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異世界に連れ去られたらTSして、変な宗教を布教するために奔走することになった件について

 俺は、31歳独身の小太り薄毛で165cmのアイドルオタクかつゲーマーだ。二流企業に勤める童貞のサラリーマンだが、今日は日曜日で待望のライブに行くために朝早くから家を出なければならない。


 しかし、現在の俺は非常事態に直面しており、身動きが取れない。

 ひょっとしたら、今現在俺は命の危機にさらされているかもしれない。オタク棒の束を手に持ちながら床に乱雑に散らかった段ボールの隙間をにらむように見つめる。段ボールが動く物体と擦れて不愉快な音を立てている。


 招かれざる侵入者が動いたようだ。そう、俺の家に蛇が現れたのである。黒光りするGが出たわけではない。いや、Gは不快だが実害がない分蛇よりはマシかもしれない。蛇に噛まれたら怪我をしてしまうからな。


 段ボールが擦れる音が止まるが、俺はそこから視点を動かせない。隙を見せたらやられる気がするのだ。


 数秒の静寂の後、再び段ボールがすれる音と共に鮮やかで白を基調としたレインボーな体色を持つ細長い物体、恐らくは蛇が飛び上がってきた。


「うわああ!」


 俺は情けない悲鳴を上げながら手に持ったオタク棒を半狂乱になって振り回す。こんなレインボーな蛇は見たことがない、というかこの物体は蛇なのかすら分からない。なんか尻尾が2本あるし小さい触手っぽい管が6つある。見たことのない生物だ。だがこんな派手な警告色を持っている以上毒持ちに違いない。嚙まれたら死んでしまうかもしれない。


「痛!」


 考えているうちに噛まれてしまったらしい。背中を刺されるような鋭い痛み! すぐに蛇を振り払って救急車を呼ばなくては! しかし体がピクリとも動かない。


 コンピューターの電源をシャットダウンするときの様に急速に意識が遠くなる。あ、これは死んだかもしれん。そんなことをうっすら思ったがその意識すら消失して自我が深い闇の中に消えていった。


***********************************


「う、うん?」


 特にきっかけがあったわけでもなく、ハルトは自然と目を覚ます。猛毒を持っていると思われる蛇っぽい生き物に背中を噛まれて死んだかと思ったが、視界に入ってきたのは見慣れた自宅の天井だ。なんか自分の声が少し高い気がするが、そんなことより現状の確認が先だろう。

 時計を見ると18時42分でライブは完全に終わっている。ショックで泣きそうだ。


 今着ている服はユ〇クロの黒いトレーナーと黒のズボンで特に変わりがない。体も問題なく動くし、体調が悪いということもない。


「あれ、俺瘦せたか?」


 自分の腹回りを見てみるとポッコリとしていた腹回りがへこんでおり、スリムになっている。会社勤めのストレスからジャンクフード漬けの日々を送っていた俺は学生時代と比べて体重が増加していたのだが、今はなぜか痩せている。あと、やっぱり自分の声が少し高い気がする。


 自身の体にちょっとした変化が起きたらしいことは確認したが、別に毒が回って死にそうとかそういう感じではない。むしろ体調がすこぶる良い。どうも蛇に噛まれたのは夢か何かだったのかもしれない。


《夢ではないのじゃ》


 ん?何やら空耳が聞こえてきたようだが気のせいだろう。なんか直接脳に響いているような感覚があるが。


《気のせいではない! いやー、それにしても参った参った。おぬしも粗暴よのう。賢者なんじゃからもう少し知的にふるまってほしいのう。暴力的なオスはメスに好まれんぞ。ま、もう気にする必要はないかもしれんが》


 再び、脳に直接響く、やや高い少女のような声。だ、だれだこいつ! 俺に姉や妹はいないし女友達ももちろんいない。というか俺には友達自体がいないんだった。後なんか不穏なことを言ってる気もする。


《ん? わらわはステリ-! 豊穣をつかさどるキュートな女神じゃ! ここにたいそうな知恵者がおると聞いてな、アルターに頼んで連れて来てもろうたのじゃ! おぬしにはわらわからとびっきりの祝福を授けた! ということで早速わらわのために知恵を貸して欲しいのだ!》


 まずい、幻聴が聞こえてきたな。随分と鮮明だし俺はもう手遅れかもしれない。精神科医に行かなければ。


《幻聴ではない! ステリーじゃ!》


 よく考えると、心の声が筒抜けになっている......何がどうなっているのやら。後、祝福って何? さっきから嫌な予感がするんですけど。


《うむ、祝福とは神であるわらわがおぬしに与えた眷属の証じゃ! あと、おぬしの肉体はわらわが快適に過ごすうえで少々問題が大きかったので多少作り変えたのじゃ! わしが直々にチューンアップしたので、体調も万全なはずじゃ。おぬしの脂肪肝と虫歯はしっかり治しておいたぞよ!》


 俺、脂肪肝だったのか。治療してくれたのは感謝する。でも眷属の証ってなんだ?


《うむ、鏡でも見るがよい》


 神を自称する幻聴に従って洗面所に向かって鏡を見ると、衝撃的な光景が俺の目に映し出された。


「な、なんじゃこりゃぁ!!」


 そこに映し出されたのは、平凡な黒目黒髪の男の姿ではなく、虹色の瞳に虹色の髪の毛を持つショートカットの15、6歳ほどに見える美少女の姿だった。自分の声が高いような気がしたのは気のせいではなかった。胸はないので中性的な見た目だが、確認したら男のシンボルも無くなっていたので少女でいいだろう。そして、感覚がなかったのでまったく気づかなかったが首元からは虹色の蛇っぽい生き物が生えているのが確認できた。生えているというか、突き刺さっているのか?


 まじでどうなってんのこれ? ハルトはあまりの衝撃に頭が混乱して思考がマヒする。


《うむ、われながら素晴らしい仕上がりじゃ。誇ってよいぞ》


 脳内に直接響くような声をかけられてフリーズしていた思考が再起動する。取り敢えず最初にやることは一つだろう。


 「えっとまず首から離れてくれませんかね」


 あいにくだが俺に首元から蛇を生やす趣味はないのである。


《うむ、それは無理じゃ、なんせわらわは哺乳類に寄生しないと生きていけぬからの。それと、おぬしの血液油ぎっとぎとで不味い!飲めたもんじゃないのじゃが......うう、しかし背に腹は代えられぬのう》


 人の血を勝手に飲んでいるらしい。害獣確定である。黙って首の後ろに手を伸ばして引っこ抜こうと考えていると、急に体の動きが停止した。......あれ、なんか、体が動かないんですけど。


《わらわ、おぬしから引き剥がされると生きていけないって言ったはずじゃが》


 ずるずると首元から細長いものが入ってくる感覚がある。麻酔がかかっているかのように痛みは感じない。てかスルーしてたけど人の体で好き勝手するなよ!


《痛覚も掌握したから痛みを感じないのは当たり前じゃな》


 ぎゃー!? か、体乗っ取られてる! 出ていけ、出ていけ!


《そうかっかするでないわ、これから長い付き合いになるんじゃ。》


 誰か......助けてください。というか、明日からどうやって暮らしていけばいいんだ。


***********************************


 そのあと擦ったもんだあって分かったことは


1.こいつは精霊を自称しているが寄生虫で俺の神経を掌握している。

2.こいつを取り除くと俺もコイツも死ぬ。

3.こいつは豊穣をつかさどる神であるらしいのだが(どう見ても邪心か悪魔だが真っ当な神らしい)信者の獲得がうまくいっておらず俺の知恵を借りて起死回生を図り、偉い神様になりたいらしいということ。


「えーとまず俺は。31歳の普通のサラリーマン。まず賢者じゃないから知恵はないんだけど。」


 いわゆる、どこにでもいる二流企業のうだつの上がらないサラリーマンである。RPGゲームであればかなり得意で自信があるが、取り立てて他の特技もないモテない独身の平社員である。賢者ならもっといい会社に就職してるし、出世もしてるはずだ。


 ちなみに擦ったもんだの最中に普通に体を動かせるようになった。肉体の支配権はこいつが自由に譲渡できるらしい。背中に突き刺さっていた神とやらは完全に体内に入ってしまって外観からはわからない。


《そんなことはない、アルターが言うには凡人なら3年しか学ぶことを許されぬ場所で特例で4年間学び、4年しか学べぬ場所で6年も学んだとか! 間違いなく他の凡夫の追随を許さぬほどの知恵者じゃ!》


 う、留年、原級留置......過去の怠惰な暮らしと羞恥がよみがえる。

 そういえば、こいつはナチュラルにテレパシーを飛ばしてくるがどうなっているのやら。  

 脳みそに直接響くような不思議な感覚だ。取り敢えず気になることは確認していこう。

 

「ちなみにアルターって誰?」


《えらーい神様じゃ! わらわのことを祭る最後に残った神社もなぜかなくなってしまっての、困り果ててたところに救いの手を差し伸べてくれたのじゃ! 20億GOD払ってこの神様スペシャルキット【簡単! 誰でも主神級! ~信者ゼロから私が成り上がった方法~】を購入してな、アドバイスをもらったのだ!》


 GODってのが何かわからないが多分貨幣か何かだろう。適当なラノべみたいなタイトルだが本の内容は少し気になるな。なになに、どんなことが書いてるんだ?好奇心に誘われるままにぺらっぺらの本を受け取って中を開いてみると


”よその世界から人間連れてきたらいい感じになるよ! 後は頑張って”


「え、中身1行!」

 

 衝撃的な手抜きだ!

 後は作者の自己紹介と目次、後書きと索引のみ......情報商材にしても雑すぎませんかね。


《うむ、シンプルじゃろ、分かりやすくてわらわうれしい!》


 俺はかわいそうな生き物を見る気持ちで自称神を憐れむ。神は背中に入ってしまったので物理的に見ることはできないのだが。


「ちなみに20億GODってどうやって払ったの?」


《土地を担保に入れて、もともとわらわの肉体として使っていた幻獣を買取に出してさらに残りの財産もすべてかき集めてどうにか捻出したのじゃ! そのせいでもう少しすれば餓死するところじゃったー! 制限時間以内に賢者が見つかって本当に良かったのじゃ!》


 そのまま餓死すればよかったのに......それに制限時間? 少し引っかかるがもう何も言うまい......

 ああ、だがまだ気になることがあるな。


「ちなみになんで信者はいなくなったんだ?」


 豊穣の神なんてどんな世界でも需要ありそうだし、信者に困るなんてなさそうだが。


《それがのー、分からんのじゃ、わしも必死に頑張ってあんなにたくさんの恵みを与えたというのに、やれ大飢饉だ、やれ疫病だ、神がお怒りだと言って挙句の果てに改宗して別の神をあがめ始める始末よ......バッタにハエにゴキブリにあんなにたくさん出してやったというのに......》


 ん? 話の内容がおかしいな、バッタ、ハエ、ゴキブリ? 全部害虫では?


《何を言うか、太古の昔から人と苦楽を共に共生してきたパートナーじゃろうが! 良き隣人が増えれば人の子も嬉しかろう!》


 駄目だ、根本的に精神の深い部分で人間の認識とは食い違いがありそうだ。そもそも無断で人に寄生して体をいじくりまわしてくる奴がまともな感覚を持っているはずがなかったか。そういえば、俺は明日からどんな顔をして会社に行けばいいんだ。あれ、社会的に抹殺されたのと同じじゃね今の俺。


 そこはいったん置いとくとしても、豊穣の神なら小麦や米を生育させることはできるんですかね? あ、芋やトウモロコシでもいいけど。それなら正しい方向に力をつかえば結構役に立ちそうである。


《わしは昆虫専門の豊穣の女神じゃ!》


  それ、豊穣っていう? 災厄じゃね? てか信者がいなくなった理由確定だわ。


「アウトー! 自業自得じゃねーか! ってかやっぱり本当は邪神か悪魔だろ!」


 ハルトの知識ではバッタは大量発生すると蝗害を引き起こして飢饉をもたらし、ハエは衛生害虫で様々な病気を媒介する。


《自業自得なんてひどい! 邪神でも悪魔でもないのじゃ!》


 懐からスマートフォンを取り出して119番通報。


 父さん、母さん今までさんざん迷惑を掛けました。ろくに親孝行もできませんでしたが、最後に人類のためにこの身を危険にさらす不肖の息子をお許しください。あ、今は娘か。取り敢えずこの邪神を切除して世の人の憂いの種を1つでも少なくしよう。某新型ウイルス騒動で揺れるこの世の中でこんなものを世に解き放っちゃだめだろう......てかインドやアフリカの蝗害もこいつが原因だったんじゃ。いや、異世界から来たんだっけこいつ。どっちにしても世のため人の為排除するしかあるまい......


《あ、そろそろ時間切れじゃ》


 全身を包む雲のような浮遊感の中、家の中の景色が溶けるように消えていく。


「ちょっと待ってちょっと待って!どういう事?」

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