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2-5 写真のセンス

 昼も過ぎたので、関越自動車道の高坂サービスエリアで昼飯休憩。取材中は基本的に3食付きになってる。荷物からGRを取り出させてもらう。レストランに入り、俺は生姜焼き定食で、有里子さんはパスタ。

 かーちゃんからもらったZ250との写真を、スマホで有里子さんに見せた。

「お母様、写真、上手なのね。曲がりなりにもプロでやっているわたしが言うのも変だけど、玄人(くろうと)はだしね。それと美那ちゃん。なんかほとんど彼女みたいじゃない」

「そんなことないですよ。ただ馴れ馴れしいだけです」

「ふぅーん。でもこのタンデムの写真なんか、青春してるって感じ」

「あいつ、タンデムしたいってうるさくて。まだ免許取って1年経ってないし、それにまだバイクも下手だから、とてもじゃないけど後ろに人なんか乗せられないですよ」

「Z250を譲り渡して、リユくんが乗って帰る時、ちょっと不安だったわね、確かに」

「ただライディングスクールに行って、だいぶ上達したんですよ。2回だけだけど、あの頃とはもうだいぶ違います」

「そうなんだ。わたしはライディングスクールって行ったことないけど、そんなに効果あるんだ。どんなこと教えてもらうの?」

 俺は2回分の内容をかいつまんで話した。

「そうか、ライディングの基礎をみっちり叩き込まれるってわけね。教習所は道交法関係とバイクの技量と半々って感じだものね。わたしも今度行ってみようかな」

「女の人も何人か来てましたよ。それに何回も来る人がいるらしくて、すっごく上手い人もいました」

「新型のZ400に変えたじゃない? それがリユくんのZ250よりちょっと軽い上に、出力が1・5倍くらいあるから、乗り始めはちょっとビビちゃった」

「へー。スクールでは車両も選べるんですよ。俺は250を選びましたけど、400もあるし、大型持っている人は1000ccもありました」

「タンデムは教えてくれないんだ?」

「それはないっぽいですね」

「頼んだら、教えてくれるんじゃない。少なくともアドバイスくらいはくれるんじゃないかしら」

「そうか。ダメ元で聞いてみるか」

 有里子さんとは、わりと共通の話題があって、気詰まりなことはなかった。問題は香田さんだよな。どうしてあんなに話がぽつり、ぽつり、となってしまうのか……。美那に至っては、話してなくても話してるみたいだもんな。

 GRで撮った写真も見せた。

「へえー、ふぅーん」と、有里子さんがつぶやく。

「あんま、うまくないですか? 美那の写真とか、けっこう上手く撮れたと思ったんですけど」

「こんな表情、よほどの仲じゃなきゃ、撮れないわよ」

「まあ美那とは長いし、最近じゃ親友みたいに(ツル)んでるし……」

「幼馴染から親友に格上げされたんだ?」

「まあ、そうスかね?」

「でもそれだけじゃなくて、たぶんシャッターを切るタイミングのセンスがあるんじゃないかな。わたしはこういうのはあんまり得意じゃなくて、だから動かない被写体を選んだのかな」

「そんなもんなんですか」

「それってわりとすごいセンスよ。高校生の感性なのかもしれないけど、わたしとは違う写真で面白そう。そうね、仕事中でもわたしの仕事の支障にならない範囲でなら撮ってもいいわ。もしいいのが撮れてたら使わせてもらうこともあるかも。もちろん著作権はリユくんで。どう?」

「著作権? ちょっと大げさな。せっかくカメラを借りてきたから、もちろん俺は撮らせてもらえると嬉しいけど、そんな余裕あるかわかんないし、どんな写真を撮るのか自分でもよくわかんないんで」

「わかった。でもね、著作権は大事よ。ただのバイトの一環で、すごくいい写真の著作権料も給与の中に含められて著作権を取られちゃうのと、ちゃんと自分で著作権を持っているのじゃえらい違いだから。わたしも駆け出しの頃、それですごい損をしたの」

「そうなんですか」

「だって、自分でも満足できる写真を撮っていても、それを自分の作品として扱えなくなっちゃうんだから。いまでも惜しいと思っているカットがあるの」

 昼飯の後は途中で一回短いトイレ休憩を挟んだだけで軽井沢へと向かった。

 群馬県に入ると雨は止んだけど、相変わらず雲が空を覆っている。

 有里子さんはかーちゃんに興味を持ったらしく――たぶん女性のフリーランスと写真という2つの共通点から――、やたらとかーちゃんのことを知りたがった。そして、かーちゃんが今回のバイトを許可するに当たって、有里子さんのサイトを見て、ちゃんとした仕事をしている人と評価していたことと、個性のある素敵な写真だったと言っていたことを伝えたら、えらく喜んでいた。

 さらに有里子さんは、かーちゃんのことを、「ちょっと男っぽくて、魅力のあるひとだわ」とまで言う。

 かーちゃんって意外と人気者なのか? 確かに独特の感性を持っているし、女性にしては骨太な性格かもしれないし、それなりの格好をすればそれなりに見えるし。だから授業参観とかも嫌ではなかったな。

 藤岡ジャンクションで上信越自動車道に入って、また雨が少し強くなる。

 有里子さんは横川サービスエリアに車を入れ、駐車スペースに停めた。

「ちょっと電話するね」

 エンジンはかけたまま、スマホから番号を選んで、電話をかける。

「もしもし、アオヤマさん? もう中軽井沢? そう。天気はどう? やっぱり弱い雨。今、横川から電話してるの。どう思う? そっちは道路はどう? じゃあ30分から40分くらいで着けると思う。よろしく」

 有里子さんはすぐに車を発進させた。

「軽井沢も雨模様らしい。ただ小雨らしいから、これから中軽井沢駅でガイドの人を拾って、現場に行くから。とりあえず機材を運んでもらう感じかな」

「はい、わかりました」

「今の電話の相手がガイドのアオヤマ、マサトさん。本業は辺鄙へんぴなところにある喫茶店のマスターなんだけど、長野県の建築物に明るいから、時々、お願いしているの。すごくいい人だし、面白い人。まあこれから1週間ほど一緒に動くから、わかると思うわ」

「ちょっと聞いただけで、面白そうな人ですね」

「うん。たぶん、リユくんとも気があうんじゃないかな」

 天気がパッとしないせいか、夏休みに突入した時期にしては道路の混雑は少なめらしい。

 中軽井沢駅の乗降場に入ると、駅の建物の軒下にいた、ジャケットにYシャツ、チノパン、そして歩きやすそうな黒の革靴という、ちょっとフリーライターっぽい格好をした人が近づいてきた。

「あ、俺、後ろに移りましょうか?」

「次に乗るときでいい。そういうこと気にしない人だから」

 車を横付けすると、すぐに後部席に乗り込んできた。

「ユリちゃん、もっと早く来ればいいのに」

「リユくんのお母様に挨拶するのに、あまり早い時間じゃ悪いと思って。電話でも話したけど、Z250を買ってくれた森本リユくん。あ、ほんとはリユウくんなんだけど、つい呼びやすくて」

「全然いいです。呼ばれ慣れてますから」

「こちらがアオヤマ、マサトさん」

「アオヤマです。よろしくお願いします。アオはくさかんむりに倉の蒼です」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 ナビを設定するまでもなく、蒼山さんの道案内で、石の教会、というところに15分ほどで到着した。降っているかいないかという雨。

 雨具を着ると、「PRESS」と書いてある腕章を渡された。有里子さんに言われるままに、けっこう重いアルミのケースを肩にかけ、両手には三脚1本ずつ持つ。

「今日は結婚式はないし、こんな天気だったから人もいないし、ある意味ラッキーね」

 小ぶりのカメラバッグを肩にかけ、石垣に囲まれた石畳の道を早足で進む有里子さんを追いかける。石の路面や壁はしっとり濡れている。

 とりあえずは撮影場所まで撮影機材を運んだら、あとは有里子さんが写真を撮り終えるのを待つ。ときどき有里子さんがやってきて、カメラをバッグに戻し、たぶん違うレンズを装着したカメラを取り出していく。

 建物と呼んでいいのかわからない、石の回廊のような教会だ。確かに一番奥には式を執り行うための祭壇のような場所がある。石のアーチが連続的に続いて、アーチとアーチの間にはガラスが埋め込まれて、晴れていれば光が美しく差し込んでくるのだろう。

 有里子さんに呼ばれると、機材一式を持って、奥に移動する。蒼山さんは少し離れたところで、時々手帳に何かをメモしている。俺は暇を見て、思いつくままの適当な構図でGRのシャッタを押す。

 それから外に出て、外観や周辺の写真を撮る。なんだかんだと移動が多い。

「今日はもう、これ以上、無理っぽいわね」

 ひと通り撮り終えたらしい有里子さんがカメラをバッグにしまう。

「じゃああとは、高原教会とパウロ、田崎と脇田かな?」と、蒼山さん。

「そうね。時間的にもそんなとこかな」と、有里子さんが答える。

 あと4箇所もあるのか……。

 徒歩で移動して、小さな白いタイル張りのレトロ近代的な外観の美術館と木造の教会を撮影。それから車で軽井沢の中心部に移動して、同じような造形の、でも木造っぽい美術館、それともう一つ木造の教会を撮る。ただし石の教会以外の撮影は比較的あっさりしたもの。

 これで、初日の撮影は終了。

 有里子さんは普段はおっとりしてるけど、撮影に入ると人が変わる。こき使うとか言ってたけど、ほんとだった。でも今までの倉庫作業のバイトに比べれば、ずっと興味深い。それにバスケの特訓とライディングスクールのおかげでだいぶ体力もついている。だからまあ、なんとか乗り切れそうな気はする。


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