5.魔王降臨?
どうしようかな……。僕は思考を巡らす。
この国は魔力が高いティアを呼び寄せ、巫女として何かをさせようとしている。魔道具はあるけど使いこなせてないってことか?
複雑な条件付きの転移魔法陣や昏倒の魔道具といい、魔道具はそこそこあるみたいだから、兄と連絡を取る手段もきっとあるだろう。
まずは敵対せずに話をしてみようか。
「ティア、剣を下ろして戻ってきてくれるかな?」
ティアは不服そうに口を尖らせた。
「兄上に連絡を取れる魔道具があるかも知れないよ」
僕の言葉に少し冷静さを取り戻したティアが剣を引き、隣まで戻ってきた。左手で僕の背中に触れる。どうやら僕も魔力膜で守ってくれるようだ。思わず苦笑する。
「僕達はこれでもそれなりに立場のある家の者でね、いきなり消えたままではいられないんです。外と連絡を取れる手段があるなら貸してほしい」
王があからさまに嫌な顔をした。王子に至っては歯軋りをしている。この国の貴族は表情が豊かだな……。
「想像だけど、巫女を呼び寄せてまで使いたい魔道具があるんでしょう?僕は魔法使いなので力になれるかもしれませんよ?」
僕はそう言って指先から炎を出し、蝶の形に変えた。蝶の形をした炎がふわりと羽ばたき消える。簡単な魔法だけど僕が魔法使いであることは信用されたようだった。
王がぞんざいに手招きをすると、僕達をここまで案内してきた緑の服の男が歩み出てきた。
「『祈りの場』までご案内いたします」
「その前に、僕達の望む魔道具は?」
「ございます。用意をさせますので、それまで我々の話を聞いてくれませんか」
「……承知した」
とりあえず話を聞くまでは出してこないだろうと踏み、大人しくついていくことにした。
『祈りの場』は白い石畳みの広場だった。真ん中に大きな魔法陣が彫られていて、その中心には高い柱が立てられている。近づいて見ると、単純な浄化の魔法陣だった。おそらくこれで発動された浄化魔法を柱に伝わせ、国全体を浄化させる大掛かりなものなのだろう。
「ここで『巫女』は何をすればいいのかな?」
「祈りの舞をしてもらいます」
ん?魔道具を起動させるのに舞?
「……それはどのように巫女に伝えるのかな?」
「これをもとに舞を習得させます」
緑の服の男は古い書物を差し出してきた。僕がその場で書物をめくると横からティアも覗き込んできた。
舞の型や魔力の込め方が絵や文字で書かれている。……結論を言えば、単調な舞を踊り続けることで雑念を祓い、浄化の魔道具を起動させるようだ。なるほど?
「書物の内容は理解しましたが、わざわざ『巫女』を呼び寄せる必要はありませんよね?」
「はい?」
僕が疑問を口にすると緑の服の男は目を丸くした。
「『巫女』は若く美しい娘と決まっております」
「いや、浄化の魔道具を使うのに性別や年齢は関係ないですから」
僕の言葉に緑の服の男が驚愕の表情を浮かべる。……これは激しい思い込みが延々と受け継がれてたってことだね。僕達はそれに巻き込まれたのか……。もしかしたら『巫女』は王子と結婚させられたりしていたのかも知れない。それならあの王子の表情も理解できる。
これまで何人の少女達がここで舞をさせられたのだろう。
僕は込み上げてくる怒りを飲み込んで笑顔を作る。
「正しい使い方を教えますので、この国で魔力の高い者を集めてもらえますか?」
しばらくすると『祈りの場』に十数名やってきた。その中には王子と召喚の間にいた者達もいる。
集まってきた半信半疑な顔の者達に、さてどうやって真実を伝えようかと考えていると、僕の前にティアが歩み出てきた。ん?
ティアは冷たい声で言い放つ。
「お前達がこんなくだらないことを二度としなくて済むよう、今から教えてやる」
僕からは顔は見えないけど、聞いてる側が青くなっているところを見ると怒りで目が光ってるのだろう。
サウロス伯爵子息の時もそうだったように、ティアは腹を立てると兄の口調そっくりになる。おそらく側にいることで、自分の意見を通すのに効率がいいと学んだのだろう。今はいいけど後で相手を選ぶように教えないといけないな……。
その後、僕が笑顔で丁寧に教えると、何人かが僅かな間だが『祈りの場』を発動できるようになった。ちなみに王子はできなかった。苛立ちを隠さない王子に周りの空気が悪くなる。
「邪な気持ちが多いからだよ」
ティアの呟きを掻き消すため言葉を被せる。
「王子は責任ある立場ですから、常に何かを考えてしまうのでしょう」
王子は満足気に胸を張り退出していった。単純でよかった。
その後も残った者達で繰り返し鍛錬すれば、魔道具を扱うことには慣れているからか予想より早く形になってきた。数十年ごとではなく短期間で発動させていけば問題ないだろう。
「祈りの舞は、儀式としてしたければすればいい」
と僕が言えば、皆、微妙な顔をした。だろうね。
玉座の間に戻る前に、ティアが召喚の間の魔法陣が見たいと言いだした。何のためか想像はつくけど……。『祈りの場』が自由に使えるようになり、気分を良くしてる緑の服の男はすんなりと案内してくれた。
召喚の間の魔法陣をティアが食い入るように見ている。古語だから僕は全部は無理だけどティアは読めるのだろう。瞳に怒りが籠もりだす。
あ、と思ったときには既に、ティアが両手に持ったダガーで床に刻まれた魔法陣を突き刺していた。床が粉々に砕かれる。
緑の服の男が何かを言う前に、ティアが低い声で「もうこれは必要無いだろう」と凄んだ。あまりの迫力に苦笑いしてしまった。
玉座の間に戻ると王が座っていた。来たときと同じように、隣に立つ王子と共にじっとティアを見ている。……まだ諦めていないのか。僕が溜め息を堪えていると、ピクリと何かに反応したティアが素早く後へ振り返った。
「リアン様……!」
玉座の間の床に、黒く光る魔法陣が浮かび上がる。ドンッという爆発音と共に黒く太い柱が吹き上がった。
玉座の間にいる者達が声も出せずに見つめていると、黒い柱の中から黒いローブを着た兄の姿が現れた。その瞳が赤い光を放ってる。
――魔王降臨みたいだ。
兄が一歩踏みだせば、辺りに怒りが伝わって空気がバチバチと音をたてる。かつて世界を救った英雄とは思えない。怖っ。
「リアン様!!!」
怒りのオーラを物ともせず、ティアが兄の胸に飛びつくとしっかりと抱きとめられた。
「無事だったか?」
「はい!リアン様」
久しぶりにティアが機嫌よく微笑んだ。よかった……。僕がそっと息を吐くとティアを抱えたままの兄に頭を撫でられた。
兄の出現で如何に自分達がヤバい状態かと気づいたのだろう。王を含めたこの場にいる全員が竦み上がっている。
けど兄はこの国に興味はないようだった。
「次は無い」
絶対零度の眼差しで短く言い放ち、即座に転移魔法を発動させた。
次に目を開けたときには見慣れた侯爵家の庭にいた。帰って来られたんだ……。僕は安心して少しだけ足元がふらつく。
兄はしがみついたままのティアを気にすることもなく、僕の頭をしばらくの間撫でていた。また髪がツヤツヤになるのかな……。
◇ ◇ ◇
ルークとティアが消えた森の中、リアンは魔法陣が浮かんでいた地面に手をつき、魔力の残滓を辿る。…………遠いな。騎士達に周りを守るように言付けてから、残滓を辿ることに集中する。
国を跨ぎ海を渡った先にある小さな島。そこにふたりを見つけた。怒りでざわりと魔力が揺れる。
「リアン様、おふたりが見つかりましたか?」
騎士の声に冷静になる。大丈夫だとは思うが、このまま魔物の多い森の中に置いていくわけにはいかないか。……あのふたりが揃っていれば大概は問題ないだろう。一度屋敷に戻ることにする。
「詳しいことはお前達が話しておけ。……この場に戻ってくるから転移魔法に巻き込まれないよう、しばらく近づくな」
屋敷に帰ったあとリアンは休むことなく、庭の開けた場所に立ち、転移魔法を発動させる。その魔法陣は黒く輝いていた。
リアンと真っ黒な魔法陣が消えたあと、芝生の緑の美しい侯爵家の庭には説明を任された騎士達が残された。
「詳しいことって、何も説明されていないですよ……」
読んでくださりありがとうございました。