あの日、体育祭で、ランドセルを求めていた私に
「どなたかランドセルをお持ちの方はいらっしゃいませんか」
私は叫ぶが、応じる者はいない。
それはそうだろう。
高校の体育祭に、ランドセルを持ち込む人間などいやしない。
借り物競争なんて一体誰が考え出した競技なのだろう。
私以外の参加者も、ブロンドのカツラやヒゲ眼鏡など、やはり人が常備していそうもない物品を求めて彷徨っていた。
分かっている。
これは余興なのだ。
クラスの威信をかけた対抗リレーや、綱引き等とは違う、お遊びなのだと。
それを証拠に、カツラを身につけた者は、毛先を指で遊ばせながら、キャットウォークで。
ヒゲ眼鏡をかけた者は、全身を上下させるダンスを踊りながら。
周囲の笑いを誘いながらゴールを目指している。
ただ私には、それができない。
四角四面で、融通が利かない性格。
私が一人懸命にランドセルを求めて声を張り上げるものだから、徐々に空気も白け始めていくのが分かった。
「ランドセル、こっちにあるよ」
失笑すら漏れ始めているグラウンドの中、その声は真っすぐに私の耳に届いた。
「こっちだよ。こっち」
声の主は、迷子のような表情を浮かべていたであろう私を導くように、手招きをしている。
「一位、獲ってきなよ」
吸い寄せられるように招かれた私の背中に、ランドセルが押し込むように背負わされる。
「大丈夫、格好いいよ」
力強く、ランドセルごと背中を叩かれながら、私はグラウンドに押し戻された。
不意に襲われた衝撃に私は足をもつらせ、グラウンド中央で盛大に転んでしまう。
砂の上を滑る音がして、場が水を打ったように。かと思うと次第に笑い声が漏れ始め、それが広がっていく。
私は何事もなかったかのように立ち上がり、ゴールを目指し駆け出した。
何故か声援が私に向けられていた。
そんな体験は初めてだった。
何も面白くできないままに、私はゴールテープを一位で切った。
ゴール先でジャージに着いた砂埃を私は払い落す。
「一位、おめでとう」
ランドセルを私に授けてくれた人物が、駆け寄ってきてくれた。
「ありがとうございました」
私は表情を変えずに頭を下げる。
「怪我は」
「ないみたいです」
「ごめんね、強く押して」
「いえ」
「約束、守ってくれてありがとう」
「約束?」
「一位獲るって」
「約束は恐らく交わしていないかと」
「そっか」
私たちは互いに顔を見つめ合い、どちらからともなく、噴き出した。
「そんな顔で笑うんだね」
その声が、妙に胸を弾ませたのを、私は今でもよく覚えている。