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1.前世英雄な兄を持つ僕の直感

よろしくお願いいたします。


 僕の兄は大魔法使いだ。しかもただの大魔法使いじゃない。70年程前にこの世界を救った英雄の記憶を持っている。


 それまでの世界は長い間、魔界からの侵略に怯えていた。遠い昔、ひとりの魔族が小さな魔核をこの世界に植えつけた。初めは誰も気づかないほど小さかったそれは、少しずつ世界の悪露を溜めることで大きくなり、気がついたときには取り返しのつかないほど大きく禍々しい黒い塊となっていた。成長した魔核は空間を歪ませ、魔界を繋がる亀裂を作ろうとしていた。

 亀裂が開いたら魔界から大量の魔族が襲ってくることは目に見えている。世界中の魔法使いや識者が研究を重ねあらゆることを試したけど、魔核に悪露は集まる一方だった。


 世界中が諦めの空気に沈んでいた時代、ひとりの大魔法使いが「世界の声を聞いた」と言い残し、一匹の使い魔を連れてふらりと出ていった。程なくして世界から魔核は消滅したが大魔法使いは帰らず、彼は英雄となった。


 英雄の名は『アーロン・ウェズレイ』。僕、ルーク・ウェズレイの曾祖父の兄だ。


 僕は侯爵家で一番大きな肖像画を見上げる。漆黒の髪に宝石のような赤い瞳の若く美しい男性が、丸々と太り羽の生えた兎を肩に乗せている。

 あの兎型の使い魔、描くときに何とかならなかったのかな。見るたびに思う。けど曽祖父の残した手記にも『兄は戦闘能力のない何とも美味しそうな兎の魔物をいつも連れていた』と書いてあるそうだから、画家は忠実に描いたんだろう。


 僕の6つ上の兄リアンは見た目も英雄にそっくりだ。丹精込めて作られた人形のように隙きの無い美貌に魔力の高さを表す漆黒の髪。……完璧な見た目に反して中身は少し変わっているけど。


 兄に前世の記憶が甦ったのは突然だったらしい。僕が生まれる前、5歳だった兄が庭で母と遊んでいたときのことだ。無邪気に走り回っていた兄が突然動きを止めた。心配して顔を覗き込んだ母に、兄は可愛らしい顔を歪ませ、赤い瞳を魔力で染めながら言ったそうだ。


「私はついさっき死んだと思ったんだが、お前は誰だ」


 母はそのまま倒れてしまった。


 しばらくすると兄も落ちつき、リアンとしての記憶も思い出したそうだ。けど5歳の意識は成人した大人に勝るわけはなく、よく笑う無邪気な子供だったリアンちゃんはやけに落ち着いた5歳児になってしまった。


 それからは兄は大人にまじって魔物の討伐に行くようになった。記憶が戻った途端に魔力も跳ね上がったらしい。それでも危険はあるし怪我をすることもある。


 12歳になった兄が、服を血に染めて帰ってきたときに母と出迎えた僕は思わず聞いてしまった。


「兄上は戦うのは怖くないのですか?」


 兄はまったく意に介さない顔で言った。


「一度死んでるからな」


 言い方ってあるよね。僕の隣で不安そうに顔を白くしていた母は小さな悲鳴をあげて倒れた。兄はそれを見て目を丸くしている。


 ああ、兄はめちゃめちゃ強いけど、人としてはいまいちな人かもしれないな……。6歳の僕は思った。


 僕にはその程度だったけど、母はそれから明確に兄と距離を取るようになった。自分の息子という感覚が失われたように見えた。兄もそんな母に近づくことはしなかった。


 兄は見た目が綺麗だから気づかれることが少ないけど、あまり物事を深く考えない方だ。いや、魔法については考えているかも。けどそもそも「世界の声を聞いた」ってふらりと出ていっちゃうなんて短慮すぎるよね?残された家族になんかあっても良かったよね?『世界の声』なんていまだに各国の研究対象らしいよ。


 英雄アーロンについて知るため父に頼んで読ませてもらった曽祖父の手記は、ある日突然『英雄』の弟となり、嫡男としての役目を負うことになった困惑から始まっていた。

 偉い人達に『世界の声』について長いこと探られたのも悩みだったみたいだ。「知らないものは知らない」と何度も繰り返し書かれていた。


 せっかく本人の記憶を持つ兄が目の前にいるのだから聞いてみよう。


「兄上、『世界の声』ってなんですか?」


「知らん。魔核をどうにかできないか考えてたら聞こえてきた」


「どんなふうに?」


「頭の中に」


「……どうしてそれが『世界の声』だとわかったんですか?」


「何となくだ」


 やっぱり何も言わずに出ていった方が正解だったかもしれない。魔核を消滅させる前に聞いたらきっと全員が止めてた。

 僕は溜め息を吐くけど、兄は気にもせずに窓から外を眺めている。前世の兄が守った景色だ。

 世界は兄に何を言ったんだろう?自分の命を引き換えにすることは知っていたのかな。


「兄上、僕は魔核に怯えてた時代を知りません。けど僕達を守ってくださってありがとうございます」


 僕が見上げてそう言うと、無表情のままの兄に頭がハゲるんじゃないかと思うくらい撫でられた。手に魔力が込められてたのか、僕の髪はしばらくの間ツヤツヤになった。




 兄が17歳になったある日、汚い布の塊を抱えて帰ってきた。よく見ると細い足がぶら下がっている。どうやら人みたいだ。


「拾った。洗っておいてくれ」


 メイドが驚きながらも受け取ると、それは小さな痩せた女の子だった。汚れた灰色の髪の間から光る紫の瞳が、離れていく兄の姿を無言で追っている。魔力が高い魔法使いは瞳が光ることがあるのだ。……この子大丈夫?

 僕が顔を覗き込むと魔力を抑えたのか瞳が淡い紫色になった。よかった、敵意はないみたいだ。


「いろいろ聞きたいことはあるけど、とにかく綺麗にしてあげようか。怪我とかもしてないか確認して」


 説明不足な兄にすっかり慣れてしまった僕達はとりあえず動きだした。


 しばらく待っていた僕はメイドから報告を受けた。汚い布だと思っていたのは貴族が着るようなドレスだったらしい。体には鞭で打たれたような細い傷痕が重なるように無数についていて、長い間暴力を受けていたと思われるそうだ。

 虐待を受けてたかもしれない貴族令嬢か……。面倒だけど放ってはおけないな。話を聞くとしますか。


 僕が部屋に入ると、白いワンピースを着せられた女の子は姿勢良くちょこんと椅子に座っていた。灰色だと思った髪は輝く銀色で、こちらを見る紫の瞳は大きなアーモンド型、小さな形の良い鼻にぷっくりとした唇……、痩せすぎてるけど結構な美少女じゃないか。

 出されたお茶に手をつけた様子もなく、警戒と緊張が伝わってくる。


「話をしてもいいかな?僕は君をここに連れてきたリアンの弟のルークです」


「リアン様……」


 うん、僕の名前はスルーしたね。


「君の名前と年齢を聞かせてくれるかな」


「……ティアです。11歳です」


 家名は言わないみたいだ。それに年下だと思ってたけど同じ年だった。ちゃんと食べさせたほうがいいな。


「どうして兄に出会ったのかな」


「道で気持ち悪くなって、我慢できなくて蹲ってたら、拾われました」


 本人も拾われた認識なんだね。受け答えもしっかりしてるしこれ以上は兄に聞いてからかな、と考えてたら兄が扉を開けて入ってきた。

 兄を見た途端、ティアの瞳が紫に光りだし周囲に緊張がはしる。けど魔力を向けられた兄は面倒臭そうに顔を顰めただけだった。


「お前、私の顔を見るために魔力で視力強化するな」


 え?そのために眼が光るほど魔力を込めてるの?

 ティアは瞬きすることなくこたえた。


「いけませんか?リアン様」


「鬱陶しい」


「もうしません。リアン様」


 ティアはあっさりと魔力を引っ込めた。このやり取り……、兄と同じ種類の人間かもしれない。


 兄は頷きながらティアに近づき、額に指先で触れた。ティアの体を淡い光が薄い膜のように包み込む。


「これで楽になったはずだ。自分でできるようになるまではここにいていい」


 ティアはぽかんとしたあと、おずおずと両手でテーブルに触れ目を輝かせた。


「ありがとうございます!リアン様!お役に立てるよう頑張ります!」


 ぴょんと椅子から下りて兄を見上げるティアは兄の腰の高さくらいしかない。なのに何故か僕はこのときのふたりを見て思った。


 ――ティアは僕の義姉になる人だ。


 僕以外の家族に距離を取られ、世界のために亡くなった記憶のある兄は、唯我独尊な雰囲気があるからごまかされてるけど、本当は孤独なんじゃないかと感じていた。


 僕はティアをそこそこに応援することに決めた。



 ◇ ◇ ◇



「リアン様、リアン様、私も戦えるようになれますか?」


 ティアはリアンのすぐ側まで近寄り、首を後に倒して無表情のまま見上げる。


「……魔力制御ができるようになれば自ずと戦い方がわかるだろう。まずは基本的なことを学べ」


 愛想の欠片もないリアンの言葉にティアは僅かに口角をあげた。


「わかりました。リアン様。私もリアン様と共に戦えるように頑張ります」


「まだ先の話だな。それまで怪我しない程度に頑張るといい」


 頭を撫でてやると、うっとりと紫の瞳を細めた。






読んでくださりありがとうございました。

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