【花浅葱】都市部へショッピングに
ルノとセレーヌは村を去る。
「なぁ、次はどこに行くんだ?」
ルノはセレーヌに問いかける。
セレーヌはルノの顔も見ずに、こう答える。
「次は、ドレスロードに行くわ」
「え、ドレスローザ!?」
「ドレスロードよ。そんな、島国じゃないわ」
「あぁ、すまんすまん。ドレスロードだな、ドレスロード。わかるぜ、うん」
「はぁ、まったくルノはなにも知らないんだから……」
ドレスロード。
人口八万人であり、その観点からこの街を見るのであれば中都市だと言える。
だが、ドレスロードの中心を生物の脊椎のように縦に一本通っている大きな道がある。
その大きい道の両側には呉服屋や、武具屋。
料理店や鍛冶屋など様々な店が商いをしている。
中でも、この街だけの特徴。
それは、化粧品店が多くあることだった。
化粧品を売る店もあれば、ネイルショップなどという爪に特殊な塗料を塗って色を付ける店なんてものもある。
「…………ということよ」
「へぇ、なんかすごそうだな」
「まぁ、見たほうが早いと思うわ。私たちもメインロードを通るから」
「そっか……じゃあ、ショッピングだな!」
セレーヌはルノを何も言わずににらむ。
その淡い桜色の瞳でただ、にらむ。
「な、なんだよ……その目は」
「あなたは聖女様でしょ? ちゃんと、仕事をしなさい」
「えぇ? いいだろ、一日くらい! セレーヌだってショッピングしたいだろ?」
セレーヌは答えない。
「ほう、沈黙。ゆえに肯定だな! ぃよしッ! ショッピングだ!」
「…………」
騒ぐルノとは、対照的にセレーヌは沈黙を貫きとおす。
───整った容姿なのに、もったいない。
そう、心のなかでセレーヌは思っていた。
それは、憂いか。呆れか。
いや、両方だろう。
***
「おぉ! すげぇ人だかり! 邪魔くさい!」
「口が悪いわ、ルノ」
数日後。
ルノとセレーヌは、ドレスロードに到着する。
「んじゃ、早速ショッピングに行こうぜ!」
「そんな訳ないでしょう。まずは、宿を探しに行くわよ」
「ちぇ、じゃあ宿の後は───」
「この街には3つの『荒地』が残ってるわ。一仕事くらいしないと、駄目よ」
露骨にルノは嫌そうな顔をする。
「一仕事したら、ショッピングしてもいいわよ」
「よっしゃー! そんじゃ、早くその『荒地』に連れて行け!」
「だから、まずは宿を探しに行くって言ってるでしょう」
「ちぇ」
そんな会話を、2人は繰り広げる。
***
荒地。
ルノの仕事は、その荒地と呼ばれる名の通りの「荒れた土地」を浄化させ、作物の豊作を願って魔力を扱うという内容だ。
その仕事の適任は、女性が多い。
だから、職業の名を『聖女』とされている。
***
無事、ルノとセレーヌは宿を見つけた。
その宿はイタリアのナポリにありそうな、白い壁をしている。
「中はどうかなぁ?」
そう言いながら、ルノは宿の中を覗く。
目に入ったのは、部屋の真ん中にある囲炉裏。
「な…………なんで……囲炉裏?」
「さぁ。ここが一番安かったのでしょうがないでしょう」
囲炉裏の真ん中には、南部鉄器のような鉄瓶が天井から吊るされていた。
「宿の外と中の印象が違う! 不満を訴える!」
「文句は言わないでほしいわ。文句は建築士にいってほしいわよ」
ルノは、外観は洋風なのに内観が和風だった不平不満をぶつける場所が無くその場で地団駄を踏んでいる。
「あー、納得できない。ショッピングで憂さ晴らしだ!」
「駄目よ。荒地に行くわよ」
「思い通りに行かなさすぎる!」
ルノは吠えるも、セレーヌは耳にも入れない。
***
ルノは荒地で、聖女としての仕事を行う。
今、行っているのは最終工程である畑の祝福である。
ルノは地面に膝をついて、手を当てて魔力を流している。
「はい、しゅーりょー。買い物の時間! だぜ。ヒャッハー!」
「仕事もしっかりやったし、しょうがない……買い物に付き合ってあげるとするかしら」
セレーヌはため息をつく。
───実を言うと、セレーヌも買い物を楽しみにしていたのだ。
***
「どうザマスか? 聖女様。ウチの商品は」
「…………いいかもな」
買い物に来たルノとセレーヌ。
2人は現在、リップ店の店長であるカーネに絡まれている。
「そうザマス、そうでザマス。そのキレイなその桜色の瞳! それと同系統の色にすれば麗しいので、この色もどうザマスか?」
「…………いいな」
正直、ルノは飽きていた。
思っていた買い物とは違ったのだ。
すでに十七歳のセレーヌとは違って、ルノは十五歳男児。
憧れるのは、剣や鎧など。
そんなものを見ようとした矢先。
セレーヌが勝手に入っていったリップ店で店員にダル絡みされ、それで思わず『聖女様』ということをゲロってしまい店長に絡まれているのだ。
「いやぁ、聖女様ならもっと綺麗にする必要があるザマス」
「あぁ! これとこれ買います! ありがとうございました!」
ルノは、我慢の限界が来て、商品を購入した後、雷のようなスピードで店の外に飛び出した。
ルノの脳裏には、店員のプリン髪と藍色の瞳の怪物が焼きついていた。
「はぁ……はぁ……死ぬ…………ショッピング…………死ぬッ!」
「遅かったじゃない。一時間は店にいたわね」
セレーヌは、店長に絡まれていなかったので勝手に他の店に行っていたのだ。
「セレーヌは、楽しそうだな」
セレーヌの持つ紙袋の中を見ると、ネイルシールやカラーコンタクト、美白美容液などが入っていた。
「お望みのショッピング、楽しかったかしら?」
「もうショッピングはこりごりだぜ」
しょげたルノの背中を見て、セレーヌは微笑む。
「はい、ルノ。これ、あげるわ」
セレーヌの手から渡されたのは、一枚のクッキー。
「セレーヌ、ありがとう」
この時はまだ、知らなかった───。
***
「領主様、聖女が来たザマス」
「そうか……よくやった」
───ルノとセレーヌの2人に、魔の手が迫っていることを。