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甘味の誘惑にあらがえない件について


 西の鉱山の麓 商店街


 鉱山の麓の宿屋の中からいつも通り魔道具の整備されたやや高級な宿を選んでチェックインする。もともとこの世界に住む一般人からすれば毎日このような宿屋に泊まるのは無駄遣いだと思うのかもしれないが、元文明人としては生活水準を低下させたくないのである。人間は贅沢を覚えると忘れられない生き物だ。ちなみにこの宿屋は一泊銀貨1枚に銅貨50枚と普段より少しお高めだった。その分調理器具の数が多いし、湯船も広くて快適であった。

 食事はいつもと同じだが、ここはチーズの生産地でもあるらしく、いつもよりかなりチーズが多い。山間部なので魚は手に入らず、今日の夕食に赤魚は入っていない。


「このチーズ旨いなぁ」


 シロップと塩で味付けされているようでそのまま食べても自然な甘さと濃厚なチーズの食感が感じられ非常においしい。熱を加えて溶かせばさらに甘さが引き立ってクリーミーさが増し、倍ほど美味い。久々に食べる甘味は格別の美味さだ。これは味付けされてることもあってチーズというよりお菓子に近いのかもしれない。ちなみにこのチーズは客寄せで声をかけてきた売り子から購入したものである。


「決めた、このチーズは大量に買って帰ろう。」


《あんまり買いすぎると腐ってしまうから程々にするのじゃぞ》


 久々に食べた味の濃い甘味に対してハルトは遠慮をするつもりが一切ない。聞けばこのチーズは鉱山労働者にも定番の人気商品らしく、度々売り切れてしまうそうだ。取り敢えずギルドに戻るまえに一度買い占めておく必要があるだろう。


 すでにギルドの依頼は達成したため、明日にでもギルドに戻って問題はないのだが、今後のために戦闘経験を積みたいという建前と、チーズを買い占める機会をうかがうという本音のために1週間ほど滞在することに決めた。


***********************************

 

 10日後 


 西の鉱山の麓 森林部


「はあぁ!」


 力強い声を上げながらハルトはミスリルダガーをオークの胸の中央に突き立てる。ハルトの渾身の一撃がオークの胸を貫く。胸部からは血しぶきが上がり、毛皮を赤く染める。


 だが、オークは力強い雄たけびを上げ、ハルトに反撃してくる。


 胸部を大きく傷つけられたオークは激怒したようで両腕をめちゃくちゃに振り回して襲い掛かってくるが、動きが止まる様子はない。ダメージは受けているようだが、致命傷を受けたという反応ではなさそうだ。心臓を確実に破壊したと思ったのだがミスをしたのだろうか。ハルトは後方に下がり、オークのパンチの嵐を躱していく。


 なんでオークは倒れないんだ?


 ハルトは混乱していた。間違いなく正確に心臓を狙ったはずだ。ステリーの指導の下今日まで一週間練習してきておりオークの心臓の位置ははっきりと覚えた。


《おしい、若干浅いのじゃ。場所自体はあっておるのだが、ギリギリ心臓まで届いておらぬ。一撃で倒すにはオークの背中側までダガーを貫通させるような気持ちで思いっきり突き立てる必要があるのじゃ。》


 ハルトのダガーの刃渡りは30cmには満たないほどの長さである。ナイフとしてみれば充分に長い刀身なのだが、剣や刀と比べると当たり前だが短い。そしてオークの心臓は巨大な体の中心部にあり、その位置は決して浅くない。ナイフで戦うならこの感覚をしっかり体で覚えなければいざというときに命取りになりかねない。


 なるほど、理解した。


 ハルトとしては心臓まで届かせたつもりだったが、もっと深く攻撃する必要があるようだ。ミスリルダガーは毛皮も筋肉も骨も等しくバターの様に切り裂いてしまうため、どこまで刃が届いたのかという事をナイフから伝わる感覚で判断することはできないのだ。ここでも経験がものをいう世界であるようだ。


 ステリーの助言に従いながら、もう一度攻撃の隙を作ってもらう。ナイフをオークの左ストレートに合わせ、腕とすれ違う様に刃を走らせる。オークは再び痛みに呻き隙をさらすが、やはり二回目以降は劇的な隙をさらしてはくれない。それでもハルトは思いっきり足を前に出して走り寄り、オークの胸部にミスリルダガーを突き刺した。


 背中側までナイフを貫通させるつもりで勢い良くだ! 

 ハルトは心の中で己を奮い立たせ、再び刃をオークに突き立てる。


 オークからは苦悶の声が上がる。先ほどとは違い、怒気の感情よりも苦痛のほうが大きいようだ。

 

 胸の痛みにオークが激しく暴れだす。失敗したかと思ったが、間もなくオークの胸部から鮮血がほとばしり、地面を濡らしていく。大量の血液を失ったオークは全身から力が抜けていき、地面に倒れ伏した。


「やった、勝ったぞ!」


 ようやくハルト自身の攻撃によってオークを討伐することが出来た。ステリーの補助はあったものの、大きな進歩である。


《うむ、よう頑張った。ご苦労じゃ》


 本来は1週間の滞在予定であったものの、ハルトは何とかオーク討伐を自力でこなしたいと考え、予定を延長したのである。取り敢えず目標は達成である。


 ハルトはオークの牙をもぎ取ってリュックにしまい込み、商店街に戻る。明日にでもギルドに行って換金しようと考えるのであった。


 蛇足だが、チーズの菓子は一人一日5個までの購入制限があったために買い占めることはできなかった。リュックにいっぱいになるまで菓子を買い集めるために滞在期間を延長したわけではない。断じて違う。まあ、勿論ハルトは明日の朝一番に店に向かって5個買うつもりだがそれとこれは話が別ということでどうか理解してほしい。

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