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3.『取って来い』を目撃する


 16歳になった僕は、魔法使いの家系とは思えない肉体派な外見に成長した。

 日々ティアに付き合い、負けまいと鍛錬していた結果だ。いつの間にか魔法剣士と呼ばれるようになり、騎士達に挑まれることも増えてますます成長中だ。

 ちなみにティアは見た目は華奢なままだ。


 最近僕も家の執務を少しずつ任せてもらえるようになった。侍従から渡された書類に目を通す。……あれ?これ嫡男のするべき仕事だね?

 顔を上げて侍従を見るとわずかに苦笑した。読めないな。兄が自分の仕事を投げてきたのか、両親がそう決めたのか……。どうしたものかと頬杖をつくと、窓の外に兄とティアが見えた。


 白いシャツに黒のトラウザーズ姿の兄の後を、薄桃色のドレスを着たティアがのんびりと歩いている。あれ、どう見てもお散歩中だよね。この書類が僕の手元にある理由はどうあれ、兄はこの状況を喜んで受け入れていそうだ。


 魔法使いの家系である侯爵家の跡継ぎは、優れた魔法使いである兄の方が相応しいと思う。だけど兄は気ままに魔法の研究をしていたいのだろうな。……もしかしたら曽祖父も同じ気持ちだったりしたのかな。


 溜め息を吐きたい気持ちを我慢して遠くに見えるふたりを眺めていると、突然兄が掌大の光の玉を作りだした。


「ん?」


 僕が思わず声を出すと侍従も窓の外に目を向ける。

 兄が軽く手を振ると、光の玉はまさしく光の勢いで我が家の敷地にある森に向かって飛んで行った。それを追ってドレス姿のティアが地面を蹴り猛然と走り出す。


「「は!?」」


 数秒後遠くから低い爆発音が響いてきた。


「「……………………」」


 言葉を失ってると、森の中からティアが跳躍して飛び出してきた。ドレスの裾をはためかせて兄の側に着地し、肩に担いでいたものを無造作に地面に下ろす。ティア、『取って来い』ができるんだね。犬か。それよりも……。


「デザイナー呼んでおいて」


 侍従にそう言い残してふたりの元に向かう。ドレス姿であの行動……、未来の義姉としては不味い。ふたりの行動を制限することは難しいのはわかってるから、ドレスの方を何とかしよう。



「兄上、何かありましたか?」


 僕が声をかけると兄は仏頂面を向けてきた。ティアは瞳をわずかに光らせたまま唇を尖らせている。怒ってるな……。


「変質者の使い魔だ」


 兄が指差す先には魔力網で捕らわれたサル型の魔物が地面に転がっていた。側に落ちている物を拾い上げれば、画像転送の魔道具だった。


「……アイツですか」


「!」


 僕の呟きに反応してティアの瞳から強い光が放たれた。こっちに怒りを向けないでほしい。




 ――最近、僕とティアは社交界にデビューした。ティアは初めは嫌がったけど、エスコート役は兄だと言うと俄然やる気を出してくれた。社交を嫌う兄にも「ティアがいれば女性除けになりますよ」と言えば、渋々だけど頷いた。


 パーティ当日、どうしたって目立つふたりは会場に入るやいなや人々に群がられ、一瞬で不機嫌になってしまった。それでもティアには「兄にエスコートされる女性として相応しいようにね」と囁やけば、終始淑女らしく振る舞ってくれた。


 兄以外の男と話したくないと会話はしないが、淡赤のドレスを身に纏い、大きな紫の瞳を柔らかく細め微笑んでいるティアは可憐で美しい令嬢に見えていた。

 大魔法使いの弟子である可憐な令嬢と縁を繋げたいと思った者も少なからずいたけど、社交界では仏頂面を固定している兄がティアにだけ柔らかく微笑んだ姿を見て、そういうことかと納得したようだった。


 評判を耳にしたティアの生家からも後日手紙が送られてきたけど、兄は封を切ることなく、受け取った途端に燃え上がる魔法をかけて返していた。


 そんな中で、ひとりだけ諦めの悪いヤツがいた。アルバート・サウロス伯爵子息。うちほどではないが魔法使いの家系で、紺色の髪に蒼眼の子息は、兄ほどではないが見目がよく女性達に人気がある。それがティアに縁談を申し込んできたのだ。


 当然断ったけど、「ウェズレイ侯爵家からの返答では本人の意志かわからない。一度ティアに会うまでは諦めない」とあり得ない駄々をこねてきた。

 苛々している兄を見かねたティアが、「それで大人しくなるなら」と一度だけ会うことにした。


 ところがサウロス伯爵子息は、部屋に入ってきたティアに向かって精神魔法をいきなりぶっ放してきた。常に魔力膜で自らを保護しているティアは咄嗟にはね返し、伯爵子息がその場で倒れることになったのだが、魔力に込められた悍ましい欲望に慄いたティアは、数日間兄にしがみついて離れなくなってしまった。


 騎士達が意識のないヤツを伯爵家の馬車に投げ入れるのを、兄と兄にしがみついた状態のティアと一緒に見届けた。


「そいつが目覚めたら二度と顔を見せるなと伝えておけ」


 ティア自ら令嬢らしからぬ口調で言い放つと、青い顔をした伯爵家の従者達は何度も頷き、脱兎のごとく帰っていった。

 その後、サウロス伯爵にも二度と関わらないと約束をさせたというのに、本人は諦めきれず今だにちょっかいを出してくるのだ。

 女性は皆自分を望んでると信じて疑わないヤツのにやけた顔を思い出す。今度は使い魔をつかって盗撮するつもりだったのか……。


 潰そうか?少し物騒なことを考えていると僕の手から兄が魔道具をとった。

 くるくると眺めたあと、「少し調べてから送り返す」とヤツの使い魔を拾い、ぶら下げて歩きだした。


 兄の後をついて行こうとするティアを手で制する。あからさまにむっとされたけど、にっこりと微笑んだ。


「さっきその姿で森に飛んでいくのを見たよ。……兄の側にいたいなら相応しい格好をしないとね」


 指摘されれば不味かったとは思ったのだろう。大人しくついてきた。

 その後デザイナーと話して、どんなに動いても足が見えないようドレスの中に着るものを用意することにした。

 ティアがダガーを隠し持てるドレスが欲しい言いだし、スカートの前後の身ごろを深く重ね、いざというときに手を入れられるものも作ることにした。


 ティアは常時ダガーを身に着けられるようになって何故かご機嫌だ。そんなものがなくても、いざとなれば拳でいけそうな気もするんだけどね……。



 ◇ ◇ ◇



「いい加減鬱陶しいな」


 自室に戻ったリアンはサウロスの使い魔が持っていた魔道具を手に呟いた。これで何を盗み見るつもりだったのか……。潰すのは容易いが、それでは面白くないな。


 考えているとノックもせずに扉が開き、ティアが入ってきた。思ったよりも機嫌がいい。


「リアン様、ルークが新しいドレスを作ってくれるんです」


 ドレスを喜ぶなんて珍しいな。何かあるのか。まぁ、ルークが絡んでればおかしなことにはならないだろう。


「そうか。よかったな」


「はい!楽しみです」


 ティアはにこにこしてリアンの隣に腰を下ろしたが、手にある魔道具を見て顔を顰めた。


「あの人本当に気持ち悪いです。会ったあとしばらく嫌な夢を見てよく眠れなかったです」


 リアンが落ち着かせるよう空いてる手で頭を撫でると、ティアは嬉しそうに目を細める。

 なるほど悪夢か……。ニヤリと笑って立ち上がった。


「とりあえず悪夢を見せる魔道具でも送りつけておくか」


 続き部屋から小さな魔道具を持ちだし、認識阻害の魔法をかける。眠っている使い魔の首にそれを着けてから短く呪文を唱えると、目を覚ました使い魔は窓を開けて外に出ていった。


「あれ、リアン様の使い魔にしたんですか?」


「するわけ無いだろう。少し命令を上書きして、主人が眠ったときは近くで見守るようにしただけだ」


 それを聞いてティアが嬉しそうに笑う。


「素敵です。リアン様」


 リアンも満足気に微笑んだ。




 それからサウロス伯爵子息は謎の悪夢に悩まされることになる。呪いを疑い調べるが原因はわからず、慢性的な寝不足で自慢の美貌は輝きを失っているそうだ。




読んでくださりありがとうございました。

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