1-25 悔し涙
6番ラグビーがボールを足に当ててラインを割ったところで、サニーサイドがタイムアウトを取る。
残り2分25秒で、15対17。
今は完全にZ―Fourのペースだ。
「航太さん、すごかった。あと1本、頑張ってね」
「おお」
オツは照れながら答えるが、眼は笑っていない。
「今のところ作戦通りに行ってる感じね。でも向こうも対応を考えてくるはず」
美那も笑顔なしだ。
「リユは14番の軟テ女子をよく抑えてくれてる。2ポイントを打たせてないし。でも油断は禁物よ。それと12番の陸男は瞬発力がさすがだね。甘かった」
「はえーよな。陸男と6番ラグビーのコンビはけっこう怖い」
「ああ。6番ラグビーのドリブルが下手だから救われてるけどな」
「女子に2ポイントを入れられたらおしまいだからね。7番サッカー女子を入れてきたらどうする?」
と、美那がオツに聞く。
「交代させるなら当然、6番ラグビーだろうな。スターティングに戻られるときついな」と、オツ。
「7番サッカー女子5年は普通のシュートも結構うまかったぜ」と、俺。
「だよね。2ポイントもいけそうな感じだよね。マークどうする?」と、美那。
「3人とも動きがいいよな。7番サッカー女子は体力戻ってるだろうしな」
と、オツも覇気がない。
4人とも黙り込んでしまう。
あまり策がない。
俺はまだ行けそうだし、美那も大丈夫そうだけど、オツのフットワークがやばい。やっぱり5人制と3x3はだいぶ違うんだろうな。
田中さんの話だと、バスケ部の14番軟テ女子と12番陸男は3x3の経験も積んでるしな。
このタイミングでタイムアウトが終わってしまう。いやな感じだ。
予想通り、敵は6番ラグビーに代えて7番サッカー女子を入れてきた。
今度は12番陸男が俺のマークに付いたらしい。
そして7番サッカー女子が美那をマーク。
14番軟テ女子からのチェックボールをオツが受け取る。
残り2分25秒からの再開だ。
12番陸男はスタミナたっぷり。
走ってもぜんぜん引き離せない。
ただ動きの中ではほんの一瞬、離せる感じはある。
オツは巧みに14番軟テ女子を手で遠ざけてドリブルで動きながら、パスのタイミングを伺っている。
体を使って14番にプレッシャーをかけ、徐々にアークの内部へと入ってくる。その辺の技術はさすがだ。
ペイントエリア付近の逆サイドにいた美那と、視線が合う。
俺たちは、それぞれ左右のアークの外側に走り出す。
14番軟テ女子はオツから美那へのパスを必ず阻止してくる。
そしてオツは俺に出してくるはずだ。
急激なターンを入れて、12番陸男を引き離す。
その瞬間、オツからワンバウンドのナイスパスが。さっき美那からもらったのと同じようなやつだ。
しっかりホールドして、1、2、ジャンプ、そのままシュート。
ボードから跳ね返って、ゴールを捉える。
よし。
(16対17)
ついに1点差だ。
残り時間2分14秒。
ゴールのボールを12番陸男がキャッチ。
俺もディフェンスに入るけど、スピードに乗ったドリブルから、アークの外にいた7番サッカー女子にパスを出されてしまう。
7番は細かいステップで、やや疲れの見える美那を引き離して、陸男からのパスをフリー気味にキャッチ。
14番軟テ女子は、ターンの連続技でオツを翻弄する。
そして7番サッカー女子からのパスをアークの内側で受けると、ドリブルでオツを弄ぶように動いて、アークの外に出る。
ヤバい!
そう思った時には遅かった。
オツが振り向いたときにはすでに14番軟テ女子はシュートの体制。
オツもジャンプで応戦するけど、一瞬遅い。
ボールはふわりとした柔らかい曲線を描いて、リングの中に吸い込まれていく。
残り時間、2分4秒。
女子の2ポイントシュートで4点追加。
16対21。
KOで、試合終了。
あっけない決着。
Z―Four、初の敗戦だ。
しかもユニフォームを初めて着た試合で……。
言葉が出て来ない。
いまごろになって、体がきつかったことを知る。
膝に手を当てて、体を支える。呼吸が苦しい。
ちくしょう。あと一歩だったのに。もう少しで追いつけたのに……。
そう思うと、涙が溢れてきた。
悔し涙なんて、何年ぶりだろう。
美那の匂いがする。
顔を上げると、優しく肩を抱いてくれる。
優しくされたら、よけいに涙が出てくるじゃんか!
ナオさんが、俺と美那にタオルを渡してくれる。
オツは、ひとりコートにしゃがみこんで、うつむいている。
ナオさんが横に膝をついて、何かを囁いている。
オツが何度もうなずく。
「ナオさん、何を言ってるんだろうな」
「なんだろうね」と、美那が答える。
しばらく沈黙が続く。
ようやく涙が止まる。
でも俺はまだコートの床を見つめている。
横の美那が、ふぅーと息を吐き、息を吸う。
「あー、楽しかった」
と、美那がつぶやくように言う。
その言葉に俺は美那を見る。
宝石のような美那の笑顔がすぐ横にある。
「リユのプレー、笑っちゃうくらい最高だったよ。それにここからがスタートなんだよ」
サニーサイドのプレーヤーが来て、握手を求めてくれる。
賛辞の言葉や、またやりましょうという嬉しい言葉。
俺たちの気持ちが落ち着いた頃を見計らって、田中さんがみんなを集める。
手短に今日の結果をまとめ、両チームの健闘を讃える。
鈴木さんが代表して、今日の総括のようなことを話す。
ほとんど頭に入って来ないけど、ふたりの言葉からは充実した時間であったことが感じられる。
オツさんはみんなの前で話せる状態ではないので、美那が前に出る。
「本日は貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。こんなに素晴らしい人たちと、わたしたちZ―Fourの船出ができて幸せです。高校生らしい言葉で言えば、とっても楽しかったです! またどこか同じコートの上でお会いできることを楽しみにしています。ありがとうございました」
すげえ、立派な挨拶だ。
サニーサイドのメンバーから盛大な拍手が起こる。この拍手の大きさが今日の俺たちの戦いぶりを物語っているのだろう。
田中さんたちはノンアルコールの簡単な懇親会を用意してくれていたのだが、オツさんの落ち込みぶりはそれどころではない。車を運転できるのかさえ、怪しい状況だ。
俺も、ちょっと体力的に、懇親会で立っているのもきつい感じ。
そういや、明日はライディングスクールだが、大丈夫だろうか? 不安になってきた。
さきほどの休憩室を借りて、しばらく休む。
ナオさんが、ソファにヘタリ込む俺と美那に、スポーツドリンクとバナナを渡してくれる。
美那だって限界までやってたんだ、と初めてわかる。
オツさんは少し離れたソファで相変わらずうなだれている。
2ポイントも1本しか決められなかったしな。
でもたぶんそれじゃないよな。
いや、それもあるだろうけど、なんといっても自分の不甲斐なさを感じてるんだろう。
「オツさん、大丈夫かな?」
と、俺は隣の美那に小声で話しかける。
「どうだろう。いずれ立ち直るとは思うけど……」
「やめたりしないよな?」
「ま、それはないでしょ。自分に不足しているところがよくわかったんじゃないの?」
「美那って、Sだろ? めちゃ辛辣な言葉」
「だって、わたしもそうだもん。ぜんぜん足りてないことがよーくわかった」
「そうなのか? 美那はかなり対抗できていたと思うけど」
「それを言うなら、それはあんた。なんなの、一体」
「なんだよ、それ。俺なんかやられまくってたぞ」
「ディフェンスはね。でもオフェンスはなんなの? 実戦で強いタイプだっけ?」
「そうでもない。テニスの時は試合では力を発揮できないほうだった」
「じゃあ、今日のプレーは? わたし、一瞬、リユがカイリーに見えたもん。ドキッとしちゃった。ま、ほんの一瞬だけど」
ドキッとしたって、俺に恋でもしたっていうのかよ?
美那さん、そんな感じにはまったく見えませんが。
「どれ? 2試合目の最後のやつ?」
「ブザー・ビーターもよかったけど、残り3分くらいで鈴木さんと競ったときのやつ。空中でボールを持ち替えて、ふわっとしたショットの」
「あー、あれな。実はあのときカイリーが俺の中に入ってきた。たくさん観た動画の中からイメージが浮かんだんだろうな」
「へぇー、それすごいね。わたしもそんなふうになってみたい」
「これのおかげじゃないの」
俺はナイキを履いたままの足を持ち上げる。
「あは、そんなのであんなプレーができたら苦労しないよ。その証拠にわたしはできていない」
じゃあ美那のプレゼントだから、と言おうとして俺は言葉を飲み込んだ。
自分でもその言葉の意図がわからなかったから。
わからないから誤解も何もないんだけど、やっぱり変に解釈されたら困る。
気がついたら、オツさんが俺たちの前に立っていた。
表情を見る限り、少しは立ち直ったようだ。
「ミナ、すまなかったな。俺が足を引っ張っちまった。2ポイントもまともに決められんとはほんと恥ずかしい。偉そうに先輩ヅラしていた自分が嫌になる。リユなんか、何本も決めてたっていうのに」
美那が立ち上がる。
「先輩、なに言ってんですか? 先輩がいなかったら、あそこまでの試合なんかできてるわけないじゃないですか。まだ3x3に慣れていないことは間違いないですけど、それはわたしも同じですから。この子はちょっと特殊な人間なんで」
なんだよ、この子とか子供扱いしやがって。
特殊ってのも褒めてんだか、けなしてんだか。
ま、美那らしい言い方だけど。
「それなんだが、リユはなんであんな動きができるんだ? 14番の軟テ女子もかなりのステップだったが、あくまでもバスケの動きだ。だけど、おまえのはなんか違う。別にいいとか、悪いとかじゃないんだが……」
「ああ、たぶん、あれだよね、リユ? サスケ」
「そう」
俺は美那を見上げて、うなずく。
「サスケって、サスケコートのサスケか? そこのお宅で飼ってた犬だったよな?」
「先輩、テーブルに座って、話をしませんか? もうわたしもへとへとで」
「そうだな……」
テーブルにはナオさんがひとり座っていて、こっちを心配そうに見ている。
たぶんオツさんは、ひとりにしてくれ、とかなんとか言ったんだろうな。その気持ちはわかるけど。
テーブルに4人の顔が並んだけど、ユニフォームが配られた3試合目の開始前とはえらい違いだ。
初めてのデート前のウキウキした気分――いまだに経験ないが――と、告ってフられた帰り。
そのくらいの違いだ。
たぶん。
「リユの両親が揉めてた時期があって、その頃、よくそこのお宅に伺って、飼い犬のサスケちゃんと遊ばせてもらってたんです。セラピーみたいなもんだと思うんですけど。ね?」
美那は気を遣って、かなり言葉を選んで話してくれている。
俺が話を引き継ぐ。
「小学校の3、4年かな、サスケと遊んでいると、その時間だけは嫌なことをすべて忘れられる感じで。そのころテニスをやってたんで、テニスボールを放り投げて、取り合ったり、別にルールも何もないけど、追っかけっこしたり。だから、犬の俊敏な動きが自然に身についちゃったのかなぁ。テニスじゃあんまり生かせなかったけど、バスケじゃ割と使えそうだよな、美那?」
「だね。体の使い方が特殊すぎるよ。あれだけ動きのいい14番軟テ女子が手を焼いてたもん」
「そうなのか……じゃあ、真似はできなさそうだな」
オツさんの、そうなのか、という言葉が、動きの話なのか、能天気に見える俺にもそんな過去があったのかという意外性のことなのか、それはわからない。
「わたしももっと小さく速く動けるようになりたい」
ナオさんが身を乗り出しながら、真剣な顔で言う。
「先輩はバスケのセンター、ナオさんはバレーのアタッカー。いままで縦の動きがメインだもんね。一朝一夕には難しいよなぁ。ふたりとも長身だから、そういう動きには不向きだろうし」
「無理して、そんな動きをする必要はないんじゃねえの?」と、俺。
「どういうことだ、リユ」
「うまく言えないけど、相手に振り回される必要はないのかな、って。要は、ディフェンスとかで目的を果たせればいいわけだろ?」
「たしかにシュートやパスを阻止するとか、動きを封じるとかをできればよくて、先輩とナオさんは攻撃では高さでいけるしね」
「だから、サッカーフランス代表のジダンみたく、とりあえずフットワーク軽く動ければいいって気がするけど」
「でもそれができないんだ」
オツさんは深刻な表情だ。
「バスケの素人の俺が言うのもなんだけど、相手の動きさえ読めて、あとは多少トレーニングすればいいんじゃないのかな」
「リユ、相手の動きさえ読めれば、って軽くいうけど、そんな簡単なことじゃねえぞ」
オツさんが少々怒ったように言う。
「そうだよ、リユ。あんた、なんかそういうことも平気でやってそうだよね」
「あれじゃないの? オツも、ナオさんも、美那もみんな頭いいから、頭で考えすぎなんじゃねえの。直感だよ。たぶん見てから動いたんじゃ遅いんだ」
「あー、それわかる! バレーボールも相手にアタックを打たれてから動いてたんじゃ、強いアタッカーのときは間に合わない。ある程度は体の微妙な使い方で読めるけど、向こうもフェイントを入れてたりするし、最後は総合的に判断して、直感で動く方向を決めてた。はずれたときは一歩も動けなかったりするけど」
感覚的に理解できたらしいナオさんの表情が明るくなっている。
「そうだよ、それ。テニスも相手の足の踏み出し方とかテイクバックとかを見て、どっちにどんな球を打ってくるか予想して、そっちに体の重心をちょっとだけずらして、準備してた。バスケは連続的な動きだから少しは違うと思うけど、でも実際にアクションをする時には必ずシグナルがあるはずなんだ。人間だって物理の法則で動いてるんだから……あ、俺ってけっこう頭いい?」
なんかこういう理屈を言えるようになったのは、ライディングスクールでの経験が生かされている気がする。
金属の重い塊であるバイクは、摩擦と慣性という物理の法則に沿って、忠実に動かすしかない。
そうしないと転倒して、痛い思いをする。
「ふたりともネットを挟んだスポーツか。そういうことをしてるんだな」
と、オツさんが、俺の最後の言葉は無視して、感慨深げに言う。
「先輩はそれより2ポイントを決められるようになってください」
美那のストレートな言葉。
「ああ、そうだな……あれなら練習でいくらでも上達できるよな……」
「わたしも動きでは俊敏な人にすぐには勝てないから、そういうところを強化してみる!」
なんてナオさんは前向きなんだ。
オツさんとは言っている内容は似ているけど、メンタルがぜんぜん違う。俊敏な人にはすぐには勝てない、って、いずれは勝つつもりだもんな。
「というわけで、動きはトレーニングで鍛えるとともに、実戦で慣らしていく必要もありそうね。それならもっと練習試合を組まなきゃ」
と、キャプテンらしくなってきた美那がまとめる。
「先輩、練習相手探しを引き続きお願いします」
「ああ、いくつか話があるから、すぐにまとめとく」
「そうだ、まだ懇親会の参加をはっきりしてなかった。どうします?」
と、美那がみんなに訊く。
「俺、もう体力限界だし、明日はライディングスクールで早起きだし、無理」
「わたしもさすがに今日はしんどい。じゃあ、断ってきます」
オツさんとナオさんもうなずく。
美那が立ち上がる。
「俺も行くわ」
反射的に俺も立ち上がっていた。
「ああ、うん。じゃ、一緒に行こ」
美那が男だったら友達と連れションに行くような反応だ。
「あ、俺、小便してこよ」「あ、俺も」「ああ」とか、そんな感じ。
素っ気ねえの。




