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【花浅葱】ルノと引き換え

 セレーヌの視界のはしで微かに動いたサントの手。


 それは、ほんの小さな痙攣だった。


 だが、それはサントが生きているという大きすぎる証明。


 セレーヌが注視してサントを見る。


 ピクリともう一度、指が動く。


「生きている……確実に」


 セレーヌはそうつぶやいた。


 思わず、セレーヌの口角が上がってしまう。



 セレーヌは、ルノが失神してなおルノの手から流れ出る魔力の粒子を目視した。


「ルノの魔力で……サントが回復していった?」


 セレーヌは、そう仮説を立てる。


 だが、特別なのはルノの魔力ではない。


 ルノは、貴族出身の一般人でありマンガの主人公のように特別な能力があったりするわけはないのだ。


 サントの体が、特異体質だったわけでもない。


 他人の魔力で傷が回復する体質ならば、もっとヴェレニケに酷使されていたはずなのだから。



 では、なにがサントの回復をもたらしたのか。


 それは、ヴェレニケが飲ませていた薬物(ドラッグ)であった。


 その薬物は、魔力を操作して精神の安定を測っていた。


 精神安定として、役割を持つならば脈拍から呼吸に至るまで全てを平常値に抑える必要がある。


 一分間の平均の脈拍を、六十回から七十回に保つ事で精神の安定を図っている。


 ───それは、異常なほどに脈拍が下がっても同じだ。


 脈拍を一定に保つと言うことは、脈拍が十数回に下がったときだとしても無理矢理六十回から七十回に保つのと同じと言える。

 ヴェレニケが飲ませていた薬物を使うと寿命が減る理由は、寝てる間さえも脈拍を一定に保つ為だ。


 心臓は、鼓動する回数が人によって決められているのでそれに準ずる。


 幸か不幸か、ヴェレニケに飲まされていた薬物のおかげで、ルノの魔力を消費し回復したサント。


 セレーヌが、この薬物の影響だなんて気付く事は無いが、『ルノの魔力があればサントは回復する』と察する事はできた。


 救われたのだ、サントは。


 お互いがお互い、助け合っている。


 共に支え合ってここまで生き延びている。


 もう、ルノとセレーヌの二人と、サントは仲間だと言えるだろう。



「…………って、ルノはもう魔力の枯渇寸前だったわ」


 セレーヌは、どこか魔力を供給できる場所は無いか探す。


 本来、魔力は体を休ませることで回復する。


 これを、魔力の自然回復と呼ぶ。


 マラソンしている間は、息が乱れるが走り終えてしばらく立つと、呼吸が整えられるのと一緒だ。


 だが、ルノの魔力の自然回復を待つことはできない。


 自然回復する前に、体の外に垂れ流されてしまうからだ。



「うーん、どうすれば……」


 魔力の自然回復を待てないなら、外部からの摂取が効率的だろう。


 魔力が大量に込められている食べ物を食べたり、他人から摂取したり。


 だが、セレーヌの魔力をルノに受け渡すというのは愚策だ。


 セレーヌまでもがヘロヘロになってしまえば、ルノとサントを守る人物がいなくなる。


 では、だれから魔力を受け渡してもらえばいいのか。セレーヌは考える。


「───そうだ、思いついた」


 セレーヌは、そう言うとルノを置いて部屋を出ていってしまった。




 ***




 ヴェレニケは馬に乗り、ルノとセレーヌが乗った馬を追う。


 もっとも、その馬に乗っているのはルノとセレーヌの上着を着た即席かかしなのだが。


「ッチ! すばしっこく逃げる野郎どもだ! 前世はゴキブリかなんかなのか?」


 怒り心頭のヴェレニケ。


 その口調は、いつものヴェレニケからは考えられないほどに荒い。


 ドリアギア山地のかろうじて整えられた道を、ヴェレニケたちの馬は走る。


「───お嬢様! 逃亡者の二人が山下りを!」


「こんな急な崖をか!?」


 護衛の一人が、ヴェレニケにそんな報告を行う。


「はい、確かに下っていきました」


「んじゃあ、お前も降りて捕まえてこいよ!」


「なっ!」


 ヴェレニケはその護衛を馬もろとも崖から突き落とし、谷底へと落下させる。


 ヴェレニケは、自分の言うことを聞かない部下が嫌いだ。


 馬より早いスピードで崖を転がっていく護衛。


 もちろん、数十メートルはある山の上から落下して無傷ではいられない。


「ったく、確認してから報告しろ!」


 ヴェレニケは、自らの怒りの半分と護衛一人の命を捨てた。


 だが、まだヴェレニケの怒りは収まらない。


「お嬢様!」


「今度はなんだ! お前も崖下に確認しに行くか?」


「馬の背中、人が乗ってません! 乗ってるのは、上着を着たかかしです!」


「───ハァ?」


 思いがけない報告に、ヴェレニケは驚きの声を上げる。


 その報告をした護衛の男は、後数ミリ体を動かせば、馬の外に落ち、崖に真っ逆さまと言う位置で報告していた。


「それは、本当か?」


「はい、本当です! 二人とも乗っていません! 確かにかかしです!」


「ならば別荘に戻るぞ!」


「ハッ!」


 そして、ヴェレニケの護衛は屋敷のほうに戻っていった。




 ***




 セレーヌは、数枚の上着を持ってルノとサントが失神している部屋に戻る途中だった。


「肌着で行動するのは恥ずかしいものね」


 セレーヌは、ヴェレニケの別荘にあった衣服を数枚持ってきたのだ。


 ルノとセレーヌは肌着で、サントは血で服が汚れていた。


 セレーヌは、もう上着を着ていた。


 セレーヌは、ルノとサントが失神している部屋に到着する。


「セレーヌ……さん?」


「起きた……のね」


 セレーヌに声をかけたのは、ルノの魔力によって回復したサントだった。


 薬物の影響で、サントの体に付けられた傷口も完全に塞がるとまでは言わないが、安静にしていれば死なない程度には治っていた。


 肝心のルノは、失神したままだ。


 はらり。


 はらり。


 涙が溢れる。


 セレーヌとサントの2人は、お互い涙を浮かべた。


 お互いの生存を確認し、安心しきったからだ。


「これ、着なさい」


 セレーヌはサントに上着とスカートを渡す。


 サントは、自らの傷を見て吐き気を催しつつもしっかりと着替えた。


 セレーヌは、失神したままであるルノに服を着せた。


 そして、これからどうしようかとセレーヌとサントが考え始めようとしたときだった。



「私をおちょくりやがって、ぶっ殺してやる! このビチグソがァ!」


 逆立っている茶髪と、燃え上がるような緋色の瞳をしたヴェレニケが。


 そこに現れたのは、全ての元凶───ヴェレニケと数人の護衛だった。

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