ある晴れた日
まだ書いてる途中なのですが、投げ出さないようにの戒めを込めて投稿します。
3話程度の短いお話にする予定です。
1話だけでもそれっぽい短編風に読めると思います。
「殿下、エーランド侯爵令嬢とのお茶会にお出しする予定の茶菓子とお茶のリストでございます」
王城の一角。王太子用にあてがわれた執務室で従者から提出されたリストを、デスクに座る白金髪の青年が慣れた様子で受け取る。
目が覚めるような美しい空色の瞳が、リストに書かれたお茶会に供される予定の品目一覧を確かめていく。
この国の王太子であるクリフォードと婚約者であるエーランド侯爵家令嬢のウィルネリアの交流を目的としたお茶会ももう8年目。
月に一度のそれと同じくらい、このリストの確認もクリフォードにとっては生活の一部となっていた。
品目の最終確認は本来主催側の女主人たる王妃の役割だ。
しかし品目を把握することはもてなす側として出席する以上最低限の礼儀であると考えるクリフォードは、ウィルネリアとのお茶会時には必ず自分でも目を通すようにしていた。
「見慣れない茶葉があるな、エーランド侯爵家からの持ち込みか?」
稀に王太子妃教育の一環としてウィルネリアが全ての品目を決める時もあるが、今回は王妃が担当のはずだ。
しかし、普段の王妃であれば選ばないであろう茶葉が含まれていた。
幼少期からの従者であるエヴァンが恭しく応える。
「はい、エーランド侯爵令嬢よりの申し出を王妃様が受け入れてくださいました」
「詳細を聞いてもいいか?」
一見義務的な作業だが、これがなかなか面白くやりがいがある。月に一度なので旬の食材や茶葉について…正確には産地や輸出入ルートなどがそのままお茶会の話題にできるし、品目を決めている王妃からの宿題なのか近隣諸国の伝統茶菓子が供されることもあり、マナーや食文化の勉強にもなる。
王太子・王太子妃教育の課外授業としても意味のあるお茶会とリスト確認を、クリフォードは密かに楽しみにしていた。
「前回のお茶会で殿下が興味を持たれていた国の茶葉でございます。我が国とは細々とした物品の交易しかございませんが、エーランド侯爵家が独自ルートで入手したので是非にと……事前に茶葉はお預かりし、毒見も済んでおります」
「珍しいな、ウィルネリア嬢がそこまでするのは」
ウィルネリアとの仲は男女としては最低限といっていいだろう。
交流のお茶会では使われている食材の産地や流通ルートについて互いの知識・見識を深め合い、焼菓子やケーキなどの制作工程を通して保存方法などの技術革新について語り合い、時には女性特有のルートでウィルネリアが仕入れてきた「噂話」を慎重に吟味する……彼女と過ごすお茶会はそんな、まさに王太子とその婚約者らしい「実務的な」ものであった。
貴族の子息が集まる学園の同級生でもあるが、国の方針としてなるべく異なる人脈を得ることを期待されているので学園での接触はほぼ無い。
政務のパートナーとしては信頼のおける理想的な女性だが、婚約者としての関係は淡白……それがクリフォードから見たウィルネリアの評価だった。
「前回のお茶会……前回のお茶会か。茶葉の名前からしてツェンバン国のものか。そんなにウィルネリアが気にするようなことを、私は話していたか?」
驚きのあまり執務中だというのにすこし口調が砕けたクリフォードに苦笑しつつ、エヴァンも合わせて従者ではなく乳母兄として応える。
「多分ですけど、殿下が子どもの頃ツェンバン国の神話物語の本がお好きだったってお話はされてましたね」
「それは覚えているが……何かの拍子に軽く話しただけだぞ?」
「その『何かの拍子で軽く話した』事が重要なのかと」
「どういう事だ……?」
クリフォードが訝しげな顔で続きを促すと、エヴァンは訳知り顔で話す。
「クリフォード殿下がご自身のことをお茶会でお話しされるのは、久方ぶりだったということです」
私も少し驚いたので印象に残ってましたよ、とエヴァンが付け足して話すのを聞きながらクリフォードは椅子の背もたれに寄りかかり脱力した。
「──ずっとウィルネリアが優等生然とした振る舞いをしているから淡白な関係になっていると思っていたが、俺も大概だったか……」
すっかり素に戻り反省しつつ考え込んだクリフォードは、ふと思い浮かんだ疑問を口にする。
「彼女にはあまり好まれていないつもりだったのだが、つまりある程度は好意的に思われているのか…?」
そして迎えた王太子クリフォードと婚約者であるエーランド侯爵家令嬢ウィルネリアのお茶会当日。
中庭にセッティングされたティーセットや煌びやかなお菓子たちが晴れ渡る陽の光に照らされて輝く。初夏ならではの美しい光景である。
クリフォードはある程度いつもの“交流”をしたところで、いつもと少しだけ違う話題をすることにした。
「そうだウィルネリア嬢。この茶葉を用意してくれたのは君なんだってね、ありがとう。
かの小説の登場人物たちもこのお茶を飲んでいたのかと思うと、少し童心に帰って楽しい気持ちになれたよ」
クリフォードが晴れ渡る空のような美しい瞳を細め微笑む。
「殿下のお心をわずかでも慰めるお力となれたなら、望外の喜びです」
淡い紫色の髪と深い海のような蒼色の瞳をした美しい少女ウィルネリア・エーランドは、一切の隙のない完璧な笑顔で答えてみせた。
(ここまでは想定内だな……)
クリフォードは、この完璧に作り上げられた令嬢ウィルネリアの“素”が見てみたかった……というか、せっかく婚約しているのだから相手が自分をどう思っているのか知りたかったし可能な限り良い関係も築きたいと常々思っていた。
そのためには今回ウィルネリアが見せた兆しは逃せない。
クリフォードはいつになく鷹揚に、ウィルネリアに向き合った。
「そういえばウィルネリア嬢、先日友人から聞いたんだが―」
(ここからはいつもと全く違う話題をしようじゃないか)
「―最近下位貴族の間で、髪に編み込むリボンの色味を一本だけ変えるおしゃれが流行しているらしいな。
私もコリウス男爵令嬢を始め何人かがしているのを生徒会で見かけたが確かに目を引く。君たちの見解を聞いてもいいかい?」
一瞬、ほんの瞬く間だがウィルネリアの動きが止まったのをクリフォードは確かに見た。
ちなみに“君たち”というのはウィルネリアが人脈を広げている上位貴族令嬢の界隈のことである。
つまり表向きには「下位貴族の間で流行っているおしゃれに対して上位貴族令嬢のとりまとめ役である婚約者に意見を求めている」という言い回しになるが、名指しで褒めるということは要するに“あの子が可愛かった”と言っているのと同義である。
正しく意味が伝わったのであろうエヴァンと、ウィルネリアの筆頭侍女の表情もやや硬い。
婚約者の目の前で他の女性を褒めるなどはっきりいって失礼極まりない行為だが、彼女はどんな反応を見せてくれるのか……?
クリフォードが胸躍らせていると、ウィルネリアは扇で口元を隠しながらも優雅に笑む。
まるですべての男を虜にしようとするような寒気を覚えるほど美しい笑みだった。
「殿下の目を楽しませることが出来、彼女たちにとっては大変栄誉なことでございますね。
彼女たちがよく身に着けております品は、カラブ伯爵家領の綿花を──」
完璧すぎる笑みを浮かべながら、原材料の産地から取り扱う商会、流行りの火付け役は誰だったかなどウィルネリアはどんどん言葉を重ねていく。
その様を見て、クリフォードは顔に出さずともいささか驚くと同時に反省していた。
(怒っているなこれは……)
ここまで露骨に聞かれたことに答えず、論点をずらそうとするウィルネリアを見たのは初めての気がする。
もしかしたら怒らせるまではしていないかもしれないが、少なくとも動揺させたのは確かだろう。
(しかし、それはつまり我が婚約者は俺が他の女性を褒めることを厭うということだ)
反省はしている、が、得難い気付きがあったのも事実。
(──つぎはどうやって揺さぶってみようか)
お読みくださりありがとうございます。続き頑張ります!