緊急クエストが発令された件について(後編)
この情報に対してマンダリニアが追及する。
「さすがにオーガの数が多すぎないか? この場にいるメンバーのみでは戦力過少だ。ブロンの都市長に相談して国家の軍隊を出すように進言すべきだろう」
マンダリニアの指摘はもっともだ。基本的に一つのC級パーティは、一回の戦闘で一匹のC級モンスターを倒せる戦力を示す指標とされている。つまり、この場のC級ハンターの戦力で倒せるオーガはせいぜい8匹。B級のシャディ達の戦力を当てにするとしても、彼女達1パーティでオーガを22匹も倒す計算になってしまう。負担が偏りすぎである。
それにこのギルドマスターは名前にベンジャノンの称号を持っているため、貴族としての地位を持っているはずだ。元騎士団長という過去のパイプも利用すればブロンの都市長とも話を通すことくらいはできるだろう。
だがマンダリニアの指摘に対してマクラミンは苦虫をかみつぶしたような顔をする。本来ギルドと国家は独立した別個の組織という事になっているため、ギルドが国家に頼ることはしないし、その逆もない。あくまで国家がギルドに依頼を持ち込むことがある、という形をとっている。しかし、たまたま偶然100%、戦場で居合わせて意気投合した結果共同戦線を開くというのは良くある話なのだ。勿論建前で、これは公然の秘密になっているが、独立自尊を基本としているギルドにとっては、あまり認めたくない話である。ギルドマスターであるマクラミンとしてはブロンの都市長、アンデルセン・フォン・ガルデ・マッツイーニ伯爵に借りを作る形になるのは面白くないだろうが、現実的には増援が必要な状況だろう。
「マンダリニア君、君の言うことはもっともだ。だが、それはできないのだ。実はすでにギルド本部のほうからマッツイーニ伯爵に話を通しているのだよ。伯爵によるとアーガルム帝国に不穏な動きがあるようで警戒のために兵力を動かせない状況にあるらしいのだ。」
過去から現在に至るまでグルーニア王国とアーガルム帝国は互いを牽制しあう小競り合いを続けている。もちろん実際に開戦することはないのだが、グルーニア王国側が国境の兵力を減らすとこれを好機と思った帝国側が兵力を大きく動かすかもしれない。このような不安心理が軍隊を動かせない原因だ。
「なるほど、理屈は理解した。だが残念なことに戦力が過少な現実は変わらん。恐らくグラツニールのD級ハンターは全滅でC級ハンターも半壊と言った戦況か? 私は無駄死にをする趣味はないので代替案がないようならこの仕事降りさせてもらう。」
マンダリニアが席を立とうとすると赤髪の男ジライアが嘲るように言い放った。
「怖気づいたかマンダリニア、貴様もついに引退か? 老い耄れの毒狐にも限界が来たらしいな。」
ジライアに老い耄れ呼ばわりされるマンダリニアは今年で50歳だ。ハンターで50代というのは最年長に分類され、ベテラン中の大ベテランなのだが、ジライアには彼の判断が単なる臆病者であるかのように見えるらしい。
「貴様が逃げるのであれば我ら【鮮血】がオーガを壊滅させるまでよ」
自信過剰、いや、ゆるぎない自負というべきだろうか。ジライアは24歳と若く、非常に血の気多い戦闘狂だ。オーガ30体を前にして自身の負ける姿が想像できないどころか圧倒する気でいる。
「ふむ、おつむの悪い貴様にもわかりやすく教えてやろう。こんな無謀な作戦をすれば貴様はともかくブロンのC級ハンターはほとんど死ぬと言っているのだ。幸い今回の緊急招集にD級は含まれていない。その点だけは感謝するよ、マクラミン。ジライア、私はな、むやみにハンターを死なせる作戦には同意できないと言っているのだよ。」
マンダリニアが出来の悪い子供を諭すように語り掛ける。彼はすでに老人に片足を突っ込んでいるため、確かに引退を考えたこともある。だが、それ以上に心配なのはハンターという職の今後を担う後輩たちの未来である。ここが変わらない限りマンダリニアが引退するつもりはない。都合のいい捨て石にされている、というハンターの現状に危機感を抱いているのである。
「そこでだ、ものは相談だがマクラミン、今回の緊急依頼は報酬面の条件について見直すべきだ。我々に対して前払いの報酬を支払う気はないか? まあ、ずっと私が提案し続けていることで聞き飽きてるかもしれないがな。」
マンダリニアは過去40年間ハンターを続けており、10年以上前の話だが累計で緊急クエストに3回参加している。そしてそのたびにこの提案をしているのだ。
「マンダリニア君、今回の緊急クエストには金貨10枚もの参加報酬があるだろう?オーガについては特別単価で3倍の大盤振る舞いだ。私としては適正な報酬額だと思うのだが。」
素人が聞けば確かにマクラミンの言葉は正しいように聞こえる。しかし、実際にギルドが支払う報酬の金額は見た目ほど高くはならないのだ。なぜなら、死人に口なし欲もなし。ギルドの原理原則として死亡した個人に対しての報酬は支払われず、討伐証明部位がない場合も報酬を支払わないことが明記されているからだ。つまり、報酬が欲しいハンターは今回の場合は30匹のオーガと乱戦しながら、帰還し、その合間を縫ってオーガの右牙をえぐり取って持ち帰らなくてはいけないのだ。その困難さは緊急クエストを実際に体験したパーティにしかきっと伝わらないだろうが、ほとんど不可能に近いと言っておこう。並みのハンターでは生きて帰還することさえ困難だ。
「そうだな、オーガの群れを撃退したうえで生きてギルドまで戻ってこれたらな。それがどれほど困難なことかは一々説明する必要もないだろう。さっきも言ったが、代替案がないようなら私はこの仕事降りさせてもらう。」
マンダリニアのセリフはある種の駆け引きである。現実的な問題として緊急招集を拒否したハンターなど社会的な自殺と何ら変わりなく、路頭に迷いかねない悪手だ。しかし、ギルドの稼ぎ頭であるネームドが抜けるというのはギルドにとって大きな痛手である。それにネームドの彼が抜ければクエストの成否にも確実に影響を与えるだろう。
しかし、これに対してマンダリニアにおつむが悪いと馬鹿にされたジライアがマンダリニアに反感をもって茶々を入れる。
「ほうほう、夜逃げの為に軍資金が必要なのか。緊急依頼から逃げたものは今後ギルドで仕事が出来なくなるからな。さぞ大切なことだろう」
「だまれジライア。報酬の交渉を邪魔するな。ギルドに前払いの報酬を支払わせ、非ネームドのC級メンバーにマジックウェポンを持たせれば我々の戦力は全体としてみた場合大幅に向上するといいたいのだ。」
マンダリニアの説明は正しい。C級ハンターと言ってもマジックウェポンを持つものと持たないものでは戦闘力が大きく異なる。C級ハンターに転職希望組が多く存在するのは資金の問題も大きい。C級モンスターを倒したくても高額なマジックウェポンを購入できる金銭がないのである。
「そんなことをせずとも問題ない。俺が一人で全て片づけてやるわ。C級依頼をほとんど受けない腰抜けどもに高額の特別単価をくれてやる意味もないからな。」
この男には協調性というものがまるでない。円卓の雰囲気は最悪だ。椅子から立ち上がったマンダリニアとジライアの二人が殺気をぶつけあい、今にも血が流れそうな雰囲気となる。だがここで待ったが入った。
「私はマンダリニアの案に賛成よ。ハンターの使命は人類の盾となり、モンスターの脅威から無辜の民を守ることよ。個人が武功を示すためにギルドがあるわけじゃないわ」
自分よりも確実に強いシャディに対して言い返す気はないのかジライアはフンッと鼻を鳴らすと椅子に座りなおした。
ひとまず二人が落ち着いたのを見たマクラミンは苦しい言葉をひねり出した。
「そ、そうはいってもだな、報酬の先払いはギルド規則に違反する。安易にできることではないのだよ。」
「なるほど、その結果弱いハンターが全て死んでも構わないと。規則を変えるのが権力者の仕事だろう。」
マクラミンは痛いところを突かれたと渋い顔をする。だがここで引き下がるわけにもいかないのだ。ギルドのルールは基本的に全国共通だ。それをギルド本部の認可も得ずに独断で例外を作りギルドの金を勝手に使用したとなれば、ブロンのハンターギルド自体の立場が悪くなる。少なくともマクラミンの首は確実に飛ぶだろう。
「そ、そうは言われてもな、私は単なる一つのギルドの支部長だ。本部の方針には逆らえないのだよ。第一ギルドのルールの順守を徹底させることが仕事である立場の私が自分から規則を破るのは問題がありすぎる」
この世界において金や規則は命よりも間違いなく重い。そして命の価値は平等ではない。ハンターが少々死ぬくらいのことは日常で、命を懸けることがハンターの仕事でもある。それに、ネームドのパーティーが4つもそろっている以上はこのクエストは決して低くない確率で成功する。マクラミンの軍師としての直感ではオーガ30体に対して最小限の犠牲で勝利出来る、現状でベストな布陣であるのだ。マクラミンとしても無意味な犠牲は好みではないが、やはり肉壁はいくらか必要で、それも雑魚ではなくある程度の耐久性が欲しい。そうなると非ネームドのC級を使い潰すのが最適なのだ。
マンダリニアがあの手この手で交渉を試みるが、マクラミンはのらりくらりと躱す。一向に埒が明かない。というよりもどうしようもないというのが正解なのだろう。
そんな中、透き通るような凛とした声が会議で投げかけられた。
「ならば俺が出すよ。金貨20枚しかないけどな。これでも1パーティに1つならなんとかギガス鋼製の武器を買えるだろう」
そう言って声を上げたのは今まで一切の発言がなかった【孤狼】のハルトだ。懐から取り出した革袋をギルドの円卓に置いて、とんでもない事を宣言したのだ。
金貨20枚は個人が出す金額としては凄まじい大金だ。普通のC級ハンターなら間違いなく魔道具を購入して自身の戦力を強化する。このハルトという人物は装備が充分だとは言えない。自身の命を預ける武器を後回しにして他人に施しを与えようというのはいかに酔狂なことか。
「正気か貴様。何の企みがあるんだ?」
ハルトの発言に訝しむような声を上げるのはジライアだ。このハルトという人物がC級になったのはつい最近のことのはずだ。ろくにマジックウェポンが揃っていない姿を見れば経済的に豊かであるという風にも見えない。金貨20枚はC級として1年間活動しているジライアにとっても相当な大金で簡単に出せる金額ではない。ましてやほぼ新人同然のこの女が赤の他人に施しをやる余裕はないはずだ。
「まあ企みと言えるほどのものはないけど、魔法のかかっていない鋼鉄製のナイフや弓矢ではオークにすらほとんどダメージを与えられない。オーガの強さは知らないけど、今のままでは彼らは本当に肉壁で終わる。彼らを見捨てると心が痛い。理由はそれだけだよ」
ハルトがそう返すと、ジライアは理解できないものを見るような視線をハルトに向けて黙りこくった。
「確かに彼らに武器を与えるのは重要だが、それ以上に自分の命を守ることが大切だよハルト君。見たところ君はまだ若くて将来有望だ。まずは自分の装備を整えてはどうかね?」
マクラミンがハルトにそう告げる。ギルド内で正式に決まった彼の二つ名は【孤狼】だが豚殺しのほうを支持する職員もいたように、ハルトは多数のオークを狩っている。その実力は確かでギルドにとっては凡百のC級ハンターより彼女一人のほうが価値が高いのだ。
「ご忠言ありがとうございます、マクラミンさん。ですが、重たい鎧は俺に必要ないんですよ。この、ナイフ一本あればモンスターを倒すには事足りる。しかし、C級以上のモンスターとなればマジックウェポンが必須です。だから彼らに金を出すんですよ。ろくな抵抗すらできない肉壁よりも、鋭い刃を持った足軽のほうが好みなので」
そういいながらハルトは自分の腰のコンバットナイフを指さす。
「それに、マジックウェポンがないと、彼らは実質丸腰で戦場に放り出されるのと変わらないじゃないですか。これでは死んで来いと言ってるのと変わりがありません。救援される都市としても頼りがいがないし、救援に向かう側の士気も下がります。数は力だとも言いますよ」
数が力になるというのはマクラミンとしても同意するところだ。しかし、オーガ相手に魔法の防具を用意しないというのはあまりにも致命的だ。このハルトという少女はオーガの攻撃力を甘く見ている。
「ハルト君、オーガについての知識がないようだから助言させてもらうが、オーガはオークよりもかなり攻撃力が高いぞ。君なら間違いなく一撃食らえば即死だ。オーガと戦うなら魔法が込められた防具は間違いなく必須だ」
マクラミンはハルトに考え直すように迫る。
しかしハルトの答えは淡白なものだった。
「それはオークでもナイトウルフ相手でも同じですよ、マクラミンさん。まあ、確かにモンスターの攻撃は強力ですが、当たらなければ問題はありません。そして心臓を貫けばモンスターは死にます。これは相手が生物である限り変わらない真理でしょう?」
マクラミンは絶句して動きが固まった。確かに理屈はあっている。だが、万が一当たってしまったら即死するのだ。自分の命を守れる安心感というものは物理的にもそうだが精神的に大きな安心感を与える。これが必要ないと宣言するのは中々出来ることではない。
「なかなかイカれてるわね、貴女。いったい何者なの? マスク外して顔を見せてくれないかしら?」
シャディはハルトに興味を持ったようで、顔を見せろと求める。
ハルトがマスクとサングラスを取ってあらわになったのは七色に輝く瞳と髪を持つ美少女の姿だ。円卓のメンバーはその美貌に思わず息をのむ。
ハルトは少し考えて語った。
「何者かと問われると、なんて答えればいいんだろうな? しいて言うと宗教の宣教師ってところかな。そうだな、一応布教活動はしてるし宗教家だと思ってほしい。そういえば、これは個人的な質問なんだが教会ってどうやって建てればいいんだろうな。誰か知らないか?」
ぶっちゃけ昆虫専門の豊穣の女神とか限りなく災厄に近いので、単なる宗教で通した方がいいだろう。この世界の宗教事情をハルトはよく知らないので藪をつついて蛇を出したくはない。しかしこれは何教っていうんだろうな? ステリーを崇めることになるならステリー教でいいか。ハルトは内心で独り言ちた。
ハルトの独り言のような質問に対してマクラミンが返答を返した。
「ハルト君、商業施設であれば衛兵の詰め所で受付をやっているが、宗教施設となると都市か町の長の許可が必要だな。はっきり言って一般人が新規に建設許可を得ることは不可能なので既にある教会を買い取ったほうが手っ取り早いだろう。この場合は不動産商会に出向いて交渉をする形になる。しかし、本当にいいのか? 第一武器があっても彼らが役に立つかはまた別の話だぞ。無駄な出費に終わる可能性も高い」
「構わないですよ。多少でも人死にが減る可能性があるなら俺としては満足です」
「君が宗教家であるならば喜捨の精神があるのはよくわかったよ。もはや止めはしない。私としては君が信じる神の加護があることを祈るとしよう。無事を祈る」
「ありがとう、あなたにもあなたの信じる神の加護があることを祈りますよ。勿論この場にいるほかの皆さんに対してもね」
一見本物の聖職者っぽいセリフを吐いたハルトだが、空気を読んで適当に合わせただけで深い意味はない。まあハルトはこの世界でどんな宗教があるか知らないので当たり障りのないことを言ったのだ。宗教って怖いからね。俺は宗教戦争とか絶対巻き込まれたくないのだ。
重々しかった円卓の雰囲気はかなり和らいだ。絶望にうつむいていた非ネームドのC級の面々もいくらか顔色がマシになっている。
取り敢えず緊急招集の内容はまとまった。マクラミンが会議の終了を宣言して明日の予定を述べる。
「これから約3時間後、ギルドから特急の馬車を出す。各員は全メンバーを引き連れてギルド前に集合してほしい。それまでに各自武器や食料等の携行品を準備しておくこと、以上だ」
こうしてギルドでの緊急集会は幕を閉じた。




