表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

あの日、体育祭で、ランドセルを求めていた私に

作者: 朝焼 悠

「どなたかランドセルをお持ちの方はいらっしゃいませんか」


 私は叫ぶが、応じる者はいない。

 

 それはそうだろう。


 高校の体育祭に、ランドセルを持ち込む人間などいやしない。 


 借り物競争なんて一体誰が考え出した競技なのだろう。


 私以外の参加者も、ブロンドのカツラやヒゲ眼鏡など、やはり人が常備していそうもない物品を求めて彷徨っていた。


 分かっている。

 これは余興なのだ。

 クラスの威信をかけた対抗リレーや、綱引き等とは違う、お遊びなのだと。


 それを証拠に、カツラを身につけた者は、毛先を指で遊ばせながら、キャットウォークで。

 

 ヒゲ眼鏡をかけた者は、全身を上下させるダンスを踊りながら。


 周囲の笑いを誘いながらゴールを目指している。


 ただ私には、それができない。

 四角四面で、融通が利かない性格。


 私が一人懸命にランドセルを求めて声を張り上げるものだから、徐々に空気も白け始めていくのが分かった。


「ランドセル、こっちにあるよ」


 失笑すら漏れ始めているグラウンドの中、その声は真っすぐに私の耳に届いた。


「こっちだよ。こっち」


 声の主は、迷子のような表情を浮かべていたであろう私を導くように、手招きをしている。


「一位、獲ってきなよ」


 吸い寄せられるように招かれた私の背中に、ランドセルが押し込むように背負わされる。


「大丈夫、格好いいよ」


 力強く、ランドセルごと背中を叩かれながら、私はグラウンドに押し戻された。


 不意に襲われた衝撃に私は足をもつらせ、グラウンド中央で盛大に転んでしまう。


 砂の上を滑る音がして、場が水を打ったように。かと思うと次第に笑い声が漏れ始め、それが広がっていく。


 私は何事もなかったかのように立ち上がり、ゴールを目指し駆け出した。


 何故か声援が私に向けられていた。

 そんな体験は初めてだった。


 何も面白くできないままに、私はゴールテープを一位で切った。


 ゴール先でジャージに着いた砂埃を私は払い落す。


「一位、おめでとう」


 ランドセルを私に授けてくれた人物が、駆け寄ってきてくれた。


「ありがとうございました」


 私は表情を変えずに頭を下げる。


「怪我は」


「ないみたいです」


「ごめんね、強く押して」


「いえ」


「約束、守ってくれてありがとう」


「約束?」


「一位獲るって」


「約束は恐らく交わしていないかと」


「そっか」


 私たちは互いに顔を見つめ合い、どちらからともなく、噴き出した。


「そんな顔で笑うんだね」


 その声が、妙に胸を弾ませたのを、私は今でもよく覚えている。 

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ