【花浅葱】ドレスロードを出る
「何故───ここに」
セレーヌの顔がひきつる。
セレーヌの心を焦りが支配する。
「お嬢ちゃんらのせいで俺らが怒られちゃったじゃねぇか?」
茶髪の大男───リョーマは、セレーヌのことを舐めるように見る。
「君が、クソアマの騎士ってところだな?」
「目の色も黒じゃ無くなっているッスね」
セレーヌの脳内で行われるのは、どうするかの議論。
戦うか、逃げるかの二択。
───戦うなら、いくらもの時間をかけて直した壁がまた壊されてしまう。
───戦闘場所は、最初に出会った場所と全く同じ囲炉裏のある部屋だった。
「めんどうだわ」
セレーヌは、そう口に出していた。
「あ? 『めんどうだわ』? それはこっちのセリフだぜ、嬢ちゃん!」
───逃げるか。
否。
「戦うしかないわね」
この状況、片付け後を考えていては死んでしまう。
セレーヌが死ねば、次に命を狙われるのはルノだ。
───それだけは避けねば。
「私が相手をするわ」
セレーヌは剣をかまえる。
そして、勝利への算段を脳内で組み立てていた。
「嬢ちゃん。無駄な抵抗はしない方がいいぜ? そうしないと、楽に死ねねぇからなぁ!」
リョーマも剣を鞘から引き抜いた。
セレーヌは一人。
敵は二人。
片方は剣士。
もう片方は魔法使い。
***
魔法。
そう、魔法の原理について説明しなければならない。
それを明快に説明するにはまた別の話をしなければならない。
だから、まずは『魔力』についての話をしていこうと思う。
男は、魔法使いが。
女は聖女がこの世界には多い。
それは、何故か。
その理由は至って単純。
体に魔力を保有できるかできないかの違いだ。
魔力というのは、空気中に窒素や酸素・アルゴンと同じように存在している。
それを、吸って体の中に蓄積できるのは、女だけなのだ。
禁断の果実を食べた罰だとも、魔性の表れだとも言われているが、生物学的に考えて、女が体内に魔力を蓄積できる理由は一つしかない。
男はできないが、女はできるもの。
それは、妊娠だ。
妊娠。
そして、出産。
その為に魔力が必要な為に女は体内に魔力を溜め込むことができるのだ。
極稀に、男でも女のように体内に魔力を蓄積できる人がいるが、それはホルモンに関連しており、今は関係ない。
話を戻して、魔法の原理だ。
魔法は、魔力をエネルギーとして炎を生み出したり水を生み出したり。
それを応用して、氷や嵐だって生み出すことができる。
魔力は空気中にあるのだから、男はそれを利用して魔法使い───専門用語で言うならば魔術師として働いている。
もちろん、魔法使いは戦闘向きなため女が少ないという理由もあるのだが。
魔法を使用するためには、魔力を媒介にする魔道具が必要となる。
それを、一般には魔法杖や魔法陣などで代用している。
最も、魔法陣は使い捨ての上に、準備が面倒なので使用されているのはほとんど魔法杖なのだが。
***
魔法使いであるショーゴもしっかりと魔法杖を持っていた。
無駄な装飾はされていない杖。
完全に戦闘に特化している杖。
「一つ、質問してもいいかしら?」
「なんだ?」
「どうして……私達はあなた達に命を狙われているの?」
「そんなの答える義理はねぇ!」
「どうして、命がうばわれるか知らずに死ぬような人生は嫌だわ。だから、教えてくださらない?」
「まぁ、どうせ死ぬなら冥土の土産にでも教えてやっていいんじゃないっすか?」
「しょうがねぇ、教えてやる! 俺らの主様はお前ら聖女が大嫌いなんだよ!」
「それは……何故ですか?」
「そんなの、荒地の近くに住む人が高値で農作物を買わなくなっちまうからに決まってるだろ!」
いつかの、村人との会話がセレーヌの脳裏に蘇る。
{いつごろから荒地になっているの?}
{三年ほど前から…………でしょうか…………}
{そうか。領主は何もしなかったのか?}
{頼み込んではみたものの…………聖女様はやって来ず……}
「頼んでいたけど……無視をしていたのね……」
領主の傲慢な理由で村の人々は苦しんでいたのだ。
「正義厨って訳ではないけれど、私にくらい善悪の判断はできるわ」
───敵を見誤るな。
それは、セレーヌが父によく言われた言葉だった。
正義とは信念、ココロだ。
正義の対義語は、また『別の正義』。
正義という信念、ココロを利用し、人々を攻撃する邪がこの世には溢れかえっていることをセレーヌは幼いながらにも知っていた。
───父親も正義に刈られた哀しき大人だったのだ。
「私はニコニコ動画で荒らしコメントをする人が嫌いなのよ。あんな、意味のない行為を繰り返して何になるのかしら」
その行為に意味はあるのか。
答えは否。
その行為に罪はあるのか。
やはり、答えは否。
「人を幸せにできない正義なんて、捨ててしまえばいいと思うわ」
”パッ”
”ラッ”
”ジッ”
セレーヌは、動いた。
初動で、囲炉裏の上にある鉄瓶と囲炉裏にあった灰を鷲掴みにして、その灰を鉄瓶の中に入れた。
それを見た、剣士のリョーマがセレーヌに迫るも、しなやかな動きでセレーヌはリョーマの振り下ろされた剣を避ける。
そして、鉄瓶の中の水を顔にかけた。
「クッ! なんだよこの水!」
リョーマは、服の裾で顔を拭う。
───もう遅い。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
リョーマは叫び声をあげる。
「知っているかしら? 灰の成分に炭酸カリウムというのがあるのよ。それを水に溶かすと灰汁になるの。よく、石鹸の材料として使われているわね」
リョーマは、そんなセレーヌの説明を聞くわけもなくその場でのたうちまわっている。
「早く、目を洗ったほうがいいんじゃないかしら? 灰汁はアルカリ性よ。あなたの目の脂をドロドロに溶かしてしまうわ。あ、そうだ。私が洗ってあげるわ」
セレーヌは、リョーマの剣をショーゴのいる方向とは反対側に蹴り飛ばし、リョーマを押さえつけ、もう一度目に、灰汁をかけた。
「あぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁぁ!」
「静かにしててちょうだい。まだ、一人残ってるのよ」
セレーヌは、ショーゴの方を見る。
「ひ」
ショーゴがあげるのは、小さな悲鳴。
「魔法の詠唱って、時間がかかるようね。私があなたを殺すのと、どっちが早いか勝負しようとは思わない?」
「逃げ───」
「逃さないわよ」
”ザッ”
セレーヌが、床を踏みしめる音だけがする。
斬られた時は全くの無音。
───だが、的確にショーゴの両足の腱は斬られていた。
「い……嫌だ、助け……助けてくれ!」
「それが、魔法の詠唱かしら?」
セレーヌは、ショーゴの目にも灰汁をかけた。
───数日後。
二人は、四肢を縛られ口に猿ぐつわをした状態で川の中で遺体で発見されたという。
遺体は、どちらも目は炎症を起こしていて、足の腱がきられていたという状態だった。
死体が発見された日に、聖女とその騎士がドレスロードを出ていったと言われているが、事件と二人の関係はあるのだろうか。
ニコ動のくだりはとあるボカロのオマージュです。
わからない人へのヒント 効果音




