継続は力なりということがよくわかる件について(後編)
ハルトは周囲を注意深く観察するが生きている生物の気配はない。討伐証明部位であるケイブスネークの牙をすべて回収してさらに奥に進む。この洞窟は天井部分から光が漏れており、昼間であれば十分に明るい。さすがに光源のない場所での戦闘は危険すぎるため、充分に明るい狩場を選んだのである。ハルトは投石用の石を拾い集めながらモンスターをさがして洞窟内を進む。
すると不意にステリーが声をかけてくる。
《お、この先の天井にモンスター張り付いておるぞ。毒持ちじゃから気を付けるように》
ステリーに言われて目を凝らしながら天井のモンスターを探す。
確かにいる。全身くすんだ白色の肌を持つ大きな蝙蝠が天井から身を小さくしてぶら下がっていた。洞窟の天井を構成する岩とほとんど変わらない色味で周囲と同化しており中々分かりにくい。
気が付かなかった。
ハルトはケイブスネークを意識しすぎて床面に注意力が集中し、天井にまで気が回らなかったのだ。
やはりステリーの索敵能力は恐ろしく高い。というかどういう仕組みで周囲を把握しているんだろう?
《空気の流れの変化を触覚で感じただけなのじゃ。わらわはおぬしの感覚器官を借用しておるだけじゃからおぬしもそのうち出来るようになる》
そういうもんなのか。
ハルトには空気の流れを感じるなんていう達人業は出来る気がしないが、ステリーは経験を積めばできるという。本当でござるか?
取り敢えずは目の前のモンスターに集中するとしよう。
D級討伐対象ポイズンバット
くすんだ白色の頭部の中央に裂けたように広がった巨大な口を持つ1mほどの大きさの蝙蝠だ。鋭く湾曲した強靭な足の爪で洞窟の天井に張り付き、大きく発達した耳で洞窟内の反射音を探知して獲物の位置を正確に把握する。その名前が示す通りポイズンバットの唾液には猛毒が含まれており、長い舌で自身の体中をなめまわすことによって毒を全身にまとっている。この毒液が皮膚に触れるだけでも人間は蚯蚓腫れを引き起こし、強烈なかゆみによって戦闘どころではなくなってしまう。近接戦闘は絶対に避けなければならないモンスターだ。
とはいえハルトのメインで使っている武器は石であるため、元より接近戦はしたくない。先手必勝、ハルトの投石が戦闘開始の合図となった。
ハルトは石を構えて思いっきり振りかぶってポイズンバットにぶん投げる。
ポイズンバットは翼を広げて飛翔し、これをよける。そのままの勢いでこちらに向かって飛んでくる! ポイズンバットは翼を広げると幅4m近い巨体となり、かなりの威圧感がある。ポイズンバットはその強力な毒のこともあって、接近されると致命的で、もしも直接噛みつかれた場合は即死だろう。空中からかなりの速度で襲ってくるため、剣や槍を主な武器として扱う騎士や衛兵からひどく恐れられている。
しかし、ハルトの様に飛び道具があれば話は別である。
今度は振りかぶらずに手首のスナップだけを利かせて石を素早く投げる。ハルトはとにかく翼を狙って出来るだけ多く石を投げつけた。
ポイズンバットは翼を広げているせいで的が大きくなり、投石を躱しきれない。大きい、というのは確かに戦う上ではそれだけで有利になるかもしれないが、相手からの攻撃を受けやすくもなる。ここが洞窟内で比較的狭い空間というのもハルトにとってプラスに作用した。数回の投石が翼に命中してポイズンバットの翼に穴が開き、墜落していく。ハルトは洞窟の床に激突したポイズンバットに間髪入れずに投石で追撃しダメージを与える。最後は頭部を狙って止めを刺した。
空を飛ぶ動物全般に言えることだが翼は空中を効率的に飛ぶために軽量化されており、骨が脆い。そのため当たりさえすれば簡単に破壊され、撃墜することが可能だ。移動手段を飛行に頼る動物は翼を失うと途端に行動が鈍くなるため容易に討伐できるのである。
とは言えポイズンバットの歩行速度は人間の徒歩よりやや遅いくらいのスピードがある。あまり悠長にしていると接近されて猛毒でお陀仏だ。出来るだけ短時間で仕留める必要があるだろう。今回は非常にうまくいった。
ハルトは毒液が手に触れないように獣の皮でできた手袋をはめて、討伐証明部位としてポイズンバットの右牙をもぎ取る。ついでにポイズンバットの牙の根元についている毒腺ももぎ取って皮袋に詰めておく。猛毒であるため取り扱いに注意が必要で、討伐証明部位ではないためギルドでの換金はできないが、露店に持ち込むとなかなかの金額で買い取ってもらえるのだ。あまり意識することがなかったが毒は意外に高額なのだ。手間はかかるが一粒で二度おいしいのである。
この後もハルトは適宜休憩を取りながら時間の許す限り狩りを続けた。この洞窟はポイズンバットとケイブスネークが大量発生しているらしく、少し歩けば簡単に遭遇できた。ポイズンバットとケイブスネーク両方が現れて同時戦闘になった時はヒヤリとしたが、ポイズンバットだけを狙えば非常に楽だということが分かった。
投石でポイズンバットを地面に墜落させれば後はハルトが何もしなくてもケイブスネークが群がってあっという間に食らいついて殺してしまうのだ。正直かなり怖い光景だった。その見た目は黄色の蛇団子である。集合体恐怖症の人は発狂ものだろう。ポイズンバットは必死の抵抗でもがいていたが、数が違いすぎて勝負になっておらず毒も効果がないようだった。観察する限りではケイブスネークは毒に耐性があるようで、中毒している個体は一匹もいなかった。つまり一方的ななぶり殺しである。数の力は怖すぎるな。
そんな調子で狩りを続けていればケイブスネークの討伐数は100を超えていた。ポイズンバットも7匹ほど討伐できた。ここの洞窟は絶好の狩場かもしれない。
「大量大量!いやー、今日もよく頑張った」
ハルトはこの4週間のクエストによって借金から解放されて、貯金ができるようになってきていた。宿代である銀貨1枚を上回る日銭を稼ぎ続けた結果である。そろそろハルトも念願である魔法の武器に充分手が届く金額である。
《ご苦労じゃった。恐らくこれでC級に昇格できるはずじゃ。そして武器のほうも最良のものを見繕う必要があるのう》
この一カ月弱のハードな狩りによってお金もかなりの額がたまってきた。懐が暖かくなると余裕が出てきて気分もいい。ルンルン気分で街に戻れそうだ。