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千尋

作者: 雨宮吾子

 彼方の海面から突き出ている第一火星ビルを眺めながら、物思いに耽る。異なる星の欠片とされるその物体の大きさに私は戦かざるを得ない。過去に起こった大戦という出来事の遺物とされる第一火星ビルは、気の遠くなるような大きさをしているというのに、私の目に映るものはその一部にしか過ぎないという。その大きさ、また意味も実態も知らない大戦という言葉の響きが私の心を揺さぶる。その恐ろしさを大切にしなければならないと教えられて私は育った。教えてくれた人の顔も今ではもう思い出すこともできないというのに、その言葉だけが色濃く私の脳裏に焼き付いている。

 第一火星ビルは私の幼い頃からそこに存在していた。しかしその物体がどうして第一火星ビルと呼ばれているのか、そしてその意味の真髄さえも分からない。この地区の首長やその他の人々は――彼らの生まれる前からやはり第一火星ビルは存在していた――当たり前のようにその名を呼ぶけれど、しかし誰もその意味を知らないのだ、そのことを恐ろしく感じはしないのだ。目や耳から身の内に入り込んできた言葉が積み重なって、誰もそのことを不思議に思わない。そのことが私にとってはまた恐ろしい。

 矛盾するようだけれど、私は海を愛している。海は最も古い時代から存在しているとされていて、私たちの暮らしに当たり前のように寄り添っている。そのことを人々は不思議に思わない。この場合は私も例に漏れず、海というものを手放しに受け容れている。だから矛盾するようだと言ったのだ。

 今、海風が吹いた。時に優しく、時に激しい海風は、今のところは優しく私の身体を包んでくれている。それが私のたった一つの幸福なのかもしれないと時折思ってしまう。ところで第一火星ビルは、たまに大きな音で鳴くことがある。鳴くといってももちろん生物ではないから、海風に揺られてその甲高い音を鳴らしているのだ。同じ甲高さでも丘の上の鐘とは大違いで、やはり私には恐ろしく感じられる。だというのに、私はどうしてもこの海辺に来てしまう。私は身の内の矛盾を処理することができないまま、今日もただ海風に抱かれている。

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