1-28 特製ユニフォームと例の男
石川町からJRに乗って、川崎駅で降りる。
会場のクラブ・プエブロについたのは6時半ごろ。ちょうど開場の時間だ。
もともとクラブだから、バスケの試合とはいえクラブっぽいし、客は20代から30代くらいが多い感じ。
チケット買ってあんのに、入場のときにドリンク代500円ってどういう仕組みだ!
高校生っぽいのはほとんどみかけない。なんかこのなかで一番ガキのような気がする。
一番前の席はコートぎりぎり。俺たちは最後列とはいえ3列目の指定席だ。
立ち見の人もけっこういる。
さほど広い会場ではない。コートの広さプラスアルファって感じ。
会場はオシャレだけど、地方興行のプロレスより小さいかも。観客数は全部で150人とか200人とかくらいなのかな。
音楽はガンガンかかってるし、DJみたいのはあるし、やっぱクラブじゃん、ここ。
美那がトートバッグから何かを取り出す。
あれ、俺たちの緑のユニフォームじゃん!
まさか美那ひとりだけそれを着るつもりか?
ずりー。言ってくれれば俺も持ってきたのに!
と、思ったら、2枚あって、1枚を俺に渡した。
「着よ」
「なんでお前、同じ色の2枚持ってんの?」
「これは試合用じゃなくて、リユとのペアルック用。番号、見て」
「ペアルックって、お前……16? なんで25じゃなくて? しかもRIYUって名前まで入ってるじゃん! おまえは?」
「15。MINA」
どこかで覚えのある数字。なんだっけ?
「前期末試験の順位だよー」
「いや、意味わかんねえし」
「せっかく奇跡的に連番だったことだし、あんなこと2度とないと思うから」
まー俺があんな上位に顔を出すこともないだろうし、ましてや美那と並ぶなんてことも確率的にはなさそうだ。
「わざわざ別に作ったのかよ?」
「そう。特急仕上げ」
「今日のために?」
「別に今日だけじゃなくて、いいじゃない。記念だよ、記念」
「お前、金持ちな」
「まあまあね。部活が忙しくて、あんまり使う時間もないし、おしゃれにもそれほどお金はかけないし。元が美しいから化粧もほとんどいらないし」
前に美那の母親側の親戚のお年玉がえらい高いって聞いたことがある。
確か小学生で親戚から1万、じいちゃんからは5万、中学はその倍、とか。
親戚が何人いるのかしらんけど、中学生なら1年当たりお年玉だけで十数万円じゃんか! 苦労して貯めた俺の1年間の貯金と同じくらいか……。
「ありがと」と、俺は力なく言った。
それでもユニフォームに袖を通すと、なんかシャキッとするぜ。タンクトップだから袖はないけど。
派手な演出が終わって、いよいよゲームが始まる。
会場内の大型モニターにはコート上の映像が流れる。
想像していたよりもスピードはないけど、パスのコースとか出し方、体の使い方とかはすごく参考になる。
それにやっぱり体のつくりが違うな。ウエイトトレーニングを相当やっていそうだ。当たりきつそう。
3x3とは若干ルールが違っている。
最初の攻撃を決めるのはバスケと同じジャンプボールだし(3x3はコイントス)、5分間の3ピリオド(3x3は10分間の1ピリオド。短いハーフタイムが入る大会もある)。
ショットクロックは3x3の12秒に対して、3on3のこちらは18秒と1・5倍だ。
ゴール後の再開方法も異なる。
3x3は守備側がゴールから落ちたボールを取ってアークの外に出ると攻撃開始と、プレーが連続して止まらない。だけど、こっちは一度ゲームが止まって、直前の守備側がチェックボールをもらって攻撃側となり再開する。
ポイントのカウントも違う。
こっちは普通のバスケと同じ、ラインの内側のシュートが2点で、外からが3点。
3x3は、アーク内が1点でアーク外からのシュートが2点だから、アーク外からの2点シュートが重みを持つ。オツさんもそれがわかってるからこそ、余計凹んでたんだろう。
コートのラインもちょっと違うな。3ポイントラインがコートの半分くらいのところで外側に切れていて、ゴール側には3ポイントシュートのできるゾーンがない。
途中、ちょっとエンターテイメントっぽい演出を含んで、合計4試合。
最後がメインゲームで、リーグ戦1位のチームが登場。
さすがに技術が高いし、スピードもある。3ポイントもガンガン決まる。
ファウルも技のひとつって感じ。
ドリブルもすげー技を見せてくれる。楽しそー!
7時開始で、15分×4試合=60分のはずなのに、終了は2時間半後の9時半だった。
ほかの観客に続いて、出口へと向かう。
「ふう、けっこう長かったな」
「退屈だった? 最後の試合はちょっと興奮してたけど」
「そんなこともないけど、やっぱ自分でやったほうが楽しい。それにカイリーと比べちゃうとな」
「比べるものが高すぎ」
「あれ、美那ちゃん?」と、後ろから男の声がする。
美那が振り向く。
「やっぱ、美那ちゃん!」
「あ、タスクさん。え、もしかしてあいつも来てる?」
「いま、トイレ行ってる」
「そうなんだ。ありがとう。リユ、急いで出よう」
「あいつって、例の男?」
「そう」
美那が俺の腕を引っ張る。とはいえ、列は詰まっていて前に進めない。
「おーい、タスク! どこだ?」
「うわー、来ちゃったか……」と、美那にタスクと呼ばれた男がつぶやく。
人の列を強引にかき分けて、男がやってきた。
「あれれ、山下美那?」
美那がため息をつく。
「背中にMINAって書いてあるし、子供っぽい髪型もおんなじだし」
美那は舌打ちして、前に進みながら振り返る。俺も一緒に振り返る。
人混みに押されて、そのまま会場を出た。
「なんだよ、ミナ、来てたのかよ。なにそれ、新しいチーム?」
美那は男を無視して、ずんずん進んでいく。
「無視していいから」と、美那が俺に囁く。
「せっかく声をかけてやってんのに、シカトすんなよ」
男の手が美那の肩に触れる。
「馴れ馴れしくさわんなよ!」
男の手を払った美那は立ち止まり、男と対峙する。
「もうあんたとは関係ないでしょ!」
「だれ、となりのボーヤは? 彼氏? おまえにお似合いじゃん。ふたりともお子ちゃまで」
男は、俺たちを覗き込んで、見比べる。
ラフに見えるけど整えられた長めの髪。シャープな顔立ちだけどニヤついた目。歪んだ口元。
服は、高級ブランドのカジュアルなのをラフに着こなしている感じ。
カッコつけて口を開かなかったらモテるだろうよ、って感じの野郎だ。
「おい、やめろよ、シュン」と、タスクさんが間に入る。
「子供らしくミニバスケでもやってろ」
「たいしてうまくもないくせに、カッコつけてんじゃないわよ!」
美那の体が怒りで震えている。
男は自分のバスケに自信を持っているらしく、美那の言葉にも余裕の表情だ。
「なんだよ、そのダサいユニフォーム。よくそんなもん、外で着られるよな。しかもペアで。笑える」
「なんだ、てめえ! これのどこがダサいってんだよ。最高にカッコいいだろうが!」
俺は一歩前に踏み出していた。
まずい、この感覚はテニス部の仲手川の時と一緒だ。
隣で美那が、「え、それ?」とつぶやく。
美那がデザインのコンセプトを考えてくれたんだぞ、俺のZをモチーフにして! と、心の中で叫ぶ。
「いいよ、リユ。もう行こう」
美那が俺の腕を掴む。でも俺は美那を引っ張るようにして、さらに男に近づいた。
たしか美那は178くらいとか言ってたけど、確実に80は超えてる。オツとたいして変わらない。ガタイも俺なんかよりずっとガッチリしてる。でもこいつの眼を見てると、なぜかバスケで負ける気がしない。
「おまえがバスケで俺に敵うわけねえだろ」
自分でも意外だったけど、俺の声は低く落ち着いていた。
でも何言ってんだ、俺。まだ1カ月のキャリアで。
ま、いいか。ムカつくし。
男は戸惑ったようだ。一瞬の間が開く。
「は? 俺を誰だか知ってんの? ストリートじゃ、ちっとは名の知れたボーラーなんだよ。高校の部活くらいでチョーシこいてんじゃねえぞ! いつでもこいや。勝負してやるわ!」
「あんたね、彼のプレーを見たら、そんな大口叩けなくなるから、覚悟しておいたほうがいいわよ」
美那まで盛っちゃうかぁー。
しかも、〝こいつ〟じゃなくて〝彼〟だってよ。
「へ、初めてだからって、シクシク泣きやがったコドモが笑わせるぜ」
さすがにそのセリフは許せんだろ!
俺が拳を握りしめてさらに踏み込もうとした時、タスクさんが俺と奴の間に素早く体を割り込ませる。
「おい、いい加減にしろ、シュン! 美那ちゃん、早く行きな」
「いまのうちだけでもそうやって偉そうにしてれば? バカじゃないの。行こ、リユ」
美那は捨て台詞を吐くと、俺の手を取って、早足で離れ始めた。
後ろでシュンとタスクの揉める声がしている。
くそ、なんかスッキリしねえ。
でも喧嘩はまずい。テニス部で赤羽さんに言われた「暴力はやめとけ」という言葉がいまでも強く心に残っている。
それに今は高校野球の県大会の真っ最中だ。問題を起こしたりすると、野球部のやつらに申し訳ないしな。タスクさんが間に入ってくれて、助かった。
美那はグイグイ歩いて、映画館なんかがあるエリアに入っていった。そして噴水が中央にあるすり鉢状の階段の上の方に座った。俺も隣に腰を下ろす。カップルがいっぱい座ってるじゃん。
「ああ、ハラ立つ!」
美那は軽く言っているが、瞳には涙を浮かべている。
「わたし、ほんとバカだ。なんであんなのと……」
美那は大きくため息をついて、がっくりとうなだれた。
こんなとき、なんて声をかけていいのか、さっぱりわからない。
「タスクさんだっけ? なんか、もうひとりの方はすごくマトモそうなのにな」
美那が顔を上げる。
「……だよね」
「確かにあいつ、バスケはうまそうだったけど、あいつの眼の中を覗き込んだら、俺はあいつにバスケで負ける気がしなかった」
「そういえば、リユ、かっこいいこと言ってたね。バスケで俺に敵うわけない! とか」
「言った後で、そういや俺まだバスケキャリア1カ月だ、って思ったけど」
「ハハ。リユってほんと笑える。ユニフォームで反応するし……でもかっこよかった。ありがとう。ヤな思いさせてごめん」
「俺にとっては、敵がリアルになって、ちょうどいい機会だ。なんかますますやる気が湧いてきた。本気でカイリー超えを目指すかっ!」
「とりあえずリユのお気に入りのこれは脱ごうか? 目立つし」
そう言って、美那が無理に笑顔を作る。
「そうだな」
俺は裾の方からめくって、Z―Fourのユニフォームを脱いだ。
脱いだら、美那の顔がすぐ前に。
あいつの唇が、俺の唇のすぐ横に触れる。
「サンキュ」と、小さく口唇が動く。
呆気にとられる俺を余所に美那はすっと立ち上がり、自分のユニフォームのタンクトップを脱いだ。
「スタバ、行こ」
2枚のユニフォームをトートバックに押し込み、俺の手を取ると、すぐそこのスターバックスに向かって走り出した。




