話し合い
それからもウィルネリアの気が引きたいクリフォードは色々と試したが、あまり成果はなかった。
プレゼントも、お茶会以外のデートも、どんなことをしてもウィルネリアの表情は崩れない。
彼女の行動の端々からクリフォードへの思いやりを感じることは多々あったが、どうしても表情だけは崩れなかった。
これまでは些細な出来事を歓びとして捉えてきたクリフォードだが、それが続くとどうしても欲が出る。
彼女の素が見たい、何を考えているのか、自分のことをどう考えているのか…
そうして今までやってきたこととウィルネリアの反応を反芻したクリフォードは余計なことに気づいてしまった。
ウィルネリアの反応が一番わかりやすかったのは、ほかの令嬢を褒めた時だったという事に。
一週間後
「殿下、エーランド侯爵令嬢から近日中にお時間をいただきたいとご連絡を頂戴しております」
学園から下校して王太子用の執務室に入って早々、従者であるエヴァンが切り出してきた。
クリフォードは思ったより早かったな、と思いながら了承の意を返す。
この一週間、クリフォードは他の令嬢を褒めまくっていた。
色々な令嬢に対し、「その髪型は珍しいが君によく似合っているね」「君のダンスは本当に洗練されているね」「君の詩は情景が浮かんでとても素晴らしいね」などなど……
噂にならない程度に、しかしいつもより多く令嬢を褒める。そんなクリフォードの姿に学園内でも側仕えしているエヴァンも口端を引き攣らせ始めていたところだ。
ウィルネリア本人ももう少ししたら不満を言ってくる頃だろうと、クリフォードも思っていたところだった。
(さて、どうなるか……)
翌日。ちょうど予定が空いていたクリフォードは、私室続きの応接間でウィルネリアと座って向かい合っていた。
先ほどメイドが淹れてくれたお茶が華やかな香りをたてている。しかし残念なことに2人の間に流れるやや固い空気を和らげるには力不足であった。
挨拶を済ませたウィルネリアは、恭しく口を開く。
「殿下、恐れながら申し上げます」
クリフォードとウィルネリアの、空色と海色の瞳がしっかりと合う。
「数多の令嬢にとって、殿下の目を楽しませ心を慰める事は大変栄誉なこととは存じます。が、重過ぎる荷を載せては馬車も壊れます。どうかどうか、お言葉をお心に留めてはいただけませんでしょうか」
「──は?」
ウィルネリアの言葉に、クリフォードは正直にいって苛立った。目の前が少し赤くなったような気さえした。
今は人払いし、エヴァンもウィルネリアの筆頭侍女も控えの間で待機している。完全な2人きりである。そのせいもあって、クリフォードの方が先に素を出し始めていた。
「つまり何か?君は、ウィルネリア嬢は私が他の令嬢を見て、褒め称えているのを表に出すなと?それだけでいいと?」
湧き上がる苛立ちを抑えきれなくなっているクリフォードを見ても、ウィルネリアの表情は崩れない。しかし、よくよく目を凝らせば膝に美しく乗せられていたはずの手指に力がこもっている。
「差し出がましい事を申し上げているのは重々承知です。大変申し訳ございません。しかしながら殿下のお言葉一つ一つが我々臣下にとって尊く重きものなのです。どうかお聞き届けを…」
ウィルネリアは視線を外さない。表情を崩さない。手指の強張りさえ一瞬のうちに直ってしまった。
それでも、クリフォードにはなんとなく分かってしまった。
(ああ、怯えさせたい訳じゃないのに)
ウィルネリアの動揺する姿は見たかったが、こういう形ではない。正直なところ更に苛立ちは募っていたが、そもそも自分が仕掛けたことが発端なくせに、思っていた反応と違うと腹を立てるのはいかがなものか。
クリフォードは深呼吸し、なんとか気持ちを落ち着かせて言葉を探す。
「ウィルネリア嬢、どうか教えて欲しい
君は、君自身は、どう思った?」