ミスリルダガーの性能を確かめてみた件について
ブロンの街外れ
ハルトは早速新しく手に入れた武器の性能を確かめるため、市場から離れた街道の外れの森まで来ている。ここに来る途中でハンターギルドのブロン支部に立ち寄り、ゴブリンとナイトウルフの討伐依頼を受けてきているのだ。
早速お出ましだ。
ゴブリンには投石をお見舞いしてサクッと一匹まで減らす。最後の一匹をダガーで切りつけると、まるでバターでも切るかのように抵抗感なく骨まで断ち切ることが出来た。
「おお! これが魔法の力か! すごい切れ味だ」
包丁などの、ハルトが普段使う料理用の刃物などとは切れ味というべきか、切った感触がまるで違うのである。肉や繊維を断つときに本来感じるはずの抵抗感や弾力とでもいうべきものがほとんどない。最初から切れていた部分を単に二つに分けただけであるかのような、肉が勝手に二つに分かれたかのような不思議な感覚である。
ハルトの疑問に対してステリーが答えてくれる。
《魔法というものは過程を無視して結果を引き起こすからのう。普段おぬしが使っておる魔道具の鍋もつまみを捻るだけで勝手に加熱されるじゃろう? そこに物理的な合理性は存在しないのじゃ。魔法は物理的な過程を無視してまずは結果を引き起こす。そのあとに物理法則が慌てて辻褄を合わせるというのが魔術的な道理じゃ》
要するにどういうことかといえば、例えば加熱の魔法が使われると、まずいきなり鍋が温かくなりそのあとに鍋の中の水が沸騰して蒸発する。もしも鍋の中に入っているのが水だけではなくエタノールなどの沸点が低い物質が混ざっていたとしても、水と同時に沸騰して気泡を発生する。つまり、ガスコンロなどの物理的な過程で加熱を行うと、室温程度から徐々に温度が上がり、まずは沸点の低いエタノールなどが先に気泡を上げ、その後鍋の温度が上がってから水が沸騰する。しかし、魔術的な過程では、最初から鍋の温度が100℃程度から始まり、水とエタノールが両方とも同時に沸騰して気泡を上げるということだ。この時に鍋の温度が室温から80℃に上がってエタノールが先に沸騰して気泡を上げる、というような中間地点はなく、魔法の効果が発揮された時点で鍋の温度はいきなり100℃になり水とエタノールは同時に沸騰し始める。最終的な結果だけでみると両方沸騰しているので物理的な合理性も何とか保たれているように見えるというわけだ。
つまり今回のゴブリンとの戦闘では、ダガーで切りつけた結果肉や繊維を断ち、結果としてゴブリンの体を切断したのではなく、ゴブリンの体が切断されていたから、肉や繊維が断たれていたということである。物理的な合理性は後からついてくるのだ。分かりにくいかもしれないが、魔術的な過程というのはそういうものである。
「へー、よくわからないけど何でも切れるってこと?」
だとするとすごい話である。肉も骨も岩石でさえも魔法の前では大差がなくあっさり切断できるということではないか。ハルトには魔術的な道理というのはいまいち理解できなかったが、凄いことだというのはよく分かった。
《そのあたりは武器に込められた魔法の精度、強度、魔力の量によっても変わってくる。もし、対象を切断するのに充分な魔術的加工が施されていた場合は肉も骨も岩石も切断するのに大差はないといえるじゃろう。だが何でも切れるわけではないのじゃ。それに魔法の効果を発揮するたびに使用者の体力や生命力を削るしのう。》
言われてみるとハルトには今若干の疲労感がある。指摘されないと意識しないレベルの疲労感ではあるが、考えなしに使うと危なそうだ。というか生命力って何? 使ったら死ぬの?
《生命力はおぬしの生きたいという意志の力じゃな。眠るなり休むなりで時間を置けば自然と回復するものじゃが、消耗しすぎると無気力になってしまうのじゃ。普通は死ぬことはないのじゃが、短期間に急激に消耗してしまうとしばらくは抜け殻の様になってしまい餓死することもある》
マジックウェポンを使いすぎると生命力が下がって無気力になってしまうということか。というか餓死するって怖っ! 普段は意識するほど使わないだろうが、頭の隅に置いておいた方がよさそうだ。魔法の力は便利だが、完全なノーリスクではないらしい。
また、対象の物質があまりにも硬すぎると魔法の力をもってしても切断することはできないらしい。あくまでその武器に込められた魔法の力で可能な範囲であれば、という条件が付くようだ。
《それに切断する対象が魔力を持っているのか、そうではないのか、によっても大きく変わってくるのじゃ》
魔法を行使される対象が魔力を持っていた場合、その魔力が抵抗となって本来発揮されるはずの魔法の効果が減衰されることがある。物体が同じだけのエネルギーを与えられた場合に空気中を進む場合よりも水中を進むほうが速度が遅くなるのと似ているかもしれない。逆に言えば魔力を持たない対象であれば物理的な性質をほとんど無視して効果を発揮する。
「なるほど、よくわからんということが分かった」
ハルトには日本で習った物理的な常識が邪魔をしていまいち納得感が薄い。しかし、魔法の世界に物理や化学を持ち込んでも仕方がないと割り切ることにした。
《まあこの辺の話は後々でいいじゃろう。今大事なのは魔法の力があれば武器の攻撃力が大幅に上がるということじゃ。この感覚を体で覚え、使いこなせればおぬしの戦力は大きく向上するじゃろう》
確かにここまで劇的な変化があるとは思っていなかった。今までの投石一本の戦い方から戦闘スタイルが大きく変わるだろう。それに切れ味が良すぎて体が違和感を覚え、逆にコントロールが難しくなるかもしれない。
「おっと、危ない」
背後からナイトウルフが奇襲を仕掛けていたようだったが、今回は気づくことが出来た。ハルトはなんとなく風の流れが変わったような気がしたのだが、その通りだった。
左足に力を入れて体を動かしナイトウルフの攻撃をかわす。ナイトウルフの牙がむなしく空を切った隙にミスリルダガーで頭部に切りかかる。すると、ナイトウルフの頭蓋骨はあっさり切断されて頭から脳みそが零れ落ち、一撃で地面に倒れ伏した。
これまでの投石を主体とした戦闘では正面から疾走してくるナイトウルフ自身の速度を利用しなければ一撃で倒すことはできなかった。今回のように背後から奇襲された場合であれば、3~4回程度の攻撃が必要だったのは間違いない。単純に最低でもハルトの攻撃力が3倍以上になったのは確実である。
「ナイトウルフでも一撃か、もはや無敵なんじゃないのこのナイフ」
ハルトは自分が無敵の力を手に入れたように感じてしまう。ゴブリンに比べれば遥かに手ごわいナイトウルフでも一撃である。攻撃さえ当てられれば何でも一撃で倒せそうな気がしてきた。
《過信はよくないのじゃ。あくまでも、ものすごく切れ味のいいナイフの域は超えないと肝に銘じるべきじゃな。それにおぬしの戦闘経験はまだまだ浅い。ナイトウルフやゴブリンとの戦いには慣れてきたじゃろうが、おぬしの戦闘経験はD級のモンスターの中でもほんの一部だけじゃ。おごらず、油断せず、まずはナイフでの戦い方に慣れることが重要じゃ》
確かにステリーの言うとおりだ。かつてかなり苦労させられたナイトウルフを簡単に倒せてしまったことで自信過剰になっているかもしれない。だが、間違いなくこの力は俺のハンター生活の助けになると確信した。