【雨城蝶尾】馬車の中でもつながり切れず
ルノが噛まされた猿轡は、どうやらおっさんが張り切っていたのだろう、まったくひもがほどける気配すらなかった。
さすがに竹の部分を噛み切るのは無理ため、先に手のほうをほどくほうがよい。
ただ、ルノは『一応』男であろうとも、体力がないのだ。
セレーヌと比べた場合も、平均的にも体力がないのである。
そんなルノは、だからこそ縛られる前に機転をきかせたのだ。
ルノの手は、少女とは違って前側に縛られていた。
無理矢理前側にするよう抵抗したのである。
あまりおっさんもそのあたりに詳しくなかったようで、助かった。
ルノは手首と手首を思い切り離し……。
少しだけできた隙間から指でゆっくりほどいていく。
こういうことはセレーヌのほうが得意ではあるのだが、あいにくセレーヌはおらず。
「んがぁぁぁああ!」
つくづく、ルノは気が短い。
叫んだルノに少女はびくりとした。
幸いおっさんにはそれに気づかなかったようだが、少女は四肢を縛られながらもスススっと距離をとった。
正しい判断である。
叫びながらも、ルノは手の拘束をとくことができたようだ。
手があれば、ひもをほどくのは容易だ。
「ぷは〜、口が痛ぇ……」
そのまま足の拘束もとく。
「自由だぜ!」
サムズアップ。
ルノは、少女のほうの猿轡だけをはずすと。
「……さすがに猿轡はきついからな」
そのまま、ルノは少女の横であぐらをかいた。
「どうしよう。このままじゃ……」
ルノのとなりで縛られていた少女は、ぽつりとそうつぶやいて、絶望したような顔をした。
「どうしたんだ?」
小さな声で、ルノは話しかけた。
「……私はある貴族のお嬢様の、従者として買い物に付き添っていました。でも、人さらいのせいで……。お嬢様に知られてしまったら、なにをされるか……」
「なるほど」
ここであえて『ある貴族のお嬢様』というあたり、よほどお嬢様に知られたくないのだろう。
「で、結論から聞くけど、そのお嬢様って誰だ?」
「そんな、簡単に言えるわけありません……!」
ルノは少女が身震いをしたのを見て、よほどお嬢様はひどい人だなと推理する。
だが、ここで諦めず、無駄な反骨精神を見せるがルノである。
「……俺さ、知ってるんだよね〜、東側の貴族とかいろいろ」
実は、ルノには大体だれなのか予想がついていた。
さすが、元男爵子息なだけある。
「ち、ちがいますから! 東の貴族じゃありません」
「ほーん? 言ったな?」
少女は隅でガクガク震えながら、必死に抵抗する。
ルノもそろそろ諦めてもいいものの、いじめてばっかりである。
「じゃあ、お前のお嬢様はヴェレニケって言ったほうがわかりやすいか?」
「ぎゃぁぁぁぁああ! いえぁぁぁぁぇぁぇぇぇぇぇえ!」
突如叫び出した少女に、ルノは面食らった。
「え……ちょ」
「いやぁぁぁぁぁぁ! お嬢様! 許してください!」
「……ちょま」
「ごめんなさいぃ! 本当にごめんなさいお嬢様ぁぁぁあ!」
「お前、うるせぇんだよ! ちょっとは黙れぇ!」
こんなに二人でぎゃあぎゃあ騒いでいたら、おっさんにも気づかれそうなものであるが、幸い聞こえなかった様子。
ルノは、そこらへんに放っていた猿轡を少女に噛ませた。
賢明な判断である。
「うぐうぐ……ぐぅ」
最初と同じ状態にもどった少女は、再び静かになった。




