【花浅葱】カラーコンタクトに助けられる
セレーヌの前方には、茶髪の大男。
そやつの腰の鞘には剣がチラつく。
そして、後ろには非戦闘員であるルノ。
そして、鼠のような顔をした男。
戦うか、逃げるか。
戦うためには少なくとも武器が必要だ。
私の剣は、大男の横。
取りに行く時には、彼自身の持つ剣に斬られてしまう。
辺りを見るも、逃げ場になるであろう逃げ場は見つからない。
出入り口は塞がれているのだ。
「さぁて、お嬢さんたち? おじさんたちについてきてくれるかな?」
大男が、口角を上げながらそんな声をかけてくる。
家の中に突入してきて、剣だって持っているのにあたかも「優しい男」を演じているつもりなのだろうか。
「あなたたちは……何者ですか?」
セレーヌは問う。
セレーヌの知り合いに、このような顔の持ち主はいない。
ルノの知り合いだろうか。
だが、ルノの知り合いだとするのであればルノは冗談を言うはず。
───否。ルノの『貴族だったころ』を知る者ならどうだろうか。
ルノはヴェレニケと出会った時、憎悪───いや、嫌悪を抱いていた。
それと同じとするならば。
ルノの過去を知る者なら、きっとこう返す。
俺達はルノの知己だ、と。
「俺達は、役人だよ」
予想していた返しかたと違う。
ならば、きっとルノの知り合いでも何でも無い。
───なら、誰だろうか。何故、役人が来たのだろうか。
「どうして、ここに?」
セレーヌは役人と名乗る2人に問う。
まだ、警戒態勢は解いていない。
───解くわけがない。解けるわけがない。
「いやぁ、少しお話したいことがあるんだよ」
セレーヌは、大男から目を逸らさない。
その淡い桜色───今は黒色のカラーコンタクトを入れているのだが、その瞳で大男を見続ける。
体を動かし、ルノと大男の両方が視界に入る位置までセレーヌは移動する。
「お話とは?」
「色々とね」
「抽象度が変わっていませんよ。話の内容を聞いているのです」
「───ッチ。面倒だな」
途端、消えた。
───誰が?
───ルノが。
「ルノ!」
「動くなよ、嬢ちゃん!」
鼠のような顔をした男は、ルノを肩に抱いている。
ルノの顔は強張っており、柔軟な対応をできるような心持ちではないことが伝わってくる。
この状況を打開するには、セレーヌの行動にかかっている。
剣は取りに行けない。
ルノは鼠のような顔をした男に人質に囚われている。
もってのほかなのだが、セレーヌだけが逃げようにも大男がいるので捕まってしまうだろう。
窓は───いや、逃げ道はない。
私の周りにあるもの。
ポケットには、何も入っていない。
近くにあるものは囲炉裏だけ。
囲炉裏の中に、お湯が入っていたはずだ。
───お湯をかけて火傷させる。その隙に逃げ出すならどうだ。セレーヌの脳内に浮かぶそんな考え。
その考えはすぐに破棄された。
───お湯をぶっかけてもきっと相手は怯まない。
お湯をかけても火傷させられるだけ。
ルノを助けるどころか、ルノにかけてしまう可能性だってある。
大男にお湯かけても、きっと死ぬわけ無いだろう。
「君達、聖女だよね?」
そう、質問される。
Yesと言うか、Noと言うか。
「正直に言わないと……殺すよ?」
大男は、そう付け足す。
脅しだ。
「───違います」
セレーヌはそう答える。
生か死かの分かれ道。
「私は、聖女ではないです」
セレーヌはそう答える。
そして、ルノを指差した。
「私たちはしがない観光客です」
「そうかいそうかい。よく答えてくれたね」
「でも、殺す。嘘をついているかも知れないだろう?」
「───」
ルノの動揺の音がする。
「燃えな、お嬢ちゃん」
「───ッ!」
ルノの足元から火が出る。
魔力を操作して生み出された炎。
魔力で熱を与えるのは最初だけ。
後は、ルノの着ている服を、そしてルノ自身を燃やして行くのだから。
「お嬢ちゃん、熱いよなぁ? 苦しいよなぁ?」
鼠のような顔をした男は、ルノの首筋を舐める。
「熱っ……」
「ひひひ、ほら! 熱いだろう? もっと、可愛い声で鳴いてくれよ! 君の悲鳴を聞かせてくれよ! さぁ、さぁ、さぁ!」
ルノの足が燃やされている。
「おい、待て。ショーゴ」
「どうしたんすか?」
「そいつの目」
「目?」
ルノとショーゴと呼ばれた鼠のような顔をした男は、キスをするのかというほど顔を近付ける。
「片目は桜色だが……もう片方が黒? どういうことだよ!」
ショーゴが、ルノと至近距離のまま声を荒げる。
「もう片方の女も、両目とも黒だな」
「じゃあ、こいつらは?」
「全くの別人……ってコト?」
大男とショーゴは顔を見合っている。
「お嬢さんたち、いつからここに?」
「数時間ほど前です……」
「本当にしがない観光客?」
「はい」
ルノは機転を利かせて嘘を付く。
声を震わせながら。
再度、大男とショーゴは顔を見合わせた。
「なんだよ、先に言ってくれよ、そういうことはさぁ!」
ショーゴは、ルノの足に魔力で生み出した水をかけて火を消した。
服は燃えて七分丈になってしまったがしょうがない。
「すまんね、お嬢ちゃんも」
「おじさんたち、勘違いしていたみたいなんだ……アハハ、アハ。アハハ」
「「それじゃ、バイバーイ!」」
2人は、玄関から出ていった。
「よかった……助かった……」
ルノはその場に膝を付けて倒れた。
「ルノ!」
セレーヌはルノの足を見る。
ルノの焼かれた足は、これでもかと赤くなっていた。
「大丈夫、ルノ!?」
「ヒリヒリする……あいつら、許さん!」
たまたま付けたカラーコンタクトに助けられた。
そして、相手もカラーコンタクトだということを疑わなかった。
相手に女子力の高い人がいたらバレていたのかも知れないが、両方とも化粧とは無縁そうな男であったから助かった。
「よかった……本当によかった……」
次の日からルノが入院した。
この世界に、「回復魔法」なるものは無い。
あるのは、自然回復のみなのだ。
「全治、2週間ほどですかねぇ?」
医者にはそう判断され、ルノは入院することになった。
───ルノが入院している2週間の間に、大男とショーゴが再度家に訪ねてきて、セレーヌと戦闘になるのはまだ先の、誰も知らないお話。