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4.僕は何となく察する


 今日はスタンピードの予兆ありという報告を受けて、兄とティア、十数名の騎士達とともに森の中を魔素溜まりの浄化に向かっている。魔素は魔物を引き寄せ狂化させるため、早めに対応する必要があるのだ。


 僕は騎士達と変わらない格好で、兄は魔法使いらしく黒のローブ姿だ。ティアは真っ白な膝丈のローブを着ているけど、その下は軽装で腰の両側にダガーをぶら下げている。森の中なのだから、ダガーを隠すためのローブは必要ないと思うけど……。


「お揃いですね、リアン様」


 なるほどそういうことか。初めて兄と一緒に行ける遠征でティアはとてもご機嫌だ。


 魔素溜まりの浄化は兄ならひとりでも対応できるのだけど、僕を含めた者達の経験のために遠征部隊を組むことになった。

 そのため道中に魔物が出ても兄はまったく手を出すことなく、僕達が必死になって対応している。ティアは兄の側でにこにこしている。……そのダガーは飾りなのかな?



 森の奥までくると、報告通りまっ黒な魔素溜まりが複数見つかった。兄なら浄化魔法であっさり解決できるけど、経験のためまずは僕が試してみることになった。


「ふぅ……」


 心を落ち着かせるために息を吐く。


 浄化魔法は他の魔法とは違い、魔力の純度が重要になる。ティアがよく影響を受けている魔力の残滓が少ないほど純度が高いと言える。つまり雑念を持たずに魔力を練ることが必要なのだ。


 僕は前に右手を差し出しながら目を閉じ、頭の中で浄化の魔法陣を思い描く。しばらく集中すれば上手く発動できたけど、浄化し終えるまではこれを保たなければならない。


 ……まだ浄化し終えないのか、と考えた途端指先がバチリと弾かれた。目を開けると魔素の黒い靄がまだ少し残っている。失敗だ。


「初めてにしては随分上手かったな。残りもできるか?」


 落ち込みそうなところ、背後で見ていた兄が珍しく褒めてくれた。気分が軽くなって2度目はすんなり発動することができた。


「やった!」


 思わず声をだして振り返るとティアが寄ってきた。大きな紫の瞳が僕を見上げ何をするかと思えば、背伸びをして「よしよし」と頭を撫でられた。……子供じゃないんだから。


「次はティアの番」


 ティアが浄化の魔法陣が描かれた皿状の魔道具持ち、魔素溜まりに向けて立つ。魔道具を使う場合も純粋な魔力が必要だ。

 軽く息を吐き、魔力を練りはじめればすぐに魔法は発動された。ティアを中心に辺りがキラキラと輝く。上質な浄化の光だ。思わず見惚れているうちに魔素溜まりは消え、光もおさまった。凄いな。


 ティアはくるりと振り返り、満面の笑みで兄の元に行く。


「できました!リアン様」


 兄が無言で頭を撫でている。ティアは目を細めて大満足だ。懐いてるペットと飼い主にしか見えない。


 その後は騎士達も加わり、何回かに分けて魔素溜まりを順調に潰していった。



 そろそろ戻るかと思い周囲を見回すと、ティアは赤い木の実を楽しそうに拾っていた。子供か。僕が近づいていくと、ティアの足元が突然光りだした。


 ――魔法陣だ!


 ティアはすぐに動こうとするけど魔法陣が足元に絡みついている。紫の瞳が大きく開かれた。


「ティア!!」


 僕は咄嗟に手をのばしティアの腕を掴む。魔法陣が強い光を放ち、これは転移魔法だと気づいたときには既にティアとふたり、見知らぬ部屋にいた。




「巫女様、よくぞおいでくださいました」


 室内に響く男の声に振り向き、ティアを背中に隠す。声の主は僕を見て顔を顰めた。


「今回の召喚の儀は余計な者がついてきましたな」


 召喚の儀?『巫女』とはたぶんティアのことだ。足元を見ると床に大きな魔法陣が彫られている。条件付きの転移魔法陣か。この部屋そのものが魔道具のようだ。


 僕は素早く視線を動かして周囲を確認する。魔法陣を囲むように十名程、話しかけてきた白髪交じりの男の側には護衛のような者達が8名いる。


 ティアとふたりなら問題なく倒せそうだけど、此処の場所も召喚の目的もわからない。少し様子を見てみようか……。幸い、兄のもとに戻せと暴れだすかと思ってたティアも、僕の後で大人しくしている。


「……何故、僕達を呼び寄せたのか説明をしてほしい」


 僕がなるべく冷静な口調で聞くと、白髪交じりの男はあからさまに面倒そうな顔をした。感情を顔に出しすぎじゃないか?


「ここではなんですから王のもとまで案内いたします。お付きの方もご一緒にどうぞ」


 お付きって僕のこと?……まぁ、真っ白なローブ姿のティアと、森で魔物と戦っていた僕とではそう見えるか。

 それにしても一方的に拉致しておいて随分偉そう、というか油断しすぎじゃないか?僕達が攻撃してくるとは考えないのだろうか……?


 僕の前を背中を見せて歩く男を観察する。薄手だけどハリのある生地でできた緑色のローブのようなものを羽織っている。この国の貴族の格好なのかな。僕が考えていると、後からティアが小さな声で話してきた。


「きっと南方の島の民族衣装だよ。本で見たことがある」


 なるほど。僕達の国のある大陸の周りには小さな島が点在していて、独特の文化を持っていると聞いたことがある。随分遠くまで来てしまってるのか。僕の転移魔法ではふたりで飛ぶのは難しいかな……。

 今頃、兄がきっと探してくれている。それまでティアを守ればいい。


「私もルークを守るよ」


 ティアが呟いた。……もしかしなくても読んでるね!?ティアは魔力の残滓を読む要領で、その気になれば魔力のある者の思考を読むことができる。普段は滅多にしないけど。

 僕が横目でティアを見ると、口元だけで微笑んだ。



 しばらく歩いた先にあった大きな両開扉の向こうは、玉座の間のようだった。広い部屋の奥には豪華な装飾の椅子に座った王らしき男がいる。

 浅黒い肌に赤い髪の小太りの男。その脇には同じ色彩の若い男が立っている。王子か。ふたりともティアをじっと見ている。


 室内に入ると壁際には数十人の男達が立っていた。案内してきた男と同じような服の者と兵士が半々ぐらい。皆黙って僕達を見ている。……感じが悪いな。


 僕がティアを背後に隠すようにしながら部屋の中央まできたところで、ぐらりと視界が揺れた。



 ――次の瞬間、頬に床の冷たい感触がした。目を開けると目の前に白目を向いた男の顔があった。


「うわっ!」


 慌てて体を起こせば、兵士の男がひとり僕の側で倒れていた。咄嗟に兵士達が立っていた壁際を見れば、何故か皆、青い顔をして固まっている。……何だ?兵士達の視線を追って玉座に目を向けると、そこには逆手に持った剣を王に突きつけているティアの姿があった。


 …………なるほど。何となく察したよ。



 ◇ ◇ ◇



 ――――ドスッ


 気づいた時には、目の前に爛々と光る紫の目が迫っていた。顔のすぐ横に刺さった剣が引き抜かれる。少女は剣を逆手に持ち直し、王の首に斜め上から突きつけた。


「私に何かしたら王の首は切れる」


 美しい顔に冷たい表情を浮かべて王を見下ろして言ったあと、壁際に控えている者達へ振り向いた。紫に光る瞳を向けられ全員に緊張が走る。


「様子を見るために大人しくしていたがやめる。ルークにかけた術を解け」


 可愛らしいはずの少女の声は、魔力がのせられ威圧感を感じる。背中に冷汗が流れた。



 ――あの魔法陣は、魔力は高いが従順な若い女を選んで召喚するはずではなかったのか?




 この国は大陸や他の島々と離れた場所にある小さな島国だ。長い間他国と争うこともなく独自の文化を育んできており、魔法はそれほど盛んではないが温暖な気候で住みやすいため、必要な魔道具を揃えることで不自由なく暮らしている。


 それでも魔物を狂化させる魔素溜まりは発生する。しかし浄化の魔道具である『祈りの場』は限られた者でなければ発動することができない。そこで数十年置きに召喚の儀を行い、浄化のできる『巫女』を招くのだ。


 召喚の儀は千年以上の永き間、恙無く行われていた。今回もそうなるはずだった。



 召喚の儀の日、玉座で待つ王のもとに成功の知らせが届いた。だが護衛のような者も共に召喚されてしまったと言う。すぐに罪人を捕まえるための昏倒の魔道具を用意させた。


 玉座の前に招き入れた『巫女』は美しい少女だった。銀色に輝く髪に大きな宝石のような紫の瞳、真っ白なローブからは華奢な肢体が覗いている。

 隣に控えている息子がゴクリと喉を鳴らした。気に入ったようだな。


 それにしても少女を隠すように立つ薄汚い格好の背の高い男。帯刀しておるし面倒そうだ。視線で男を捕らえる指示を出す。


 部屋の中央を歩いてくる男に昏倒の魔道具を向ければぐらりとその体が揺れた。


「ルーク!」


 糸の切れた人形のようになった男の頭を抱えるようにして、少女が一緒に倒れ込む。床に這い蹲り、動かなくなった男の名を呼んでいる。王は兵士のひとりに視線で指示を出してから、少女に話しかけた。


「巫女よ、その男は心配いらん。そなたが役目を終えてくれたら必ず救けてやろう」


 少女を立たせるため、近づいた兵士が手を伸ばす。少女がその手に掴んだ途端、兵士の大きな体がぐるりと回り、肩から落ちて床に転がった。


「なっ……!」


 顔を上げた少女の紫の瞳が爛々と光っている。いつの間にか兵士の剣を手にした少女が、ゆっくりと立ち上がり床を蹴った。次の瞬間には王の耳元で剣の突き刺さる音がした。


 巫女は従順な娘ではなかったのか?




読んでくださりありがとうございました。


召喚したけど思ってたんと違うってシチュ好きです。

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