ウィルネリアの独白
わたくし、ウィルネリア・エーランドには物心ついた時から大好きで大好きで仕方がない方が2人いらっしゃいます。
一人はティシアニアお姉様、もうお一人は我が国の王子であらせられるクリフォード殿下です。
エヴァン様も素敵な方だとは思うのですが、先のお二人は別格です。
お二人は美しく、賢く、でも人間味もあり、清濁合わせ飲める強さのある、わたくしから見てもお似合いのお二人で、憧れで、幼い頃はお二人の結婚式で姉のベールを持って歩くのがわたくしの夢でした。
クリフォード殿下の立太子の直前、姉が病に倒れました。
命に別状はないのですが、長時間立つどころか起きあがるのも時には辛そうで、そしてそんな姉を王太子の婚約者にするわけには、と家中がひっくり返ったような騒ぎになった事を覚えています。
家格や政治バランスを考えた結果、「我が家」の娘であれば良いという結論から恐れ多くもわたくしが婚約者となりました。
代替品と陰口を囁かれる事もございましたが、事実なのでそれは何とも思いません。
しかしながら、取って代わられた姉が「代替品以下」と蔑まれる事だけは耐え難かったわたくしは、死に物狂いで王太子妃教育に努め、少しでも見目良くしようと努めました。
私を通して家の、お姉様の評価を守るために。
そんな中、殿下との月に一度のお茶会が日々の癒しでした。
最初のうちは、ここに座るべきは姉なのに、とそればかり考えておりました。
しかしながら、クリフォード殿下の機知に富んだお話や優しいお人柄に触れるにつれ、段々とお茶会が楽しい時間に変わってまいりました。
……お茶会そのものだけでなく、殿下への私の心持ちが変わるのにもそう長くはかかりませんでした。
殿下と姉との間に、まだ手紙のやり取りがあるのは存じておりました。
もともとお似合いで、わたくしも大好きだったお二人です。
結婚するまでは見ないふりをして、まずは完璧な婚約者として振る舞おう。結婚してから男女としての仲も温められれば……
そう思っていた矢先の出来事でした。
父が、母が、姉を不憫に思い婚約者に戻せないか画策している事を知りました。
姉は何度も「そのつもりはない」と両親を説得しました。わたくしにも使用人たちにも見える場所で何度も宣言しました。
しかし両親は、わたくしに言うのです。
「あれはティシアニアの照れ隠しだから」
「ウィルネリアは良い子だから、やるべき事だけやっていてね」
「殿下のお心がどこにあるのか、常に考えてわきまえねばいけないよ」
姉との接触をほとんど禁じられ、学園と王太子妃教育と人脈作りのお茶会に夜会、自室でも予習復習……
ゆっくり考える隙のない生活の中で、両親の言葉がじわりじわりと頭の中に染み込んできて、どっぷりと浸かってしまってからしばらく経った頃。
「ツェンバン国か。我が国とあまり交流は無いが、ちょうど私達が幼い頃に神話物語が流行っていたな。私も例に漏れず好きでよく読んでいた」
ウィルネリア嬢は読んだかい?とクリフォード殿下は私にお話ししてくださいました。
殿下がご自身の事をお話ししてくださったのは久しぶりで、胸が躍りました。
同時に常にわきまえろ、という両親の言葉が頭の中に勝手に響き渡ります。
(わきまえれば……いいのよね?後でちゃんとお姉様に座をお譲りするから、今だけは少しでも殿下と過ごす時間を殿下にとってよいものにして差し上げたい)
ですが、それは過ぎた願いでした。
わたくしが殿下にして差し上げたいと思うことをすればするほど、殿下はご令嬢にお言葉を授けました。
特定の方にするわけではなく、また頻度も低いものでしたが殿下のお気持ちにはすぐに思い至りました。
何故なら、殿下がお言葉を授ける令嬢方はお洒落やダンス、詩といった私が苦手なものが得意なご令嬢ばかりだったのです。