オーガ討伐戦が開始された件について
鉱山都市グラツニール 近郊
特急の馬車に揺られて2時間、ハルトたちはブロンからおよそ100キロ西に離れた鉱山都市グラツニールに到着した。この馬車につながれているのは普通の馬ではない。幻獣としても知られるペガサスで、空を飛べる馬だ。白色と茶色の交じり合ったマーブル状の美しい毛並みに金色の鬣をなびかせ、2対の白銀色の巨大な翼と長い漆黒の尾部が目を引く巨大な幻獣である。
幻獣とは、魔法の力を持った動物のうち、人間の利益になるような生物を示す言葉だ。例えばこのペガサスであればその翼から常に浮遊の魔法が発生しており、ペガサス自身はもちろん、馬車の積み荷までもが浮き上がる。建物や地上のモンスター、森林等に一切煩わされることなく空の道から目的地まで最短で直行できる、まさに理想の特急便ともいえる移動手段なのだ。
欠点を挙げるとすれば、純粋なペガサスは現状、人工的な繁殖手段が確立されておらず、専門の調教師が野生個体を捕まえて調教するしか基本的に調達手段がないということだろう。そのため恐ろしく利用代金が高いのだ。
だが、魔道技術の発達によってこの欠点は若干改善しており、ペガサスの雄と普通の馬のメスを掛け合わせることによってハーフのペガサスを作ることが可能になった。ハーフのペガサスは基本的に繁殖力がなく、魔力を持っていない個体や上手く羽ばたくことが出来ないハズレの個体も多々存在するが、ある程度安定して供給されているため、純粋なペガサスに比べればコスト面で多少は安価である。それでも高価なのだが。勿論今回ハルトたちハンター一同が利用したのもハーフのペガサスだ。
ハルトは今グラツニールの都市境界となる大門の前に来ている。衛兵用の見張りの台から眺めてみるとアシューリカ大森林方面にオーガの群れがいるそうだがここからは確認できない。しかし、そこからはぐれたのであろうオーガ3匹がハルトたちのもとに向かってきていた。
オーガの第一印象は病院から無理矢理抜け出してきた重度の肥満患者のようで、全身が脂肪に覆われていてブヨブヨになっている。だが、その頭部には2本の真っ赤な角と真っ白な頭髪が生えており、鼻と耳も潰れたような見た目で明らかに人間離れしている。口元には黄色く変色した上下二本の巨大な牙があり、真っ赤な血液と食べこぼしで汚れているのが見て取れた。
オーガはこちらの気配に気づいたようで血走った目を見開いて向かってくる。オーガの身長はおよそ5mほど、体重は恐らく10000kgはあるだろう。オーガが足を踏み出すたびに大地が悲鳴を上げるかのように砕けて激しく重い地響きが発生する。その歩みは決して早いようには見えないが、5mの巨体の歩幅はかなり大きく、その速度は侮れるものではない。かなりの強敵であろうことが容易に想像できる。
ギルドの作戦では最初に前線でシャディ率いる【雷光】とジライア率いる【鮮血】がオーガを攻撃し数を減らして散り散りにし、残ったオーガのうち大門側に来たものを東側は【孤狼】が、西側は【毒獣】が各個撃破していく流れとなる。
つまり、こいつらはここで倒さなければならない。
今回ハルトに同行したパーティメンバーは2つで計8人だ。1つはジャックが率いる剣士集団でもう1つはバーツが率いる槍使いの集団だ。それぞれのメンバー全員が同じ武器を持っていることにハルトは疑問を覚えたが、ハンターの世界ではよくあることらしい。なぜなら、RPG等のゲームと違い、現実では魔法使い、僧侶、戦士などと言ったメンバーが都合よく集まることはないからだ。
基本的にこの世界では同じ武器を扱う人間同士でパーティを組む。例えば槍が得意な人間同士が集まってお互いに連携し合いながら腕を磨き、モンスターを倒していくようだ。同じ武器を扱う者同士のほうが単純に連携を取りやすく、お互いに味方から技術を学べる。その中で最も強いものがリーダーを務め、有望そうなメンバーを新人から集めてパーティを成長させる。その際にリーダーは自分が使っている武器についてしか知らないため、自然と同じ武器を使うハンターチームが出来上がるというカラクリだ。
彼らリーダーの手元にはそれぞれギガス鋼特有の鮮血のような光沢を放つ剣と槍が輝いている。金属鎧を身に着けている者もいるようだがあの巨体と質量の前では紙切れほどの役にも立たないだろう。むしろ重くて邪魔かもしれない。
ハルトは自身を含めて9人アライアンス(連合)の長として彼らを指揮して勝利に導かなければならない。取り敢えず指示は出したほうがいいだろう。
「よし、これからオーガを迎え撃ちます。まずは俺が突っ込んでオーガを転倒させるから、ジャックとバーツは顔面を狙って攻撃して欲しい。他のメンバーはオーガにできた傷口を狙って攻撃して下さい。鋼鉄製の武器ではオーガの皮膚表面からダメージを与えることはできないから注意してほしい。」
これはギルドでもらった情報の為、彼らも知っているだろうが、念のためハルトは言っておくことにした。オーガはその脂肪の量もすさまじいが、皮膚もかなり分厚くゴムのようにしなやかで強靭らしい。鋼鉄製の武器ではまともに皮膚の上から攻撃してもダメージにならないのだ。もっとも、脂肪部分に攻撃が届いてもそれは致命傷につながらない。皮膚と脂肪、さらに筋肉と骨に守られた心臓を貫くか、頭の中の脳みそを破壊しない限りオーガは動き続け戦闘は続くのだ。
「それと、金属鎧は脱ぎ捨てておくことを勧めます。このデカさの相手では、攻撃が当たったら結局一撃で死ぬことに変わりはないでしょう。重い分だけ速度が落ちて無駄です」
「了解した。」
「分かった。だが、あんたは一人で突っ込んで大丈夫なのか?」
ジャックとバーツがそれぞれ答える。
「ご心配なく。むしろ今までこうやって戦ってきたから他の戦い方を知らないんですよ。」
基本的にハルトはこの世界に来る前からボッチなので連携とかを期待されても困るのだ。出たとこ勝負である。
「まてまて、あんたが死んだら俺たちはどうしたらいいんだよ!」
「あいにく、失敗したときのことはあまり考えていないのでね。なるようになるさ。」
本当になる様にしかならないだろう。正直オーガ3匹と同時戦闘なんてやりたくないし勝ち目も薄いかもしれない。何とか分断して一対一に持ち込みたい。
ハルトは石を拾って先頭を歩くオーガにぶつける。オーガの頭部に当たり、コツッと音が鳴るが当然ダメージはない。しかし、これを何回か繰り返すと、オーガも少々腹が立ったのか1匹のみが速度を上げて突っ込んできた。こんなにうまく分断できるとはラッキーだ。数の利を自ら捨てるとはオーガはあまり頭が良くないらしい。
オーガが咆哮を上げて丸太のように太い右手で大地を叩きつける。重量によって地面が揺れ動き砂塵が舞い上がる。オーガから見ればハルトたちは可食部位の少ないわりに煩わしい虫のようなものに感じるのだろうか? その行動からはどうにも捕食というよりも純粋な殺意を感じる。
ハルトは砂塵の中に突っ込んでオーガの足元に接近する。狙うのは足首だ。幸いなことにオーガは砂塵にまぎれたハルトの姿を捕捉できていないようだ。オーガが左手で再び地面を大きく叩きつける。オーガの近くにいるだけで地面が揺れる衝撃がびりびりと伝わりバランスが崩れそうになる。だが、再び大量の砂塵が舞い上がり、オーガの視界からハルトの姿は完全に消えている。
《オーガの嗅覚は鋭いが、砂塵の中では土の匂いにまぎれて役に立たぬ。今のオーガは外部情報の収集を視覚に頼りきっておる状態じゃ。聴覚も比較的優れるはずじゃが、オーガ自身が地面を叩く音にまぎれておぬしの位置を把握できておらんの。足の動きも止まっておる。チャンスじゃな》
大量の砂塵の中に埋もれているハルト自身もオーガの姿を確認することはできない。しかし、ステリーがオーガの居場所と輪郭のイメージ図をテレパシーでしっかりと伝えてくれる。オーガが再び右手を叩きつけて砂塵が舞い上がった。ここがチャンスだ。
ハルトはオーガの足元、人間でいうとアキレス腱に当たる部分に走り寄り、ミスリルダガーを深々と突き立てて、切り離す。その直径は2mにもなろうかというほどの巨大な足だが、ミスリルの刃は易々と切り裂く。オーガが痛みに震え絶叫を上げる。そのまま足首の関節を切り離して右足の自由を完全に奪う。
オーガの巨体は右足の支えを失い膝をついて倒れこんだ。オーガの中でハルトたちの認識が煩わしい羽虫から、ハリネズミくらいにまでランクアップしたようで、しきりに足元を警戒している。だが、傷つけられた右足元を気にしすぎで今度は腕周りの警戒が疎かになっており、地面への叩きつけも止んでいる。ハルトはオーガの左腕に回り込み、遠慮なくオーガの左手首にミスリルナイフを突きつけ、根元から切断した。オーガは怒りに震え咆哮を爆発させる。
目の前のこれは明確な敵だ。決してハリネズミなどの矮小な生物ではなく、自分を殺しうる存在であるとようやくオーガは理解したらしい。
「ゴォアーーー!!」
オーガの咆哮が空気を震わせる。
《ふむ、怒りのあまり痛みすら感じなくなったようじゃの。ようやく本気の臨戦態勢と言ったところかのう。じゃが、もう遅いわ》
オーガの左腕はもはや攻撃に使えない。右足の代わりに左足で体重を支えている以上当然左足も攻撃に使うことは不可能だ。オーガに残された武器は右腕のみだ。ハルトはオーガの左半身に回り込む。オーガが右手を叩きつけてハルトを圧殺しようとするが、その動きは遅い。やはり体が大きすぎて、小さい的を正確に狙うことは得意ではないらしい。そのままオーガの左足に接近し、左膝にミスリルのナイフを突き立て関節をえぐる様に切り裂く。あまりにもオーガの足が太いのでハルトのダガーでは断ち切ることはできなかったが、もはやこれで十分だ。
両足の支えを失ったオーガは頭から勢いよく地面に倒れこむ。おびただしい砂埃が舞い上がり周囲を埋め尽くすがハルトには関係がない。砂埃を目隠しとしながら、地面に顎を付いたオーガの顔面に真っすぐ向かう。今ならオーガの顔面にハルトの刃が届く。オーガの目玉からミスリルナイフを思いっきり差し込みそのまま脳をかき回した。
オーガから耳を引き裂くような絶叫が上がる
脳みそをかき回されたオーガは断末魔を上げてそのまま動かなくなった。よし、まずは1体撃破だ。残り2匹がこちらに来る前に倒しきれたのは僥倖だろう。3匹同時だったら間違いなくここまで上手くはいかなかったはずだ。
「す、すごい。これがネームドハンター【孤狼】の実力なのか!」
「とんでもねぇ奴とアライアンスを組んじまったなぁ」
倒されたオーガを見たジャックとバーツがそれぞれハルトに賞賛の声を上げる。ちょっと目がキラキラしてるように見えるが気のせいだろう。
「ジャックさんとバーツさんにもできますよ。ただの鋼鉄製なら無理ですが、マジックウェポンなら大抵のものは切り裂けます。あなた達の攻撃も、オーガの頭に当たりさえすれば必ず頭蓋を貫通して風穴を開ける。それだけの力はあるでしょう?」
ハルトは二人の武器を指さして言った。まあ、ハルトはステリーという肉体操作のスペシャリストが付いているので同じように比べるのは酷かもしれないが、理論上はこの二人でもハルトと同じことが出来るはずである。ぜひ頑張ってほしいものだ。
「か、かっこいいですねハルトさん、握手お願いします!」
ん? なんで求めるものが握手なんだろうか。ハルトは少し疑問に思ったがスルーすることにした。まだオーガが二匹向かってきているからだ。
「まだ敵は2体いますよ。おしゃべりは後に回しましょう。」
取り敢えずハルトは目の前のオーガに集中するように指示を出す。
「「は、はいかしこまりました」」
何故か敬語だが放っておこう。オーガ二匹が地響きを鳴らしながら向かってくる。仲間の死体を見つけたためか、こちらを警戒しているようだ。
取り敢えずハルトは石を拾って片方のオーガの眼球にめがけて投げつける。これを何度か繰り返す。ただの石ころではオーガの瞼に防がれてダメージを与えることはできないが、いらだって単身で突っ込んできてくれたら楽になる。
ハルトの狙い通り、眼球に石を投げつけられたオーガは咆哮を上げてこちらに走ってくる。ハルトに狙いを定めると手のひらを地面にたたきつけ、押しつぶそうとするが、その動きはハルトから見ればやや緩慢だ。やはり、オーガは脂肪がぶ厚すぎて防御能力に優れる反面、あまり素早い動きはできないらしい。ハルトは巻きあがった砂塵で身を隠し、オーガの右足首に接近する。ハルトはそのままミスリルダガーを突き立てて、足首を切断した。右足の支えを失ったオーガがバランスを崩して転倒する。派手に土埃が巻き上がった。
オーガは右足の周りを移動するハルトを叩き潰そうと、視線で足元を見ながら両腕を構えている。だが、ハルトに集中するあまりオーガはジャックとバーツ達八人に対して視線を向けていない。そして、
「これでも食らいな!」
ギガス鋼の槍による一撃がオーガの左手の甲を貫いた。だが、浅い。オーガの左手を機能不全にするには場所が悪く関節部分を外している。これではせいぜいオーガに痛みを与えるのみだろう。
だが、ハルトとってはそれで十分だった。左手の甲に走った痛みでオーガの視線がハルトから外れ、警戒がおろそかになった瞬間オーガの左足に接近する。足首にミスリルナイフを突き刺してそのまま関節を切り離す。両足の支えを失ったオーガは腕で全身を支えているが、膝立ちの状態になっている。痛みでハルトの存在を思い出したのかオーガは再びハルトに意識を向け、右手と左手で交互に地面を叩きつけてくる。オーガはジャックやバーツよりもハルトのほうが始末の優先度が高いと判断したようだが、彼らのことを舐めすぎだろう。バーツが槍で攻撃している間にジャックはオーガの頭部に接近していた。ジャックの剣がよそ見をしているオーガの脳天をたたき割る。頭蓋がきれいに真っ二つになり、中から脳みそが零れ落ちた。オーガは断末魔のうめき声をあげてそのまま倒れ伏した。
3匹目のオーガも突っ込んで来たがもはや流れ作業だった。ハルトが足元を攻撃して転倒させ、他のメンバーが頭部を狙う。オーガもひたすらに地面への叩きつけを行うのみで攻撃パターンが単調だ。あっさりと頭部を破壊して始末した。
「勝った、勝ったぞオーガを倒した」
「こんな日が来るとは思わなかったぜ」
ジャックとバーツは嬉しそうに語る。ギルドでの会議中のような悲壮感はすでにないようだ。
「二人ともおめでとう。だが、まだ油断はできないな。後は前線のほうがどうなっているかだ」
今ハルトたちが倒したのは群れの本体からはぐれた少数の個体だ。本丸となる群れはまだそのまま残っている。そちらが片付かないことには安心はできないだろう。




