そう声を返すのは短剣使いのマフェットだ。彼らのパーティは全員が短剣使いで皮の鎧を着ている。レンジャーとしての技量に優れたチームで、芳香石などの様々なアイテムを駆使しながら不意打ちによる一撃でモンスターを倒す戦闘スタイルだ。
「ま、お互い正面戦闘はしたくないってことだな。オーガに殴れたら一撃でお陀仏だ。」
言いながら【毒獣】のメンバーは鋼鉄製の矢に毒を塗る。これはトリカブトの根っこを乾燥させて粉末状にしたものに水分を含ませてペースト状にしたものだ。誤って人間が摂取すれば即座に中毒症状を起こし、呼吸困難で死に至るだろう。
「さて、そろそろ始めるか」
いうとマンダリニアたちは弦に矢をつがえ矢じりを目いっぱい引いてオーガに狙いを定める。狙いは目玉一点のみだ。マンダリニアたちが使うこの矢は普通の鋼鉄製で、残念ながらマジックウェポンではない。そのため普通に胴体を狙ったのではオーガの皮膚にはじかれて弓矢が刺さらないため毒が回ることもない。しかし、目玉だけは話が別だ。あそこはオーガの体の中で最も柔らかい。鋼鉄製の武器を使うハンターが唯一効果的にオーガにダメージを与えられる場所である。
1kmの距離からオーガの目玉だけを狙うというのは常人には無理難題だが、それが出来るからこそのC級、それが出来るからこそのネームドハンターだ。では彼らには特別な出自があるのかと言えばそうではない。
マンダリニアは元々貧しい農民の九男坊だった。九と聞くと恐ろしく子沢山な家庭のように思うかもしれないが農村部では割と一般的な水準である。農村部の貧困家庭では男女の営みぐらいしか娯楽がないというのもあるが、無料で簡単に手に入る労働力というのはいくらでも欲しいから兎に角産みまくるのである。それに沢山産んでも病気やケガであっさりと死んでいく。マンダリニアは農村での毎日同じ単純作業の繰り返しに飽き飽きし、都会での華やかな生活にあこがれて田舎を捨ててブロンにやってきたのだ。
一般的に農村を出てハンターになった者はほとんどが死んでしまう。戦闘経験もなく、栄養状態が悪いために体格も小柄で筋力も十分ではないからだ。実際にマンダリニアも最初は槍を使うもの、剣を使うもの、短剣を使うものと弓を使う自分の4人でパーティを組んでいたがあっさりと壊滅し、一人になってしまった過去がある。生き残ったのは後衛だった事と運が良かったからだ。それからマンダリニアは弓の練習を続け、弓使いだけでパーティを組むことにした。小柄な農村出身者がモンスターに接近戦をしても勝ち目が薄いと確信したからだ。
そんな彼らの努力の結果が【毒獣】というネームドハンターパーティを生み出したのだ。
マンダリニアの弓が飛翔しオーガに迫る。その矢の速度は人力で引いたとは思えないほど不自然に早い。矢は風切り音を置き去りにして、音速すら超えて衝撃波が発生し空気を揺らす。オーガは瞼を閉じる暇もなく眼球を弓で射抜かれた。どろりとした水晶体がオーガの頬を伝って流れ落ち、地面にゲル状の水たまりができる。
「ゴアァァー!」
突如飛来した矢の一撃にオーガは混乱し、怒りの咆哮を上げる。
この不自然な矢の加速にはマンダリニアの使う弓に秘密がある。【毒獣】のメンバーが使う弓【ソニックシューター】は引き絞った矢の速度を大きく上げる【加速】の魔法が込められたマジックウェポンだ。これによって矢の威力は大きく引き上げられている。ただの鋼鉄製の矢であってもその威力は尋常なものではない。もし、相手がオーガではなければ一撃で殺せただろう。
続いて飛来した第二第三の矢も同じくオーガの眼球をえぐる。マンダリニアのパーティは全員が凄腕の弓使いだ。まさに百発百中という言葉がふさわしい。
【毒獣】の面々の矢が次々と突き刺さり、オーガの眼球からはハリネズミの様に矢じりが飛び出している。両目を失ったこのオーガは光ある世界から切り離された。一先ず彼らが優位に立ったといってもいいだろう。
しかし、【毒獣】の面々の表情は晴れない。【プレデタービジョン】によって顔面が隠れているがそれでも危機感を感じていることはマフェットたちにも伝わる。端的に言うと、マンダリニアたちからは焦りを感じるのだ。
「凄いな、流石噂に聞く【毒獣】の面々だ。全員が超一流の弓使いというわけか。しかし、どうしてそんなに焦っているんだ? この調子なら確実に勝てるだろう」
マフェットの問いに対して、矢を構えながらマンダリニアが答える。
「毒が全く効いていないからだ。これはかなり不味い。殺しきれないかもしれないな」
そう、【毒獣】のメインウェポンは毒だ。矢の腕前に注目が集まりがちだが、彼らにとって最大の武器は矢ではなくそれに塗られた毒なのだ。【毒獣】の名が示す通りマンダリニアは毒の調合に秀でた才能を発揮した。弓の扱いが上手いだけでは決してギルドから二つ名を授かることはなかっただろう。残念ながら鋼鉄製の矢だけではC級討伐対象に選ばれるモンスターに対しては殺傷力が足りないのだ。
実際にオーガは視覚を失いながらも嗅覚と聴覚、風の流れでマンダリニアたちのいる大門に歩みを進めている。残りの距離は700m。アライアンス(連合)に与えられた1kmのうちの3割を消費してしまった形だがオーガに毒の効果が出る気配はない。
「クソッ、トリカブトに耐性でも持っているのか? 或いは毒の量が足りないのか。どっちにしても厄介だ」
【毒獣】のメンバーが焦りを含ませた口調で呟く。
人間であっても薬の効果が出やすい人と出にくい人がいるように、毒であってもその効果が発揮されるかどうかは個体差が大きく出る。薬と毒は表裏一体で根本的には同じものだ。つまり、個人によって最適な薬が変わる様に個人によってはあまり効果がない毒というのも存在する。
一般的に毒の強さを表す指標にはLD50(半致死量)というものが使われる。これは、ある毒薬を100匹の動物に投与した場合、50匹が死亡するのに必要だった毒薬の量を示す数字である。毒薬として有名な青酸カリであればその値は体重1kgにつき0.2gである。だが、実際には0.1gで死んでしまう人もいるだろうし、0.5g摂取しても死なない人もいるだろう。また、体重40kgの人であれば8gで半致死量に達するが、体重100kgの人なら20g摂取しないと半致死量に達しない。このように毒とはその時々で効果が大きく変わってしまう不確かな攻撃手段なのだ。特に今回のオーガの様に非常に体重の重い相手では大問題となる。
「やはり我々の戦闘スタイルではオーガと相性が悪いな」
マンダリニアが呟く。矢に塗る毒の種類を変えるか? だが、トリカブトが【毒獣】の持つ毒の中では最強だ。これより弱い毒を使った場合は体重が重すぎるオーガに対して致死量に届かない可能性が高い。つまり他の毒はたまたまオーガがその毒に対して体質的に弱かったという場合にしか効果がないだろう。このまま攻撃を続けるしか選択肢がなさそうだ。
時の流れは残酷で、彼我の距離は500mにまで縮まったがやはりオーガが倒れる気配はない。オーガ共の眼球には隙間なく矢が突き刺さり、毒は充分にオーガの血液中に届けられたはずだ。
「不味いな、大門にまでオーガを到達させるわけにはいかない」
ゴブリンやナイトウルフのような並みのモンスターであれば大門にまで達したところで門の上から一方的に攻撃するだけで確実に勝てる。普通のモンスターでは大門にたどり着いたところでその上にいる自分たちを攻撃する手段がないからだ。だがオーガは別だ。このモンスターのパワーは群を抜いている。その巨体による攻撃で大門をあっさり破壊され、近接戦闘を強いられるだろう。そうなればもう勝ち目がない。その前にオーガ共の足を止める必要がある。
「そろそろ俺たちが出るかい?」
マフェットが獲物であるトレンチナイフを取り出して【毒獣】に話しかける。
「すまんが頼めるか?」
「オーケイ、んじゃぁいきますか」
軽い調子で返したマフェットたちは大門から飛び降りて静かに着地する。常人が同じことをすれば確実に骨折するだろうが、彼らは腐ってもC級ハンターだ。モンスター討伐の専門家で、戦闘のプロフェッショナルである。この程度のことなら朝飯前なのだ。
マフェットがメンバーに通達する。
「各自、粘着剤と匂い玉用意。取り敢えずオーガの動きを止めることに注力する。攻撃は【毒獣】に任せよう」
ハルトからの支援でマフェットが使うトレンチナイフはギガス鋼製のものになっており、これならオーガにダメージを与えられるだろう。だが、トレンチナイフは面ではなく点の攻撃だ。心臓や脳と言った急所に攻撃しなければこの巨体が相手では効果が出ない。そして残念ながらマフェットたちの身長では5m以上の巨体を誇るオーガの心臓には物理的に届かないのだ。
オーガの鼻に匂い玉がぶつけられ、臭い汁がオーガの顔面に飛び散った。腐ったゴムのような匂いにオーガが悶絶して地団太を踏む。地面が悲鳴を上げて凄まじい振動がマフェット達を襲う。
「取り敢えず嗅覚はつぶれたな」
言いながらマフェットたちは粘着剤をオーガの足元に放り投げる。どろりとした白色のゲルはオーガに触れるとすぐに固まって足と地面をがっちり固定する。しかし、オーガの歩みを一歩だけ止めるのが精いっぱいだ。すぐに引きはがされてしまう。あまりにも粘着力が足りない。というよりも、地面ごと引き剝がされているので大地の強度が足りないというべきだろうか。10000kgの巨体相手では無理があったようだ。
「粘着剤で足を止めるのは無理だな」
こうなれば聴覚を狂わせてかく乱するしかないだろう。懐から真鍮製の鈴である【鼓膜破りの鈴】を取り出した。これには魔法の効果がかかっており、周囲に騒音を響かせるのだ。使い捨てだがその効果は折り紙付きである。メンバーたちは耳栓を取り出して着用する。
マフェットは全メンバーが耳栓をしたのを確認するとこの鈴をオーガのもとに放り投げてその効果を発揮させた。
オーガの体に鈴が触れた瞬間、鈴はひとりでに壊れて粉々になり、黒板に爪を立ててひっかいたような非常に不快な音が爆音となって周囲に響き渡る。物理的な質量感さえ感じるような音量だ。人間が近距離で聞けば鼓膜が破れてしまうだろう。
オーガはあまりにも不快な音に悶絶し、無茶苦茶に暴れまわる。狙い通り、聴覚すら失ったオーガは方向感覚が狂い、爆音から逃れたい一心で迷走を始めた。これでしばらく時間が稼げるだろう。
「俺たちにできるのはここまでだな」
普段のクエストであれば感覚の狂ったモンスターに後方から接近し、トレンチナイフで心臓を串刺しにするところだ。しかし、匂い玉と爆音に苦しんで暴れまわるオーガに接近などすればそのまま踏みつぶされてしまう。後は毒の効果が出るのを祈るしかないだろう。




