2-13 山荘探偵
小布施町から長野市に移動して、長野駅のすぐ横のホテルに到着。
ホテルの予約サイトで高い部屋がすごく安くなっていたということで、俺の部屋もシングルルームながら縦でも横でも寝られるような広いベッドだ。
夕食は駅ビルのソースカツ丼屋で手早く済ませた。俺は長野名物のソースカツ丼で、有里子さんは馬刺し丼。
それから同じビルのスタバで、山荘探しの続きを始める。
有里子さんのMacで、あらためて建築家と山荘名などを使って検索をしてみる。ほとんどが建築家のインタビューとか、おそらくはきちんと取材させてもらった記事とかで、その数もさほど多くはない。
それ以外では、ひとつだけ建築マニアらしい人が外から眺めたという写真があり、もうひとつ、ある建築家が工事業者に連れて行ってもらった、という写真入りのブログがあった。両方とも有里子さんの印刷した資料に入っている。
見つけ出せる可能性はまったくゼロというわけではないようだ。
とはいえ、スタバでの2時間の作業で、何か新しい手がかりが見つかったというわけでもない。
ホテルに戻ると、有里子さんが自分の部屋で続きの調査をしようと言う。
「いや、でも」と、俺はためらう。
ホテルの部屋にふたりきりはヤバイっすよ。いくら男に興味がないとはいえ、未成年の男の子を部屋に連れ込むのはマズイっしょ。
だけどこういうときの有里子さんはけっこう強引で、有無を言わせない感じ。それに、有里子さんにそんな気がないのは明白で、気にしているのは俺だけだ。
部屋の壁に沿った横長の机で並んで作業をする。
美那もそうだけど、こういうときに平気で顔を近づけたりしないでほしいよ。いい匂いするし……俺だって、一応、男なんだから。
ただ作業に没頭し始めると、そんなことも気にならなくなる。山荘の写真は限られているけど、何度も見ていると、何かが見えてくる。
「しらかば……」と、俺がつぶやく。
「白樺?」
「この山荘の写真に写っているのって、白樺の木ですよね?」
「そうね。でもあの辺りって、白樺湖もあるし、珍しい木じゃないんじゃない?」
有里子さんはそう言うけど、んー、なんか気になる。走ってる時、どっかで見たよな? どこだっけ?
「そうだ! 昨日、音楽堂から写真展のやってた美術館までに行くまでの間にちょっとした白樺林があった‼︎」
「だとすると、あの別荘地とは八ヶ岳の反対側、東側の斜面よね」
「ま、そうですね。そっち側は別荘地はないんですか?」
「そうか。たぶんあると思うわ。わたしは八ヶ岳山麓の別荘地は、この間行った蓼科の辺りだとばかり思い込んでた。確かに八ヶ岳の東斜面の可能性もあるかもしれないわね。可能性も広がったけど、探すエリアも広がっちゃったわね……それに蓼科の方も白樺はあるから、反対側に絞るにはそれだけじゃ弱いわね」
また、手詰まりか。もう10時を回っている。
「どうしようか。やっぱり無理かな……このままじゃ、明日またあの別荘地に探しにいっても、干し草の中から針を探すようなものよね。今回はもう諦めようか」
むむ。カイリーユは足が地面に着くまではシュートを諦めませんよ、有里子さん。
「じゃあ、そのファイルを貸してください。自分の部屋に戻って、もうちょっとだけ見てみます」
「そう? じゃあ明日は10時ごろ出発しようか?」
「了解です!」
有里子さんはホテルの朝食があまり好きではないらしく、9時にロビーに集合で、外で朝飯を食ってからチェックアウトすることになった。
部屋に戻って、とりあえず、美那にメッセージ。蒼山さんがいないことは伏せておこう。
<――今日は早めに仕事が終わって、小布施町というところに葛飾北斎の浮世絵を見にいった。お寺の天井に描かれた鳳凰図ってのがすげえ迫力で、自分自身が問われているような気がした。けど、何を問われているのかは不明。
美那からすぐに返信がないので、ハンドリングの練習をしてから、有里子さんのファイルを再びめくる。
別の建築家のブログは、山荘の写真だけではなく、行くまでの道の風景とかもあるけど、冬の写真だし、とくに特徴がある感じでもない。だけど、山荘の建築家・元山道哲さん本人が関わっていない情報としては、もっとも情報量が豊富だ。
なんか、ねえかな?
煮詰まってきたし、時間も遅くなったので、とりあえず風呂に入る。
足の伸ばせる浴槽に浸かって考えても、いい考えは浮かばない。
風呂から上がると、美那からメッセージが来ていた。
――>リユの家のお風呂に入ってた。
おい、また、俺ん家に泊まってんのかよ。また、あれか、離婚問題か?
<――俺もいま風呂から出た。
美那から電話が入った。
「すみません。また、お世話になってます」
「それはいいけど、また家の方、揉めてんのか?」
「まあ相変わらず。伯父さん夫婦が仕事を休んで今週末までいる予定。だからせめてその間は羽を伸ばさせてもらおうと思って。リユの代わりに家事代行をしてます。でもこのあいだのシチューみたくは上手くできないけど」
「でもあれだろ、かーちゃんは喜んでるだろ? すまないな」
「お世話になってるのはこっちだから。なんかリユん家だとほんとリラックスできる。マジで下宿を考えてる」
「それはさすがに……」
「冗談だよ。いまのところはね。でもお母さんが実家に帰るなら、冗談じゃなくなるかも」
「ま、そんときはそんときだけど……」
別に嫌ではないけど、ちょっとやっぱり困るよな……。それに学校がそんなこと認めんのか? 男子生徒の家に女子生徒が下宿とか。
くそ、美那まで黙り込んでる。やっぱ、冗談じゃなくなりつつあるのか。
「そういや、有里子さんがモトヤマ・ミチアキさんって建築家が設計した山荘を探しててさ、明日はそれを探しに行く予定」
「へぇー、場所がわかんないんだ?」
「ほら、個人の家だろ。だから教えてもらえないんだって」
「確かに外からでも見学とかされたら、リラックスできないね」
「だろ? しかもその山荘はチョー開放的な作りなんだ。壁のない家って感じ」
「ふぅーん」
「ただ簡単には見つかりそうもないけどな」
「そういえば、北斎の鳳凰図ってネットで見たよ。岩松院ってとこでしょ?」
「ああ、そう」
「で、何を問われているか、わかんないんだ? リユっていまだに自分自身のことがよくわかってないよね。わたしでさえ、つかみきれないし」
「そうか? 美那にはいろいろ見透かされている気がしてるけど」
「そういうところもあるけど、奥の方はよくわかんない。なんか蓋をされちゃってる感じ。だからときどき、不安になる……」
「不安になるって……いくら俺だって、お前になにからなにまでさらけ出すわけにはいかないからな……プライバシーがあるの、俺にも」
「ま、いいけど。でも、その旅行でなにか見つかるといいね」
「あ、ああ、そうだな。そういや、かーちゃんにもそろそろ将来のこと、考えろみたいなこと言われた。美那はなんか、あんの?」
「そりゃ、そろそろ考えるでしょ。推薦にしたって学部を選ぶのに外部受験の偏差値で選ぶわけじゃないでしょ?」
「そりゃそうだけどさ、美那ならいろいろ選べるけど、俺の成績だと選択肢が少なそうだし……」
「なに言ってんの? Z―Fourの16番、カイリーユが!」
「そうか、前期末の調子を続ければ、俺の可能性も広がるってことか」
「そういうこと!」
「なんか、急に明るい未来が見えてきた」
「やっぱ、リユ、バカかも……じゃ、明るい未来が見えたところで、おやすみ」
「あ、ああ。おやすみ」
美那は俺の家でリラックスできるって言うけど、俺は美那と話すとなんか元気になるな。
もうひと頑張り、山荘を探ってみっか!
いちばんヒントがありそうな別の建築家のブログのプリントアウトをよーく見ていたら、あることに気がついた。
帰り道っぽい写真に、夕日に照らされた秩父の山、と書いてある。
秩父って、埼玉県で、長野県の東か、南東だよな。そして八ヶ岳と言えば3000メートル近い山並みだ。
山荘が西側の斜面だとしたら、秩父は見えないはずだ。
もちろん帰り道に八ヶ岳の東側を通った可能性はある。
でも待てよ。山荘の写真ももうだいぶ陽が傾いているかんじだ。下道で東側に回るにはたぶん1時間ぐらいはかかるよな。
だとしたら、八ヶ岳の東斜面の可能性が高いってことじゃん!
有里子さん、もう寝ちゃったかな? 11時半か……。ちょっと説明が長くなるし、メールしとこ。
すぐに有里子さんから電話がかかってきて、部屋に来てくれと言われた。
「もうホテルの浴衣みたいの着ちゃってるし」と渋ると、有里子さんがMacを持って押しかけてきてしまった……。
有里子さんはACアダプターとモバイルWiFiルーターまで持ってきて、やる気満々だ。
俺は有里子さんに壁に向いてもらって、服に着替えた。
「別にいいのに、そのままで」と、有里子さんは言うけど、なんかすぐに前がはだけちゃうしな、これ。
準備完了。作業開始だ。
「よく気づいたわね、さすが、カイリーユ!」
「ええ、まあ……それで、東斜面の方は別荘地はどのくらいあるんですかね?」
「さっきリユくんに言われたから、ちょっと調べてみたけど、山中山荘ができた時期にあったのは2箇所だけみたい。資料のどこかに書いてあったけど、山中山荘がどこかの別荘分譲地に作られたことはほぼ確実」
「2箇所だけか。それって蓼科みたく広い別荘地なんですか?」
「あれより、かなり狭い」
と、有里子さんが俺の顔を覗き込む。そして、にこりと笑う。
「ということは、もし東斜面であることが正しければ、探し出せる可能性が格段に高くなった、ってことですか?」
「そういうこと!」
美那だったらキスしてきそうな感じだけど、さすがに有里子さんはハイタッチですんだ……ほっ。
俺の提案で、検索エンジンマップの3Dを使って、秩父の山の夕日の写真と同じ風景を探してみる。東側斜面のふたつの別荘地からは、なんとなく同じような山並みのように見えるけど、写真の取られた地上からの角度とは違うし、確定するまでには至らない。
だけど、蓼科の別荘地からでは絶対に秩父の山が見えないことは明確になった。つまり、東斜面の可能性は、さらに高まったということだ。
それから有里子さんが検索エンジンマップの航空写真を使って、ふたつの別荘地でそれらしい屋根を探す。
俺は自分のスマホで山中山荘の画像を検索してみる。あれ? プリントアウトした画像で見たときは煉瓦っぽい色の屋根だと思ってたけど、よく見ると、落ち葉の色じゃん。
「ねえ、有里子さん、これ見て」
「うん? どれ? ああ、これはわたしも何度も見た写真」
「よく見ると、屋根の色は黒っぽいんですね」
「え? くすんだ赤っぽい色じゃなかった?」
「それ降り積もった落ち葉の色みたいですよ。松かなんかかな?」
「うわー、今まで赤っぽい屋根を探してた。これじゃ見つかるわけないわ。そもそも場所も違うっぽいし……すごいっ! リユくん、感謝‼︎」
有里子さんはばっと立ち上がると、俺を抱擁した。
まずいです、有里子さん、ここホテルの部屋です。風呂上がりのいい匂いがします! 俺も一応、男ですっ!
10秒ほどすると有里子さんは離れて、にこにこした顔で椅子に座り、何事もなかったようにMacの画面に戻った。
「そうか、この航空写真は周りの緑はまだ青いから、春から夏にかけての撮影だ。じゃあ、落ち葉も被ってないよね。南北に縦長の黒っぽい屋根か……」
それから1時間くらい航空写真と格闘して、何箇所かそれっぽい屋根を探し出せたみたいだ。
もう12時半。
「有里子さん、そろそろ切り上げたほうがいいんじゃないですか? 蒼山さんはいないから、明日も有里子さんがひとりで運転しないといけないし……」
「え、もう12時半か……そうね。かなり絞れたし、半日もあれば回れそうね」
有里子さんはMacを閉じ、ようやく立ち上がった。
「ありがとう、リユくん。探し出せそうな気がする。リユくんに頼んで良かった」
有里子さんは満足げな顔で可愛らしく手を振りながら、「おやすみ!」と言って、部屋を出て行った。




