夕立と階段
ボタっと大きな雨粒が一つ階段の踊り場のコンクリートの床にぶつかって弾丸が弾ける様に飛散しながら破裂した。
夕方まで時間をかけてじっくりと陽の光を溜め込んだアスファルトから放出された熱が湿気と共にゆらゆらと漂いやがて土を強く感じる臭いが辺りに充満していく。
辺りは急に暗くなりボタボタという音はやがて繋がりまとまってザァーという音に変化していく。
吹き曝しの階段は当然のように雨が降り込み上から下へ水が集まっては流れていく。
私は階段の上から階段の踊り場を見下ろしていた。いや見返していた。
階段の踊り場には白いセーラー服と蒼いスカートを履いた一度も染めた事の無い艶のある長い黒髪を持つ高校生が力無く仰向けに寝そべり此方を虚ろな眼で此方を見つめていた。
暫くしてからカツンカツンと真後ろからゆっくりと気配を消し損ねた靴とコンクリートが衝突する甲高い音が響いては一歩二歩と離れていくが私はまだ動けないでいた。
虚ろな眼は瞬きひとつせず此方を見ていた。
頭に当たった雨粒が額を伝い眼球の上を通り頬に抜けていってもそれは瞬きをしなかった。
ただそれだけでは興味をなくして後ろを振り返っていたのだろうがその虚ろな眼の持ち主は口角をまるで紐で吊り上げられているかの様に持ち上がっている。
その造られた笑顔が張り付いたそれを直接見たのは初めてではあるが毎日何処かで出会ってきたのだから特別な感情など沸かないと思うのだがやはり誰かから言われた通りでキミガワルイ。
勉学において優秀な成績を残し学校ではクラスをまとめていた事で辛うじて人間として扱ってもらえていたのだろうとそう思えてしまうほど造られた笑顔が張り付いたそれはキモチガワルイ。
死ぬ時には血が大量に流れて苦しみながら死ぬ事を想像していたのに現実には死んだ事すら気付かずにそれはまだ優等生を演じている様だ。
コツンコツンという気怠そうに靴とコンクリートがぶつかる音がザァーという雨音を掻き分けて下から上がってくる。
いずれ誰かが来てくれる事はわかっていたが複雑な感情が芽生えてしまう。
キミガワルイそれを隠してしまいたい強い衝動に駆られてしまったのだ。
このままでいいわけがない事はわかっている。
いずれそれも腐り溶けて消えていくのだとしても現代社会においてはそれがダメな事はわかっている。
ただ少しだけ心の準備をする時間が欲しかったのだ。
階段を滑らない様にゆっくりと降りてそれを通りすぎまだ階段を降る。
下から上がってきたのは同じ階の住人だった。
膝が悪く手摺りを握って身体を一段一段引き上げていく姿が見える。
それを見せない為に必死になって呼び止めようと努力していたが同じ階の住人は私の事など眼中にない様だ。
前に回り込んで必死に止めようとしたが同じ階の住人は私の身体をすり抜け身体を一段一段引き上げていく。
あともう少しで同じ階の住人にそれが見つかってしまう。
そう思った私は無意識のうちに同じ階の住人を止めようと私の手を同じ階の住人を目掛けて突き出してしまった。
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