【花浅葱】移動時間のマジカルチェンジ☆
ガタゴトガタゴト。
揺れる。
揺れる。
ガタゴトガタゴト。
軋む。
軋む。
ガタゴトガタゴト。
跳ねる。
跳ねる。
馬は、絶えず走り続ける。
一体、どれくらいの時間が経っただろうか。
ルノの体内時計は狂いに狂っていた。
「随分とまぁ、既視感のある書き出しね」
「あ、気付いた?」
「気付くも何も、コピペじゃない。少しは書く努力をしなさいよ」
「え、なんの話ですか? え?」
唐突にも程があるメタ発言に、サントは困惑してしまう。
「んで、森の中に入って辺り一面が暗くなったから体内時計が狂ってるのも事実だ」
「今は、夜の九時十三分よ」
「すげぇな、セレーヌ。なんでわかるの?」
「時間把握くらい、しっかりしとかないと、ダメよ」
「というか、人攫いにあってから一度も時計を見てないから、ズレててもしかたないと俺は思うのだが」
なんて、適当な言い訳をつけてルノは自らとセレーヌを納得させる。
───いや、納得なんてさせずスルーでもいいのだけれど。
「ヴェレニケ───」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ! ごめんなさいぃぃぃぃぃぃいいい!」
「あー、忘れてた。名前呼んじゃいけないんだったな」
ルノは、自らの失態に気付く。
サントがいくら叫び声をあげようとも、馬車は止まらない。
一体全体、サントはどのようにしてヴェレニケの従者を務めていたのか想像がつかない。
「───ハッ! もしかして、ずっと猿轡を!?」
「なわけないでしょう」
セレーヌからのツッコミを受ける。
「で、えっとだ。匿名Vだったな」
「匿名V?」
「あぁ、この呼び方だと叫ばないから」
「そうなのね、違うのか私にはわからないけれど……」
「んで、匿名Vに連れられて今馬車に乗ってるんだが、実際問題暇じゃね?」
現在、縛られたままの三人。
脱走を謀ろうにも体に巻き付いている鎖があるので逃げることができない。
力で鎖をねじ伏せられないのは、セレーヌが一番わかってた。
彼女がこの中で一番力があるのもそうだが、鎖に若干ある光沢が、魔法を使っても破壊できない「特殊な鎖」であることを表している。
「脱走したところで、こんな森に放り出されて生き延びれるなんて思わないけどな」
ルノはそう言った。
ルノとセレーヌ、サントの三人が逃げ出したとして、待ち受けているのはドリアギア山地の山々だった。
逃げ出したとして、最初に直面する問題は気温だった。
夜九時の現在、この山地の気温は氷点下に近い温度だ。
夜が更ければ更けるほどに、気温が下がっていくので暖かい格好をしなければならない。
そして、温度が保てるようになったとしても、ドリアギア山地の土地勘がない。
運が良ければ、森の中の集落に行けるかもしれないが、運が良ければルノとセレーヌはそもそもヴェレニケに捕まってなどいない。
遭難して、餓死する未来が見える。
───そして、山には魔物が大量に生息している。それ一匹一匹を相手するのに、ルノとサントは足手まといでしかない。
セレーヌ一人で、二人を守りながら戦うというのは酷だ。
「逃げ出すのが、一番の愚策かもしれないわね」
逃亡後の、未来が既に見えているセレーヌも、ルノに同意する。
サントは、逃げようと逃げまいとほとんど状況は変わらない。
凍死か餓死か、魔物に殺されるか、ヴェレニケから酷い仕打ちを受けるかの四択だ。
命を奪われないだけ、ヴェレニケの方が楽だろうか。
───いや、名前を聞いただけで叫び声をあげるような体になってしまったサントのことだ。
ヴェレニケと共にいるほうが酷かもしれない。
「てことで、暇つぶしに何かしよう」
「何かって、何をするのよ?」
手足を鎖で縛られ、身動きもできない状況。
口だけでできる遊びしかできることはない。
「しりとり……は、安直すぎるか?」
「安直ね。る攻めで殺すわよ?」
「怖い」
「じゃあ、マジカルチェンジにしませんか?」
「「マジカルチェンジ?」」
聞いたことのない名に、ルノとセレーヌは声を合わせる。
「ルールは簡単です。『チェーンジチェンジ、マジカルチェンジ』で始めて、リズムに合わせて3文字の言葉を1文字ずつ変えていきます」
「なるほど、わからん」
「では、具体例を。例えば、最初の言葉が『サント』だとするならば、サント。サンタ。マンタ。丸太。カルタ───と、一文字ずつ変えていくんです。Do you understand?」
「Yes ma'am」
「それで、リズムはどうするのかしら?」
セレーヌが、サントに問う。
「それでは、二拍おきにしましょう。では、行きますよ? 最初の言葉は『山地』から! 私・セレーヌさん・ルノさんの順番で行きます!」
「え、もうスタート?」
「チェーンジチェンジ、マジカルチェンジ! 山地!」
”パン”
”パン”
「トンチ」
”パン”
”パン”
「ト……トンボ!」
”パン”
”パン”
「田んぼ」
”パン”
”パン”
「タンス」
”パン”
”パン”
「ダンス!」
”パン”
”パン”
「団子」
”パン”
”パン”
「男子」
”パン”
”パン”
「譚詩!」
”パン”
”パン”
「漢詩」
”パン”
”パン”
「漢字」
”パン”
”パン”
「カイジ!」
”パン”
”パン”
「カイロ」
”パン”
”パン”
「ジャイロ」
”パン”
”パン”
「ジャ? ジャ……ジャ……」
「はい、ルノの負けー、ですよ」
「ジャってなんだよ! ジャって!」
「別に、わざわざ『ジャ』を変えなくてもいいじゃない。迷路でも賄賂でもいいのよ」
「クソ……負けた」
───突如、馬車全体を支配していた揺れが止まる。
「止ま……た?」
「降りろ、お前ら」
三人は、護衛の手によって、外へと運び出される。
「ルノとセレーヌは屋敷に連れて行け。サントには、話がある」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁあ! ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ! 許してぇぇぇぇぇぇ!」
「猿轡を付けておいてくれ」
ルノとセレーヌは、ヴェレニケの護衛によって、別荘の中に連れこまれた。
───雨がいつの間にか降っていた。
───最初はしとしとと降っていた雨が、次第に本降りになっていく。
”ゴロゴロゴロ”
夜の九時で辺りが暗かったが、雷が落ちたことにより、一瞬だけ別荘の外装を確認することができた。
───その別荘は、ルノの淡い桜色の瞳にドラキュラ城のように映った。




