表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/30

人生設計と相互理解は大切な件について

 アーガッシュの町


 ハルトは討伐証明部位の換金を終えてギルドから路地に出た。報酬の入った革袋の中身を確認すればずっしりとした硬貨の重みと銀貨の輝きが確認できる。


「今日の戦果は銀貨65枚!上々だな」


 ケイブスネークは集団で密集する習性があるため、安定して狩れるとかなりいい稼ぎになる。一匹当たりのレートは銅貨30枚と安いが100匹以上倒せば銀貨30枚以上だ。金銭面でかなり美味しい獲物だといえる。

 もっとも、それは不用意に近づいてしまうと数の暴力に襲われるということと同義である。数が多いというのはそれだけで脅威だ。孫子の兵法やランチェスターの法則でも知られるように戦力とは数の二乗に比例するのである。そのため、普通のD級ハンターは群れからはぐれた少数の個体を狩っていくのが常識だ。自分から群れに突っ込んで狩りに行くというのは、あり得ないほどの自殺行為である。ましてや生息地である洞窟に単身で突っ込んで根こそぎ狩りに行くというのはもはや狂人の所業なのだがハルトたちに知る由はない。

 

 

 この一カ月は毎日狩りをしていたのでかなりお金が増えた。今のハルトの全財産は銀貨636枚に銅貨が260枚だ。武器屋では金属製の武器を購入できるが、魔法の力を込められた武器は大体金貨が3枚以上、つまり銀貨にして300枚以上が相場であるらしい。そのため一般的なD級ハンターの稼ぎでは手が届かないのだが、ハルトはとにかく大量のモンスターを狩りまくって強引に貯めた形だ。


 それについさっきギルドでC級への昇格も果たした。首から下げているプレートの色が青色から赤色に変わっているのはそのためだ。


《うむ、ようがんばったの。D級からC級へ昇格できるのはD級4~5人に一人くらいじゃ。》


 ステリーが俺の頑張りをストレートにほめてくれる。嬉しくてニヤニヤしてしまう。思い返せば社会人になってから日本では他人から褒められることがなかったため、学生時代以来かもしれない。やはり日本ももっと他人をほめる文化が育ってもいいと思う。上司から細かいミスをおおげさに指摘されながら取り組む仕事よりも、褒められた方が絶対に効率はよくなると思うのだ。

 そういうわけで俺のことをもっともっと褒めまくってくれ。


《偉い偉い偉い、良くできましたねぇーいい子いい子》


 なんか馬鹿にされてる気がするんだけど!


《賞賛というのは相手から自然と出てくるからこそ価値があるのであって、自分から求めてはいけないということじゃの》


 そういうもんなのか。そうかもしれない。


《まあ話を戻すが、そのまえに今後の方針について考えようかのう。まずハンターを続けるかそれとも辞めるかどうかおぬしの意志を確認じゃ》


 ステリーの雰囲気がやけに真剣だ。そんなに重要なことなのだろうか?そもそもハルトはコネも身分もない異世界から来た人間である以上、頼れる組織はギルドくらいのものだ。ハンターを辞めるなんて選択肢は最初からないと思うのだが。それにここまで頑張って手に入れたC級ハンターの資格を捨てるのはもったいないと思う。D級と比べればかなり実入りもよくなると聞いている。疑問を感じたのでステリーに聞いてみた。


「ん? せっかく昇級したのに辞めるなんて勿体ないんじゃないか? それにC級モンスターはかなり報酬がいいって話だったけど」


 いまいちステリーの話の意図が読めない。

 ナイトウルフよりも高額の報酬が欲しければ、C級討伐対象を倒す必要があるという話だったはずだが。ハンターを始めてすぐの頃は戦闘はできれば避けたいと思っていたが、この一カ月で体力も戦闘能力もだいぶ上がったと思う。今なら無理なくハンターを続けられると思うのだ。


《それは事実じゃ。しかし、C級に昇格したハンターのうち実際に活動するものは十人に一人ぐらいだという現実もあるのじゃ。はやい話が転職する者が多いわけじゃな》


 多くのC級ハンターは昇級した時点で町の衛兵や国家の軍隊、あるいは商人の護衛などに転身する。C級ハンターともなれば一定の実力があることが証明されているからだ。 

 ハンターになるものは職に困って食いつめたものが多い。そのためギルドでのモンスター討伐の実績をアピールポイントにして安定した職業を求めるのだ。


「転職かぁ、それはちょっと考えたこともなかったな。」


 確かに町の衛兵や商人の護衛であればハンターを続けるよりも命を失うリスクは低いだろう。なにせハンターは自分からモンスターに戦いを挑むが、衛兵や護衛は向こうからやってきたモンスターを迎撃するのみで、モンスターとの戦いはむしろ避けるのが仕事である。

 

 衛兵や護衛ならモンスターと戦う場合であっても倒すことにこだわる必要がないというのも大きい。あくまでも町や、護衛対象を守ることが彼らの仕事なので、追い払うことに専念することもできるのだ。この場合魔道具などを使えば討伐よりもずっと楽に行うことが出来るだろう。極論であるが、衛兵であればモンスターを一匹も倒さずにただ立っているだけで給料がもらえる事もある。ハンターなら普段自分が狩場としている場所からモンスターが急にいなくなって収入が途絶えるということも考えられるが、衛兵や護衛なら仕事が減って楽になるだけである。

 

 だが、ハルトはハンターを続けたいというのが率直な思いだ。衛兵や護衛なんて、日本でサラリーマンをやってるのと大して変わらないではないか。始業時間が始まれば町を巡回して警戒し、終業時間が来れば家に帰る。それではつまらないと思うのだ。

 この世界に来てからの一カ月、大変な思いもたくさんしたし、頻繁に死ぬかと思ったが充実していたのだ。他人から給与をいただくのではなく、自分の実力で報酬を稼ぐという経験はハルトに大きな自信を与えてくれた。


 商人や町に対して職を求めるというのは日本での生活の延長になりそうでどうにも抵抗が強いのだ。朝から晩まで好きでもない仕事を上司の顔色をうかがいながら続けるなんてまっぴらごめんだ。せっかく異世界に来たのだから、日本ではできない暮らしを、日本ではできない体験をしたい。


「それに、商人の護衛なんかしたってステリーの信者は増やせないんじゃないの?」


 この世界に来てから一カ月間、ステリーには世話になりっぱなしだった。彼女がいなければ俺は間違いなく死んでいただろう。それも一回ではなく何十回もだ。下手したらこの街にたどり着くことすらできなかったかもしれない。そろそろ俺のほうからもステリーのために出来ることをしてあげたい、いや、彼女の役に立ちたいと思うのである。


 さすがに巨大宗教国家を作るなんて芸当はできそうもないが、信者の一人や二人は増やしてやれるかもしれない。根拠もなしに言っているのではなく、一応腹案があるのだ。

 

 まず、彼女はこの世界の知識には詳しい。まともな教育制度がないこの世界においてここまで知識を蓄えた生物はそういないだろう。そして、この世界にはハンターにならざるを得ない食いつめた人間がそこそこの数存在し、その多くが命を落としている。

 

 そこで、日本でいうと寺小屋みたいな機能を持つ教会を作ってハンターになりたい、あるいはならざるを得ない若者などを集め、その組織の崇拝対象をステリーにすれば数人くらいの信者なら獲得できるかもしれない。もっとも、教会を建てれる程の金なんてないので腹案どまり。実行はできないのだが。

 今俺の懐は暖かく、金貨にして6枚分あるが、とても教会が建てれるような金額には及ばないだろう。もっとお金を稼ぐ必要がある。


「俺をこの世界に呼んだのは、信者獲得を手伝ってほしかったからなんだろ? 俺はまだ何もステリーのために行動できていない。ここでハンターを辞めるつもりはないよ。一緒に信者を増やすために頑張ろう!」


 確かに転職すれば安定した生活基盤を築けるのかもしれない。安全な暮らしもできるだろう。だがそもそも、その安定した生活基盤を手に入れられるのはステリーのおかげなのだ。受けた恩には何らかの形でお返しがしたい。それが俺の偽らざる本心だ。


《おお!ついにわらわの眷属としての自覚が芽生えてきたか。わらわ嬉しい!》


 出会い方は最悪だったが、しばらく生活を共にした感想としてはステリーは悪い奴ではないということだ。むしろ誠実な方だろう。ちょっと騙されやすくて人の味覚に疎くて配慮や常識が足りない部分もあるが、まあ彼女の個性みたいなもんだろうと受け入れられるようになってきた。

 仕方がないので眷属になってやってもいいだろう。他に当てもないようだし。性根から腐った悪い神というわけでもないのに信者が一人もいないのは少しかわいそうだ。そう思って心の中でステリーに声をかける。口に出さなくても思いは伝わる。


《これからもよろしく!ただ一人の眷属としてせいぜい頑張りますよ》


《わらわのほうからもよろしく頼むのじゃ!》


 ここから一人と一匹の世界を変えていく物語が幕を開けることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ