帰り道
結論から言えば、今回の観劇はいろいろな意味でクリフォードにとって最高だったと云う他なかった。
ウィルネリアの装飾品の件もそうだが、演目そのものも素晴らしい。
冒険活劇風の演目にかなり熱中してしまったらしいクリフォードの手は、幕間になるころにはじっとりと汗をかいていた。
せっかくなので幕間は社交場でリラックスしていたクリフォート達だが、そこでさらに嬉しい出来事が待っていたのだ。
「ウィンザー伯爵令嬢に感謝せねばならないな」
帰りの馬車でウィルネリアを送っていく最中、クリフォードが思わずといった形でポツリと零す。
「……彼女も殿下のお力になれて望外の喜びでしょう」
ウィルネリアは視線をクリフォードに向けたまま、口元を扇で隠した。
表情は相変わらず崩れない、完璧な笑みである。が、このタイミングで口元を隠すという事は動揺したと自白しているようなものである。
おそらくは――照れ隠し。
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社交場で出会ったウィンザー伯爵令嬢とその婚約者である侯爵子息は、クリフォードの友人でもある。
正確には友人である侯爵子息と、その婚約者といった方が正しい間柄だ。
幕間中の休憩と社交を兼ねて社交場にいた彼らと、クリフォード・ウィルネリア両名が挨拶し、談笑するのはごく自然なことだった。
そして話題が観劇中の演目についてになることも、ウィンザー伯爵令嬢がとても楽しそうに、今回観劇しに来た理由を話したのも当然と言えば当然の流れだ。
「今回の戯曲、ツェンバン国の神話物語を基に、編纂者が考えた“その後”の物語が原作になっているんです。それを知ってからというもの、とても興味がありまして…」
それを聞いた瞬間、クリフォードがウィルネリアに視線を向けることはなかったが、気配だけでも探ろうと集中したのもまた当然だ。
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今回の観劇は、王家からエーランド侯爵家、ひいてはウィルネリアへのお詫びを兼ねたものである。
なにかしら観劇することは確定していたが、演目の選択権はもちろんウィルネリアにあった。
それなのに彼女はクリフォードが幼いころ好きだったと、つい先日何かの拍子で軽く話しただけのそれを、今回も大切に大切に扱ってくれたのだ。
クリフォードは内心とんでもなく胸を躍らせていた。
王族として表情を表に出すことの無いよう教育を受けていないただの貴族だったら、間違いなくにやけていただろう。
「ウィルネリア嬢」
上昇した気持ちのまま、クリフォードの空色の瞳がウィルネリアをしっかりと捉える。
いつもだったら言わないであろう言葉が、気持ちに任せてどんどん出てくる。
「ありがとう、今回の観劇もとても素晴らしい時間だった。
演目そのものもとても楽しめたし、かの国の神話物語の要素が随所に散りばめられていて、とても有意義な時間だった。
この演目を選んでくれて、一緒に見てくれて本当にありがとう」
そういえば、とクリフォードは内心ひとりごちる。
こんな風に目を見て、王太子としてではなく一人のクリフォードとして、しっかりと気持ちを伝えるのは本当に久しぶりかもしれない。
そしてそれでもウィルネリアの表情は完璧な笑みから崩れない。
少し前のクリフォードならここで少しいじけていたところだが、口元は扇子で隠れたまま、目じりがいつもより自然に細まっているように見えたので良しとしようと思ったのだった。
なんか締めっぽいですがもうちょっとだけ続きます