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C級モンスターは一味違う件について(前編)

 西の鉱山の麓


 ハルトはギルドに指定された目撃情報のあるポイントの近くまでたどり着いた。そこでは驚いたことに住民がぽつぽつと存在し、宿屋や飲食店までが出店しているようだった。まるで小さな商店街で、店の中から聞こえてくる音に耳を傾けると中は盛況で、商売は繁盛しているようだった。

 

 普通討伐対象のモンスターが発生するような箇所の近くでは住民を見かけることはまずない。仮にいたとしても戦闘力を持たない一般人ではモンスターに食われてすぐにいなくなるので同じである。そのはずなのだが、鉱山で働く労働者を対象にしているのであろう商店街がある。なぜそう思うかと言えば、つるはしを持ったいかにも鉱山労働者であるといった風貌の男が居酒屋に吸い込まれていくのを見届けていたからだ。ハルトの頭は混乱し、最初は全員が同業者で、依頼がダブルブッキングしたのかと思ったが、店の前に立っていた女性から客寄せの声をかけられた時点でそれは違うという確信を持つことが出来た。


 モンスターが近くにいるのに危険ではないのかと不思議に思って売り子に声をかけてみるが、どうもオークの対策を取っているらしい。売り子の女性が言うには、オークはアクタシアハーブというハーブの香りを激しく嫌悪するようで、このにおいがする場所にはまず近づくことがないそうだ。そして、店はもちろん、店員も鉱山労働者も全員がこのアクタシアハーブを詰め込んだネックレスや装飾品を常に身に着けている。なるほど、だから先ほどの鉱山労働者も売り子も似たような奇妙なネックレスをしているのか。てっきりこの街でだけ流行しているファッションかと思ったのだが実用的な理由からだったのだ。

 

 確かに、この付近のエリアに来てからというものの、強いハーブの香りがするとは思っていたのだ。売り子からの話によるとこの店舗が立ち並ぶ居住区エリアでは大量のアクタシアハーブが常時生産されており、ハーブ専門の加工場と加工職人、生産農場まであるらしい。 

 このハーブはここで暮らすための必須アイテムなので鉱山関係者は、生活用、観賞用、予備用、予備の予備、と最低でも4本は鮮度のいいハーブを詰め込んだネックレスを所持しており、匂いが弱くなるたびに付け替えているそうだ。


「匂いによってモンスターを避けるっていうのはナイトウルフなんかでも聞いたことがあるけどまったく近づかなくなるほど効くっていうのはすごいな」


 これを発見した人は間違いなく偉人と呼べるだろう。何せモンスターの活動する領域でも安全に暮らすことが出来ているのだから。


 売り子からチーズを購入し、オークの場所について聞いてみると、本人は目撃したことがないらしい。なんでもこの周囲はアクタシアハーブのにおいが充満しているため、うわさ話で目撃情報を聞くことすら稀であるようだ。一応森林エリアまで進めば目撃情報があるようだが、5年以上昔の話で近年では目撃情報がないそうだ。このあたりをオークが縄張りとしている影響なのか、ゴブリンやサーベルキャットなど、他の町ではメジャーな魔物でさえもほとんど見かけたことがないらしい。この場所は、人工的なある種の魔物の空白地帯であることが判明した。


 ハルトは店舗の立ち並ぶエリアを練り歩き、他の店の店員にも話を伺うが、その返答は最初に声をかけられた売り子からの話と似たような内容ばかりであった。


「ギルドに貼られている依頼書は結構古い奴なのか? ここまで来ても古い目撃情報があるだけだなんて」


 ましてや普通に人が生活を営んでいる。ハルトにとっては衝撃的な光景である。


《まあ、解決されていない依頼は基本的に依頼主が取り下げない限り残り続けるからのう。塩漬けになって残り続けている依頼というのも別に珍しいものではないのじゃ》


 D級の、比較的難易度が低く受注可能なハンターの数も多い依頼であれば数週間から遅くとも数カ月程度の周期で達成されていくが、C級以上の依頼となると受注可能なハンター自体の絶対数が大きく減少するため、長年にわたって塩漬け状態の依頼というものが生まれるらしい。


 「となるとオークがいるかどうかも怪しいよなぁ」


 ハーブの香りをひどく嫌うというのであれば不愉快に思ったオークがこの場所を離れるのは当然だと思う。

 だが、諦めることはせずに取り敢えずは売り子から聞いた森林エリアまで進んでみることにする。


 しばらくの間森の中を進んでいたハルトだったが不意に速度を落として一旦立ち止まる。ハルトは木の枝を踏みつけて音をたてないように慎重に歩みを再開する。少し先に生物が動くような気配を感じたのである。ハルトは息をひそめて目だけを動かしその正体を探る。少しすると重い物体が地面を動く、振動のような感覚がハルトに伝わってきた。この振動の正体が先ほどハルトが感じた気配の主だろう。間違ってもゴブリンやナイトウルフではあり得ない重量感は当たりを見つけたかもしれない。しばらく待つとその姿がハルトの視界にも映し出された。

 

 やはりいた、おそらくあれがオークであろう。筋骨隆々な2m近くはあるだろう巨体に、豚のような鼻と下あごから2本生えた巨大な牙を持つ顔面。さらに頭部には黒目のない白い眼球とウサギのように長い耳が生えている。そして、まるでアルパカや羊であるかのように全身が厚い毛皮でふさふさしている。ただし、その色はきれいな白色ではなく、まるで泥のような汚い茶色である。獲物でも探しているのか、しきりに豚のような鼻を動かしながら歩き回っている。


 観察した様子ではどうも鼻が利くようだが周囲に獲物はいないらしい。そしてこのオークは単独で、群れている様子はない。ならば、邪魔が入らず一対一で戦うチャンスだろう。


 観察していると不意にオークが背中を見せてまた鼻を鳴らし始めた。こちらに気づいている様子はない。先手必勝、オークが見せた背中を狙い、ハルトはかなり重めの石を思いっきり投げつけてみる。一撃で倒しきるつもりの全力の一投だ。ゴブリンなら間違いなく一撃死、ナイトウルフでもかなりのダメージが見込めるであろう破壊力がオークの背中を襲う。

 

 しかしそんなハルトの確信とは裏腹に現実は無情であった。投げた石は毛皮にやさしく包まれ、静かに地面に落ちた。当然肉を打ち付ける音も、骨を砕く音も聞こえずオークは完全に無傷だ。


「は?」


 思わずハルトは間の抜けた小さい声をあげてしまったが仕方ないことだろう。


 どう考えても重量のある石をぶつけたときに聞こえてくる音ではない。オークの柔軟な毛皮によってハルトのぶつけた石はその運動エネルギーをほとんど吸収されてしまったのだ。


 これでは投石はほぼ通用しないと考えたほうがいいだろう。あまりにも毛皮が厚すぎる。毛皮による防御力を甘く見ていたかもしれない。


 オークは軽く身震いしながら周囲を探る様に頭を左右に動かしている。


 いきなり背中に衝撃を加えられたことで驚いたのか、オークが鼻息のような鳴き声をあげるが全く痛痒を感じている様子はない。どうも純粋に死角からの攻撃に戸惑っているようだ。


 ハルトは急いで身を隠すが、オークが鼻を鳴らしながら周囲を探っており、ハルトの隠れる方向にまっすぐと向かってくる。


 やはり嗅覚には優れるようで、攻撃してきた外敵であるハルトの気配を探り当てたようだ。だが、正確に居場所をつかんでいるわけではないのかその歩みには迷いが感じられ、極めて遅い。ハルトはミスリルのダガーを鞘から引き抜いて構える。投石が通用しないとなると、もはや残された攻撃手段はナイフのみである。


《オークの毛皮はまるでゴムのように柔軟で恐ろしく厚いのじゃ。投石で倒すのであれば毛の薄い顔面から頭部の破壊を狙うしかないのじゃが、オークの視力はかなり高いから現実的とはいいがたいかもしれぬ。間違いなく気づかれて接近戦に持ち込まれるのじゃ》


 ステリーによるとオークの視力はかなり高く、1km先の砂粒を数えられるほどだという。そのため、正面にある顔面を狙った奇襲を成功させるのは不可能だといっていいようだ。必然的に不意打ちを行うのであれば背後からとなるが、背面は全身を余すところなく頑強な毛皮によって覆われており、攻撃しても効果が薄い。


 しかし、顔面であれば攻撃が通じるというのはいいことを聞いた。ならば、まだ距離のある今、正面から堂々と攻撃するまでだ! ミスリルダガーをいったん鞘に戻し、ハルトはオークの正面に姿を現す。外敵を発見したオークが速度を上げ走り出してくるが、その速度はゴブリンやナイトウルフよりは数段遅い。オークの足が地面をけり上げるたびにドスンドスンという重い音がハルトの耳を打つ。この重量による威圧感はD級の討伐対象からは感じたことがない。


 ハルトは石を構えてオークの顔面に思いっきり投げ込む。投石は見事に命中し、石が肉を打ち付ける鈍い音が耳に飛び込んでくる。


 オークの鼻の下、前歯のあたりを石が強かに打ち付ける。骨が石をはじく音が聞こえるが、オークの上唇に変化はなく、たいして痛みを感じているようには見えない。残念ながらオークに堪えた様子はなく、一切減速せずに疾走してくる。背中を狙ったときよりはマシだがダメージは期待できない。


 ハルトは第二投を投げ込む。今度は眼球のあたりにヒットしたが、オークは反射的に目を閉じたようだ。オークの瞼に投石がヒットする。


 背中の毛皮に投石をぶつけたときの様に、石をやわらかい羽毛にぶつけたかのような音が耳に届く。ハルトの投げた石は、オークのまつ毛と産毛で防がれてしまったようだ。どうも、オークの毛深いまつ毛も毛皮と同じくらいの柔軟さがあるようで、ダメージが入っている様子はない。


 「眼球狙いでも効果なしか」


 眼球と言えば真っ先に思いつく生物の弱点であるが、攻撃を当てるのは厳しそうだ。まつ毛まで剛毛になっているなんて。こうなるとオークの疾走を止めることはできない。ここからは接近戦となるだろう。

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