【花浅葱】領主の暗躍
「領主様、聖女が来たザマス」
「そうか……よくやった」
リップ店の店長であるカーネに『領主様』と呼ばれる男は、正座をしているカーネを見る。
にらむではない、見ている。
ただ、見ている。
カーネは俯いているので目を合わせるのでもない。
見ている。
見ているのだ。
「特徴を述べろ」
「領主様、わかったザマス。聖女は両目が淡い桜色をした女性だったザマス。そして、肌は白くてきれいな金髪をしていたザマス」
「そうか……金髪か……」
領主様は、自分の髪のない頭を撫でる。
昔は金髪だったのだろうか。
いや、余計な詮索はしないほうがいいだろう。
髪のない領主様の前で、『髪』に関することはご法度。
髪の色など、関係なく『髪』の話をしたことが問題なのだ。
「領主様……気に障ったのなら、謝るザマス」
「いや、聞いたのは俺だ……カーネ、お前は悪くない」
カーネは、何も答えない。
なんと答えたらいいのか、わからないのだ。
「情報提供感謝する」
「かせがせてもらっているので、当然ザマス」
***
次の日。
「ふぁ〜〜〜〜、眠い」
「ルノ、おはよう」
ルノは、敷いた布団の上で目覚める。
隣では、セレーヌが自分の布団を畳んでいた。
ルノはベッドがあると思ったが、中はとことん和風。
部屋の中には、囲炉裏がある部屋の他に畳の部屋もあった。
「なんで、壁を白くしたんだろう……」
この建物を造った建築士に膝カックンしてやりたいくらいには憎いが、そんなことはできないことくらいルノはわかっている。
「造った人のセンスなさすぎだろぉ……」
「また、なげいてるの? よくあきないわね」
自分の布団を畳み終えたセレーヌが、敷いたままである布団の上にいるルノに顔も合わせずに声をかけた。
「朝ごはんの準備をするから、さっさと布団を片付けてなさい」
「へーい」
ルノは布団を片付ける。
そして、セレーヌの作った朝食を食べた。
「今日は、2個目の荒地に行くわよ」
「イエッサー!」
「私は女です」
「じゃあ、イエスマダム?」
「きちんとした英語を使いましょう」
セレーヌの、ワンポイントレッスン!
「うお、なんか始まった」
「イエッサーは男の人に使う英語です。Yes sir.と綴り、sirは男性を表すためです。では、女性にはなんと言うのでしょうか? 答えはマアムです。ma'amと綴ります。repeat after me "ma'am"」
「ma'am」
「よく出来ました」
「なんだこの茶番」
「さぁ?」
「お、これは『sir』と『さぁ』をかけたダジャレか?」
「違うわよ。さっさと、荒地に行く準備をして」
ルノとセレーヌは荒地に行く準備をした。
そして、すぐに出発する。
「なぁ、今日は2つ目だけなのか?」
「えぇ。3つ目は次の都市に行く道中にあるの。だから、その時でいいと思って」
「そーなのかー」
「それに、今日行くところは少し遠いの。だから、往復だけでも時間がかかるのよ」
***
ルノとセレーナは移動する。
そして、荒地にたどり着いた。
「あぁ……そのお姿……もしかして、聖女様じゃありませんか?」
ルノは、静かに頷く。
「聖女様が来てくださった」
「聖女様! お願いします! 荒地にお恵みを!」
「荒地にお恵みを!」
声をかけてくれた村の人々。
その人たちは全員、痩せ細っていた。
「いつごろから荒地になっているの?」
セレーヌは村人に問う。
「3年ほど前から……でしょうか……」
「そうか。領主は何もしなかったのか?」
「頼み込んではみたものの……聖女様はやって来ず……」
「そうだったのか……」
聖女は、貴族や領主から雇われて働く者と全国各地を放浪してお布施を貰い生活している者の2種類がある。
そして、ルノ達は後者だ。
どっちにしろ国からの補助金は出るのだが、やはり自由に動けて能力次第で給料が上げられる後者のほうがルノに向いていたのかもしれない。
「ルノ、頼みます」
ルノはうなずく。
最初に行うのは、土地の浄化だ。
聖女が行う作業には順序というものが存在する。
順番がバラバラでは、効果が薄くなってしまうのだ。
これは、シャンプーとトリートメント・コンディショナーと順番があるような物。
その順番を遵守しなくてもいいのだが、守ればより良い効果が発揮されるのだ。
それこそ、シャンプーの例えは使い勝手がよく、最初に行われる作業───土地の浄化は、シャンプーで頭皮や髪の汚れを取るのと似たようなものだ。
そして、2番目の土地の祝福は痩せ細った土地に栄養を授ける作業───トリートメントで髪の毛の内部を補修するのと同じだ。最後に行われる畑の祝福。
それは、そこで農作物が豊作になるように願うというもの。
正確には、願うだけではなく魔力と共に、作物の成長を促す成分を流しこんでいるのだ。
これは、コンディショナーやリンスで、髪の毛の表面をコーティングしているのと似た作業だろう。
そして、正しい順序でルノは作業を終えた。
「今日はよく働いたなぁ」
ルノは、近場の川で水を飲む。
姿は女性らしいのに、直接川から水を飲むルノのことをセレーナはとがめる。
「もう少し、キレイな飲み方をしなさい」
「うるさい、ほっとけ」
「ほう、あれが聖女とその手下か……」
2人を木陰から見ていたのは、領主の手下。
「聖女の手下も、淡い桜色の目をしてやがらぁ」
そんなことを言いながら、領主の手下は領主の元へと戻っていく。
「───ッ!」
セレーナは、何かが動いた音を聞く。
だが、その方向を見るも、そこには何もいなかった。
「どうした?」
「いや……気のせいだったみたい。早く帰りましょう」
「あぁ、そうだな」