【花浅葱】ヴェレニケの正体
「どうしたの? ルノ、魔力が乱れてるわよ」
「いや、別に。なんでもねぇよ」
ルノの口調はいつもと同じ。
でも、ルノを突き動かす感情はいつもとちがうようだ。
おちゃらけた態度ではなく、心の奥深くにあるのは怒り。
「ルノ、魔力の乱れがすごいわよ」
「あぁ、もう! うるせぇな! わかってるよ!」
「あら、聖女様。大変ですね? 風邪でもお引きになったんですか?」
「───ッ!」
話しかけてきたのは、村側にダブルブッキングされたもう一人の聖女。
「あなたは?」
「おっと、名乗っていませんでしたね。私の名前はヴェレニケ。おとなりにある、ヒュンハルト王国から派遣された聖女です」
ヒュンハルト王国、それはルノとセレーヌの生まれ故郷だ。
懐かしくもあり、どこか怖くもある。
そんな土地だ。
「ヒュンハルト王国からですか」
「はい、そうです。あなた達は?」
「私の名前はセレーヌ。そして、聖女をやっているのが───」
「おい、セレーヌ。喋るな」
「はぁ? ル───」
「喋るな!」
ルノは、唐突に大声を出す。
「どうしたのですか、聖女様?」
ヴェレニケは、ルノの耳元までやってくる。
「そんなに怒っては、お肌に悪いですよ?」
そう、ヴェレニケはつぶやいた。
”パンッ”
「ごふっ」
「ちょ、何を───」
ルノは、ヴェレニケの頬を張っ叩く。
「セレーヌ、帰るぞ」
「はぁ? まだ作業が残ってるじゃない!」
「今日のところは無理だ! 帰るぞ!」
「駄目です。帰りませんよ!」
「『ヴェレニケは聖女じゃない』。それが、事実だとしても?」
「は?」
「よく、ご存知で」
ヴェレニケは口角をあげる。
耳まで、口がさけているのではないか。
そんな、錯覚をしてしまう。
だが、比喩ではなくそれほど口をあけたのだ。
「私が聖女じゃないなんて、よく見破りましたね」
「ここで戦うのは分が悪い。逃げるぞ、セレーヌ!」
「え? え?」
ここで、状況が理解できていないのはセレーヌただ一人。
ルノは、何もしゃべろうとせず。
ヴェレニケは、ただ笑うだけ。
「ルノ、何が起こって───」
「その名を呼ぶな!」
セレーヌがこれまで聞いたことがない怒声。
セレーヌはおどろき、肩をふるわせた。
「ルノ? ルノ…...ルノ...…」
ヴェレニケは笑顔を壊す。
「生きていたのか、ルノ。こんなところで出会うとは思わなかったよ。まさか女装をしているなんて」
「───ックソ。セレーヌ、逃げるぞ」
「ルノ! あいつは何者なの!?」
「俺が今ここにいる理由。その一部だ!」
「ルノ、私は待っている。もどってきなよ、ヒュンハルト王国に。決着をつけよう」
ルノは走って逃げる。
セレーヌは、それを追う。
***
「ヴェレニケ様、領主様にご報告を」
「あぁ、わかっている。わざわざ私が、ドレスロードの陳腐な村まで来た意味があった。さぁて、領主様はどんな顔をするだろう?」
───ヴェレニケは、領主様に派遣されていた。
ヴェレニケの父親は、ヒュンハルト王国の中流貴族兼外交官。
ドレスロードの領主から、「聖女のクソ野郎が入り込んでいる」と連絡が来た。
聖女を追っ払う為に、娘であるヴェレニケを聖女のフリをさせて派遣したのだ。
***
「ルノ、ルノ!」
「なんだよ、セレーヌ!」
「私は、聞いていいの? さっきの人は誰かって!」
「俺は、お前と出会う前は貴族だった……答えられるのはそれだけだ」
「そう……だったの?」
「これ以上は、今は話さない。でも、故郷に戻る理由ができた。だから、故郷に移動するときに話す」
2人は、宿まで走る。
追手はいないが、どこか追われている気がした。
───過去の因縁に、追われている気がした。
因縁と因縁がぶつかるのも、もうすぐになるだろう───。
***
「今、戻りました。」
「───ヴェレニケ、戻ったか」
「聖女は、始末出来ませんでした。申し訳ございません」
「───そうか。私兵を派遣するから、大丈夫だ」
「そうですか。では、私はこれで」
「あぁ。父親によろしく、とな」
「わかりました」
ヴェレニケは、領主の館を去る。
そして、ヒュンハルト王国に帰る。
───ルノとの、最後の決戦が行われるヒュンハルト王国に。
「派遣する人員は決めた」
領主は指で、座っている椅子の手すりを二度コンコンと鳴らす。
「「お呼びでしょうか?」」
現れたのは、2人。
領主から見て右にいるのは、茶髪をした大男───リョーマ。
彼は、領主の持つ私兵の中で一番の手練れの剣士だ。
領主から見て左にいるのは、鼠のような顔をした小男───ショーゴ。
彼は、小賢しい手を使い、盗人を捕まえる魔法使いだ。
「2人には、聖女及びその騎士を殺す任務を与える」
「ありがたき任務です」
「領主様……これはあがりますかね?」
ショーゴは、右手の親指と人差し指で輪を作る。
これは、「金」を表すマークだ。
「首を持ってくれば、報酬ははずむ」
「ならば、一生懸命頑張ります」
「そうしてくれ」
領主は、聖女と騎士の特徴を2人聞かせる。
二人とも、淡い桜色の瞳をしていて、聖女の方は金髪をしているということだった。
「では、頼んだぞ」
「「わかりました」」
2人は、ドレスロードのルノ達2人のところへ向かう。