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【花浅葱】危険が迫る薬物乱用の闇

 少し、昔話をしようと思う。


 これは、今から何年前だっただろうか。確か十五年ほど前だったような気がする。


 その日、一人の少女がヒュンハルト王国にて誕生した。


 その少女の家系は、代々織物業を行っていた家系だった。


 特段裕福だったわけでも、生活に窮していたわけでもない至って平凡な家庭だった。



 ───だが、少女が生まれてから社会というものは変わった。


 ドレスロードという街で、織物に代わる、加工しやすい繊維『ポリエステル』というものが発明されたのだ。


 それは、安価で大量生産できかつ着心地も良かったことから、貴族から庶民まで大勢の元に行き届いた。


 貴族と言っても、公爵や侯爵など位が高い家系ではなく、子爵や男爵などの政治的立場の弱い家系だ。


 もっとも、平民から比べてみると子爵や男爵などには到底逆らえないほどの権力差があるので、正確には『公爵と比べて政治的立場の低い』ということになるけれど。


 と、『ポリエステル』の登場により少女の織物業は大打撃を受けた。


 得意先もみんな、ポリエステルに浮気をしてしまったからだ。



「はぁ、今月も赤字だ……」


「来月こそは───って、毎月言ってるけどできっこないものねぇ……」


「織物業をやめて新しい仕事を見つけないといけないかなぁ……」


 少女の両親は、毎日のようにそう嘆いていた。


 そして、少女が六歳の時に織物業を畳んだ。


 その時、外交官も務めている子爵のほうから、連絡が来た。


 その内容を簡単に要約してしまえば『従者として働かないか?』というものだった。



 仕事を無くした目先に、こんな僥倖。


 子爵の従者というものは、かなり優遇された職業だった。


 賃金は高く、三食も寝床も完備されているのだ。


 少女の両親は、その連絡をすんなりと受け入れた。


 そして、少女の両親は子爵の次女であるヴェレニケという少女の元に配属された。


 この時、少女は六歳。まだ、子爵なんてものはわからなかった。


 だから、少女は従者としての養成施設に入れられた。


 これも、連絡をくれた子爵が独自に行なっているものだ。


 四則演算や文字の書き読み・従者としての振る舞いなど、教育が行われる。


 彼女が好きだった、手芸はほとんどすることができなかった。


 従者を養成する施設を出ると、子爵の元で働くことになっていた。


 その間、少女は両親と離れ離れだった。


 寂しい思いをしながらも、ここを卒業すればまた両親と会えると思ったら頑張れた。



 そして、少女が養成施設を卒業したのが六年後の十二歳の時だった。


 待ちに待った両親との再会。


 だが、そこにいたのは記憶の中で微笑んでくれた両親ではなかった。


 痩せこけ、今にも死にそうな顔をしていた母親がそこにいた。


 父親の姿は、なぜかそこになかった。


「元気にしていた?」


 母親は、無理に微笑んでそんな声をかけてくれる。


 その笑顔に、喜びというものは感じられなかった。


 感じられるのは『逃げて』という必死の思い。


 少女は、怖くなった。


 これから自らの身に何が起こるのか。


 逃げ出さなければ、一生こき使われて母親のようになってしまうことが目に見えていた。


 だけど、逃げ出してしまえば両親諸共殺されてしまうことだって、目に見えていた。


 このジレンマからは、抜け出せなかった。


 少女は、一生こき使われることを選んだ。



 ───父親が、ヴェレニケの策謀によって殺されたということを知ったのはつい最近のことだった。


 薄々気づいてはいたが、心の底から信じてはいなかった。


 どこかで生きていると考えていた。


 だが、母親が死に、『残るはあなただけよ』とヴェレニケに耳打ちされたことで父親の死というものは確定された。



 そこからだった。


 ヴェレニケという存在が恐ろしくなったのは。


 彼女の名前を聞くだけで発狂してしまうような体質になってしまったのだ。



 ───その少女の名は、サント。


 名の意味は『聖女』のように、人に見返りを求めず優しさを振り分けられる人間になってほしいという意味をこめられてイタリア語での『聖女』という意味のサントと名付けられた。




 ***




 とある暗室。


「いつものだ」


 一人の男が、一人の少女のいる部屋に入り込む。


「ひ」


 小さな悲鳴をあげたのは、少女だった。


「一も経たずに『これ』の効果が切れるような体とは、かなりのジャンキーだな」


 一人の男は、その少女に注射を打ち込む。


 精神を落ち着かせる(ドラッグ)。精神を安定させ、仕事をさせるための薬物(精神安定剤)であった。


 これも、ヴェレニケが外交官である父上に頼んで、用意してもらった合法なものから作り出した違法な薬だった。


 いや、合法のものから作り出したのだから違法ではなく脱法だろう。



 少女は、注射を打たれると体をデロンと伸ばして床に突っ伏した。


 この薬物は、理性を保つためだけに作られた薬だ。


 効果が切れても、禁断症状は出ない。


 副作用といえば、寿命を縮めることくらいだろう。


「これでやっと、ヴェレニケ様と対面しても叫ばなくなったな」


 一人の男は部屋を出ていく。


 そして、ヴェレニケという名の忠誠を誓った者を呼びにいった。


 ───この少女を『断罪』させるために。




 ***




 ───。


「……あれ」


 ルノは、はめ殺しになっている窓から入り込んでいる光によって目を覚ました。


 隣では、片目を開いて横になっているセレーヌがいた。


 セレーヌだって、いつもは両目を閉じて寝ている。


 だが、今日は違った。



 ───ルノは、知っていた。


 セレーヌが片目を開いて寝ている時は、ルノ達2人の命が危険だという状況だということを。

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