表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/30

異世界に連れ去られたけどいきなり餓死しそうな件について

「うっ」


 燦燦と照り付ける太陽光が目に飛び込んできてまぶしい。


《ここがわらわの信者がおった最後の農村じゃな》


 自宅の風景が溶けるように消えた後にハルトの目に映ったのは雑草がぽつぽつ生えた荒地だ。果たしてこれを農村というのだろうか? 麦の一本すら生えていない枯草だらけの荒野が広がっている。どう見ても手入れされておらず農地には見えない。木造の粗末な民家がぽつぽつと点在しているが生活感はなく、人っ子一人見つけられない。


《みーんな逃げ出して誰もおらんようなってしもうたんじゃ。》


 そりゃあ蝗害や疫病が発生して家の中にGまで出たら誰でも逃げ出すだろう。疫病神から逃げ出して大正解だ。


《しかし、今は頼もしい眷属がおる! ここから村を復興し、一大宗教国家まで成長させるためにわらわに知恵を授けて欲しいのじゃ!》


「うん、無理、不可能、インポッシブル!」


 俺は迷わず即答する。当たり前である。というか眷属になったつもりはないんだけど。家帰って寝たい。というか元の体に戻して。願わくばこの悪夢が早く終わりますように。


《うーむおぬしの世界に一度戻りたいのはわしも同感なんじゃ。ここまで何もないとは。物資の補給ぐらいはするべきじゃったな。しかし、空間に関する権能は持ち合わせておらん。だから、アルターに頼んで72時間限定でおぬしの世界まで送ってもらったのじゃな。》


 一応神なんだったら神界みたいなところには行けたりしないの? あとスルーしないで俺の体を元に戻して。


《今のわらわの信者は0人じゃから神としての力はないのじゃ。あったとしても空間に関する権能を持ってないので神界には戻れぬ。アルターに頼ろうにもあれから連絡もつかないしのぅ。そして、おぬしの体についてじゃが、元の体のままではわらわの生存に適さない環境なのじゃ。仮に元に戻したとすると、お互いに死ぬことになる。ちなみに一度付与した祝福を元に戻すことは出来ないので意味のない仮定じゃな》


 あれ、これ詰んでね? コイツ、神としての力がないってことはもはや神ですらなくてただの迷惑な寄生虫ってこと? あと一生このままであることが確定したってマジ?

 

 ぼくおうちかえりゅ! おねんねしたいの!

 

 思わず幼児化してしまう程度にはショックだ。というかただのサラリーマンに国家建築を依頼するとかどんだけ見る目がないんだコイツ。詐欺に騙されそう。いや、すでにアルターとかいう手抜き詐欺師に騙されてるんだったな。


《神ですらないとは失礼じゃな! あと騙されてない! しかしこの状況は困ったものじゃ。おぬしの協力が必要なのじゃ》


 取り敢えず祝福とやらの詳細を教えてほしい。

 ハルトとしては別に欲しくない代物だが、この最悪な状況ではあるものを使っていくしかないだろう......


《見た目がキュートになったじゃろ? 身体能力等に変化はないのじゃ。あと、わらわの神権の一部が使えるようになるのじゃが、今は信者が0じゃから特別にできることはないのう》


 祝福とか言いつつ実質見た目が変わるだけってマジですか。そうですか。


 取り敢えず家には帰れそうもないしこの悪夢から覚めるまでどうにか生きていくしかないのか......夢なら早く覚めてくれ。


 不意にハルトは体がぐらついてバランスを崩す。


「おっと、」


 ちょっと眩暈がしてよろめいてしまった。いろいろあって疲れているのかもしれない。地球ではそろそろ夕飯時だったはずだ。この世界では思いっきり真昼間だけど。何か食べたいな。なぜか疲労感と倦怠感があるのでゆっくり休みたい。


《うーむ、すまんな血を吸いすぎたかもしれん。なにせ72時間動きっぱなしだったもんじゃから腹が減っての》


 この症状貧血かい!


《おぬしの生命力も下がってきておるし、栄養補給すべきじゃな。何か食せ!》


 生命力って何それ、絶対下がったらダメな奴だよね? マジでとんでもない害虫に寄生されてしまったのかもしれん。それと栄養補給しようにもなんもないんですけど...


《安心するがよい、ここから北西に行ったところに町があったはずじゃ! そこで物資を補給するとしようかの!》


 コイツのポンコツぶりを見てると安心できない。そもそも町、本当に残ってるんですかね......後、買い物するならお金はどのくらいはあるんでしょうか?


《無一文じゃ!》


 駄目じゃねーか! 期待はしていなかったが、このままでは餓死まっしぐらである。


************************************


 南グルーニア王国 アーガッシュの町


 グルーニア王国最南端の町であり、王国の北方から流れるグルーニャ川の水資源により農業が盛んな地だ。最も、豊富な水資源は他国の妬みを買い、争いの絶えない地でもある。現にグルーニア王国は国の北西部分をアーガルム帝国に侵攻され占領されている状態で、そこから度々斥候が送り込まれて小競り合いに発展している。今のところ大規模な合戦に発展する様子はないが、いつ小競り合いが戦に発展するか分からない緊張感をはらんだ土地である。


 そして豊かさは人類だけを潤すものではなく、大型の野生動物や凶暴なモンスターも多数生息し、日々人類との戦いが繰り広げられている。豊かな自然による恵みもあるが、危険も大きい。それがこの町、アーガッシュの特徴だといえる。

 町境には石の壁と大門があり警備の衛兵がいるが、昼間は物資の交換等経済活動のために大門は解放されている。


 

 ハルトは町に到着して衛兵を発見し、とても安心した。


「良かった、思ったより栄えているな。また無人の荒野が広がっているんじゃないかと心配したよ」


 ステリーの言うことだから半信半疑であったが、本当に町があってよかった。


 解放されている大門を抜けて町中を進んでいくとぽつぽつと露店が存在し、客が商品を物色している。大通り以外の区画や街道の整備はあまりされていないようで無秩序に店らしき建物が散在している。

 取り敢えず物理的に食い物がないという状態からは脱したが金がない。


 一先ずバイトでもして日銭を稼ぎたいが、当たり前ではあるがこの世界で使えるような身分をハルトは持っていない。こんな怪しい人間を雇ってくれる心優しい人間は果たしているのだろうか? 日本だったら身分証明書がなければコンビニで働くことすらできないだろう。


《取り敢えずハンターギルドに登録したらどうじゃ》


 ステリーが困り果てているハルトに声をかける。


「なにそれ?」


 ハルトは急にゲームチックな単語が出てきたので思わず聞き返す。


 ハンターギルド、略してギルド。2000年以上前に起こったという悪魔による地上の大侵攻の後に結成された対モンスター専門の討伐組織である。ここに登録したものはハンターとして登録され、街にモンスターによる被害が発生すると招集されて戦うことになる。  

 しかし、実態としてはモンスターの討伐だけでなく依頼人が金銭さえ支払えば皿洗いから建物の解体、家畜の世話までなんでも請け負う文字通りの何でも屋である。


《もともとはモンスター討伐だけが専門だったんじゃがな、年がら年中すべての地域でモンスターが湧き続けているわけでもないので、ハンターが食い扶持に困らぬように事業範囲を拡大した結果今の形に落ち着いたというわけじゃ。ちなみに加入要件はないので誰でもハンターになれるぞ》


 モンスターは国境はもちろん人間の決め事を守ることはない。各国家等が保有する軍隊で対処する際にはこの人間特有の決め事が大きな足かせになるのだ。軍隊がモンスターを追い詰めたとしても、モンスターに国境をまたがれると追跡を中止せざるを得ない。なぜなら他国の領土に軍隊が踏み入るなど開戦の合図と変わらないからだ。かといってモンスターが国境をまたいで他国に侵入するのを見届けるだけでは有害なモンスターを自国領に誘導したとして、相手国から難癖をつけられかねない。強力なモンスターを他国に押し付けたなどの事実があると、これも国家間の関係がこじれる原因になるのだ。

 

 モンスターの掃討が後手後手になると繁殖されて数が増加し被害が拡大するため、各国ともに倒せるのであればさっさと倒して後顧の憂いを絶ちたいというのが正直な思いである。そうしなければ増加したモンスターによって人類という、種全体が大きく損をしてしまう。こういった事態に対応すべく、国家から独立し自由に国境をまたいでモンスターを倒しに動ける武力が求められるようになったというわけだ。複数の国家間でこのような思惑が共有されて成立したのがハンターギルドである。そのためギルドに所属するハンターは比較的自由に国境を越えることが出来る。


「職業斡旋所、というか日雇いの傭兵みたいなもんか?」


 ハルトは呟いて考えを巡らせる。モンスターの討伐とは実にファンタジーで、ゲームみたいだ。日本では画面の向こう側でしか出来なかったモンスター討伐を現実でできるとなると、少し面白そうだとも思う。その手のRPGゲームはハルトの大好物である。


《有事の際に大きな戦果を上げたものは英雄として莫大な富と名声を得ることが出来るのじゃ! 布教の為にもまず上位ランクを目指してほしいのう。無名の一般人の言葉よりも、上位ハンターの言葉のほうが民衆の心に響くはずじゃ。実際に一つの国家の危機を救ったという功績でその時の国王から領地と爵位を与えられ貴族となったハンターも過去にはいたようじゃぞ。》


 ステリーが捲し立てるようにハンターの成功例を教えてくれる。なんとなくそんな雰囲気はあったがグルーニア王国は貴族の支配する封建国家なのか。


 確かに、ファンタジーな雰囲気の世界でモンスター討伐は面白そうでやってみたいとハルトは思う。しかし生まれてこの方喧嘩すらしたことのない生粋のインドア派にいきなり上位ランクを目指せとは無理をおっしゃらないでください。というかまず現実で戦闘が出来る気がしないので、まずは飲食店で皿洗いのバイトとかしたいかな。皿洗いなら得意だ。レジ打ちでもいいが多分レジスターはないだろうから無理だし。


《戦闘面に関してはわらわがばっちりサポートするのでハルトは大船に乗った気持ちで構えているとよいぞ!》


 ステリーが自信満々に明るい声を上げる。うむ、お前に言われるとすこぶる不安だ! よし、戦闘系のクエストはゴブリンとかスライムとかの弱そうなやつだけにして、出来るだけ早く皿洗いとかのバイトを探すことにしよう。モンスター相手に戦闘するのはゲームみたいで楽しそうだが、俺は命までかける気にはなれないのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ