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【花浅葱】感情

觸。


燐。


嚥。


憎悪。


強欲。


変貌。


後悔。


暴走。


叱咤。


狂乱。


嘲笑。


哀歌。


抵抗。


虚無。


自尽。


酩酊。


無頓着。


高飛車。


相碁井目。


漆身呑炭。


内憂外患。


流言飛語。


摩訶不思議。


白髪三千丈。


非理法権天。


南無阿弥陀仏。



ルノの意識はなかった。


ルノはただ、自らを襲う不平不満や不条理な現実、理不尽な現状への怒りに体を奪われていただけだった。


傲慢な実状に反発していただけだった。ただ、それが無駄な空虚なものだと知っていながらも。



ルノの意識はなかった。


ルノの意識はなかった。


ルノの意識は、なかった。




***




とある暗室───いや、暗室ではない。


それどころか、太陽が出ている外よりも眩しいだろう。


光源となっているのは、ルノだ。


いや、正確には『ルノだったもの』だ。


体から出てきた魔力が、ルノの意識を乗っ取り暴れ始めていた。


ルノだったものは、破壊衝動に刈られて部屋にあるものを壊し溶かし蝕んでいた。


ルノだったものが、ルノに戻るかどうかは皆目検討もつかない。



───いや、ルノだったものは魔力が狂っているだけでルノではあるので「ルノ」と表現してあげることにしよう。


セレーヌが先程までいた断頭台はもうドロドロに溶けている。


溶けているのは、断頭台だけではない。



断頭台以外のものも溶けていた。


溶けていくものは、煙をジュウジュウとあげている。


部屋に籠もるのは、熱気。


だが、セレーヌは外に出られない。


ヴェレニケに武器を奪われ、ルノが目を覚まし次第殺されていたセレーヌにはルノを止めるどころか、自分の保身さえもすることはできない。


「ルノ!」


セレーヌは部屋の端で、ただルノの名前を呼ぶ。


ルノに近付く勇気は、セレーヌには無かった。


ルノの足元には、地面に落ちへばり付いてしまったガムのようにサントの生首があったからであった。


サントの生首は、練り消しゴムかと思うくらいにネチョネチョになっている。



「───私には、救えない……」


眩しすぎる光を放っているルノが、セレーヌに近付く。


ルノの足───光源となっているので、直視できないのだがペタペタと歩く音が聞こえるから足と認識していいのだろう。


ルノの足音が進むに連れて大きくなっていく。


「───ひ」


”ジュワァ”


セレーヌの足元の地面が溶ける。


ルノが溶かしたのだ。


彼の魔力が狂い出し、魔力の含む物体ならば何でも溶かし自らの魔力として吸収している。


科学的根拠のない現象。


いや、この現象を今ある言葉で表現しようとするのならば『感情』だろうか。



これまで、ルノを動かしてきたのは『感情』だった。


彼の信念に基づいた『感情』が彼をここまで導いてきたのだ。


その確固とした例は、今までで2つある。


一つは、ヴェレニケと荒れ地で再開した時。


もう一つは、ヒュンハルト王国の王都でセレーヌに居場所を伝える作戦を思いついた時。



どちらも、並々ならぬ『感情』の変化によって動き出したのだ。


三度目の正直と言えばいいのか、仏の顔も三度撫ずれば腹を立つと言えばいいのか。


幸か不幸かはわからないがルノの『感情』は大きく吹っ切れて自我を崩壊させるにまで至った。



長々と語ったが、要するにはルノは科学的でなく『感情』によって自我を失ったのであった。


目には目を歯には歯をと言うが、『感情』に『感情』をぶつけてもより大きな『感情』が生まれるだけであって意味はない。


ルノを止めるには、ルノを殺すしか───。



「───私にはルノは殺せないわ!」


セレーヌは、そう決断づける。


セレーヌが武器を持っていないという理由以前に、これまで共にしてきた仲間であるルノを殺せるわけがないのだ。


───と、思っているもペタリペタリと足音を鳴らしながらセレーヌに近付くのはルノ。


「───ひ」


小さな悲鳴。叫ぶこともできずに、ルノはセレーヌの首を掴む。


首を絞めているのではない、首を『掴んでいる』のだ。


”ジッ”


焼けるような痛み。


セレーヌの首が少し爛れるも、すぐに回復する。


ルノの暴走した魔力は、サントの体に微量に含まれていた精神安定剤こと(ドラッグ)を吸収していたのである。


故に、セレーヌの首は爛れと回復を繰り返している。


ルノ自身も、セレーヌを苦しめようとはしていないのだろう。


ルノの意識があった時の優しさというものを感じる。


直後───。



”ドンッ”


先程までうんともすんとも言わなかった扉が開く。


そこに立っていたのは、護衛の男が数人とその護衛の男が守っていたヴェレニケだった。



「うおっ!」


一番前を立っていた護衛の男が、光り輝いているルノを直視してしまい目を瞑る。


「おい、サングラスを取ってこい!」


「は、はい!」


ヴェレニケは、護衛の男の1人にサングラスを持ってこさせる。


そして、ヴェレニケ唯一人がサングラスをかける。



「ルノ───なのか?」


ヴェレニケは、目の前で起こっている現状が理解できていない。


彼女は、サングラスをかけて尚、目を細めて部屋の中を見ている。


「ルノがセレーヌを殺すのも、面白い! 自分でセレーヌを殺したと知れば、彼は自殺を選ぶだろう! いやぁ、面白い、面白い!」


ヴェレニケがそう言い、部屋の中に足を踏み入れる。


すると───。



「───え?」


溶けていた。



ヴェレニケの顔が。


ヴェレニケが、自分自身の顔を溶けたと認識したのはサングラスが唐突にズレたからであった。


違和感を覚え、自分の頬を擦ったことで自分の顔が溶けていることに気がついたのだ。


「───何が」



”パリンッ”


ヴェレニケの服からこぼれ落ちたのは、大量の注射器。


それが、地面で割れて中に入っていた液体が床に溢れる。


「───どういう」



(ヴェレニケ……オレハ………オマエヲ………ユルサ…ナイ…)


「「「───ッ!」」」


声が響いた。


声の主は、ルノだった。


意識がないはずのルノが声を上げたのだ。


そして、ルノを支配していた光が収まっていき───。


「───は」


ヴェレニケの理解が追いつかぬ間に、ルノの体に起こっていた異常状態は終わる。


ルノの体を包んでいた光が───いや、ルノ自身が光っていたのでルノから光がでなくなったのであった。


”ドサァ”


ルノは、セレーヌの方に倒れてきたのでセレーヌはルノの両肩を受け止める。


「───おい、どういうことだ!」


取り乱したのは、ヴェレニケだった。


彼女の前で起こった数秒の出来事が、彼女には全く理解できていなかった。


「ルノ、ルノ! ルノ!」


セレーヌは、ルノの名を呼ぶ。



「───ん……?」


ルノが、目を覚ました。


ヴェレニケが落とした注射器の中に入っていたのは精神安定剤。


その(ドラッグ)は、前にも説明した通り「魔力を操作して精神の安定を測っていた」のだ。


故、その(ドラッグ)を吸収したルノは運良くも(ドラッグ)の影響で自我を取り戻したのであった。



ルノを復活させる方法は、殺す以外にもあったのだ。


目には目を歯には歯をと言うが、『感情』には『安定』を、だ。


「ルノ、大丈夫だったの?」


「あ、あぁ……。大丈夫……だけど……」



ルノの目が見開く。


全てを思い出したようだ。


そして、ヴェレニケの方を見る。



ヴェレニケの顔は、ドロドロに溶けていた。


その顔は、全面が赤くなっており皮膚が溶けていた。


とても人間とは思えないような顔だった。


瞼は失われ、瞳が今にも零れ落ちそうだ。


「───あ、あ、私の顔が……私の顔が!」


ヴェレニケは突如として、そう声をあげる。


護衛の男たちは、目の前で起こった一連の事態に脳が追いついていない。


今、すべてを理解してるのはルノだけだった。



「ヴェレニケ、全てはお前が悪いんだ」


「何を言っている! 私は悪く───」


「サントの顔は、今のお前と同じようにドロドロに溶けていた。お前がやったんだろ? お前が、サントを殺したんだろ? ならば、当然の報いだ」


ルノは、ヴェレニケにそう伝える。


今のヴェレニケの顔は、偶然にも死ぬ間際のサントと同じように酷かった。


───だが、ヴェレニケとサントでは大きく違う。


サントは、自分以外の誰かを守るために。


ヴェレニケは、自分自身を守るために。


醜いのは、ヴェレニケ唯一、一人だった。

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