1-23 ブザー・ビーター
タイムアウトが終了して、美那に代わってナオさんが入る。
さすがに鈴木さんも驚いている。
11対20で、試合再開だ。
チェックボールでオツさんから俺にパス。
ナオさんはゴール下周辺に陣取っている。想像通り、戸惑いからか敵の動きが鈍い。
マークがずれている。
今がチャンスだ。
10番高バス女子が俺のディフェンスに来る。
一定のリズムのドリブルから、変化、また一定のリズム。
タンタンタン、タタン、タン。
伊達にかーちゃんの聴くジャズに毎日耳を傾けていたわけじゃないぜ!
タイミングを外した上で、レッグスルーからのロールターン!
練習の成果を発揮だ。
なおもついてくる10番高バス女子を、急激な進路変更で振り切る。
フォローについているオツへのパスフェイク。
ナオにジャンプの気配。
もう行くしかない。
ナオについている鈴木さんを避けるために、ファーサイドの高い位置に速いパス。
頼む、取ってくれ。
高いジャンプのまま体を反らせてナオがキャッチ。
やった。
そのまま行けー!
滞空時間の長いナオさんがふわっとボールを離す。
バレーのジャンピングトスを見ているよう。
15番鈴木さんは、遠ざかるボールを見届けるしかない。
ボールがリングに小さく弾み、ネットの中に落ちていく。
決まった。
すごいぞ、ナオさん!
2点追加。
(13対20)
でも崖っぷちの状況は変わらない。
プレーが続くのでナオさんと美那の交代のタイミングも取れない。
10番高バス女子がボールを拾い、アークの外にいる8番中バス女子にパスをしようとするが、俺が執拗にディフェンス。
しびれを切らした10番高バス女子は、反対側の15番鈴木さんにパス。
鈴木さんがドリブルでアークの外に出る。
オツがディフェンスに入る。
鈴木さんはパスコースを探しながら、ドライブ。
10番高バス女子に速いパス。
受けた10番高バス女子は鋭く振り返って、ジャンピングシュートを狙う。
ナオのバレー仕込みのブロックが高く立ちはだかる。
ナオの腕に当たったボールはフリーに。
8番中バス女子と俺とボールの争奪戦だ。
俺はダイビングボレーの要領でダイブ。
タッチの差でボールを奪う。
フォローに来たオツになんとか繋ぐ。
オツからアーク外のナオにパス。
15番鈴木さんがディフェンスに入る。
なんと、ナオは意表をついて、アーク外から2ポイントのジャンプシュート。
入れば4点だ。
15番鈴木さんもジャンプするけど、ナオの高さには対抗できない。
ボールが高い弧を描いて飛んでいく。まるでゴールが呼んでいるようにスポッと中にボールが落ちる。
「やったー」
グーの右手を突き上げたナオが叫ぶ。
ベンチの美那も興奮している。
(17対20)
あと4点。
でも残り35秒。
敵の攻撃権。
かなり厳しい。
ボールを拾った10番高バス女子がゆっくりとしたドリブルでアークの外に出る。
時間を稼ぐつもりだ。
俺たちのディフェンスを避けるようにパスを回す。
ショットクロックぎりぎりで10番高バス女子の高い放物線のシュート。
その間も時間は減っていく。
ボードに当たった。外れたっ!
リバウンドをナオが高いところでキャッチ。
ナオがオツに速いパス。
「リユ!」
オツの声が響く。
8番中バス女子のマークを振り切ってアークの外へ走り出る俺に、オツからナイスパス!
15番鈴木さんが鬼の形相でディフェンスに向かって来る。
鈴木さんの腕が高く伸びる。
バックステップ。
ジャンプしながら2ポイントシュート!
ボールは鈴木さんの指の上をなんとか越えていく。
ちょっと長いか?
ボールはボードを跳ね返る。
リングの内側に当たり、そのままゴールに。
よっ、しゃ!
(19対20)
残り20秒。
敵の攻撃権。
だめだ、このままだとタイムオーバーで負けだ。
そうだ、せめて同点。
1点取ればいい。
負けと引き分けじゃ、ぜんぜん違う!
8番中バス女子がボールを取り、外の10番高バス女子に回す。
残りは15秒。
10番高バス女子はアークの外側でゆっくりドリブル。
10番がパス相手を探す一瞬の隙をついて、俺はボールを奪いにいく。
慌てた10番高バス女子が、アーク内の15番鈴木さんにパスを出す。
伸ばした俺の腕にボールが当たる。
パスの軌道が乱れる。
長いリーチでナオがそれを弾く。
ほとんどバレーのレシーブだ。
フリーになったボールはサイドラインに向かって跳ねていく。
出てしまったら終わりだ、と思うよりも前に俺のナイキは踏み出していた。
届く。
ボールはラインを越えているけど、まだ宙にある。
テニスでネット際にドロップショットを打たれた時のように、手のひらですくい取るようにしてボールを救う。
ハンドリング練習の成果だ。
もうこのまま行くしかない。
サイドライン沿いにドライブして、ディフェンスに来た8番中バス女子を急ブレーキでかわす。ターンからそのまま内側に切れ込んで、1歩、2歩、ジャンプ!
時間がない。
一か八かで、低い位置からのリリース。
終了のブザーが鳴る。
ボールはすでに宙を飛んでいる。
リングに届くか、微妙な距離感。
「入れー、ブザー・ビーター!」
と、美那の叫び声が聞こえる。
ボールはかろうじてリングの淵に当たる。
そして、ボールは内側へと揺れ、ゆっくりとリングの中へと落ちていった。
もしかして、決まった?
うしろから誰かが思いっきり抱きついてくる。
美那の匂い。
雄叫びを上げながら走ってきたオツが俺の髪の毛をぐしゃぐしゃにする。
さらにナオが「やったー!」と叫びながら美那のうしろからぶつかってきた。
その衝撃が美那を通して、俺に伝わってくる。
「20対20で引き分け!」と、田中さんの声が響く。
「すっごい、リユっ!」と、抱きついたままの美那がまだうしろではしゃいでいる。
なんかとっても幸せな気分。
オツとナオも節度を持ってさりげなく抱き合っている。オツも幸せそうな顔をしてやがる。
鈴木さんが近づいてきて、右手を差し出す。
「ガッツあるすごいプレーだった。楽しかったよ」と、言ってくれた。
俺はその右手を両手で握る。
田中さんが歩み寄る。鈴木さんの肩をぽんぽんと叩く。
「森本くん。やっぱり一カ月っていうのは冗談だよな」
「それがほんとにほんとなんです。自分でもびっくりです」
それから10番高バス女子、8番中バス女子、6番ラグビーも握手を求めてくれた。
なんかみんな楽しそうな顔をしている。
田中さんが「もう1試合いかがですか」と申し込んできた。
オツさんは、二つ返事で受けるのかと思いきや、「チームで相談しますので、5分ほど時間をください」と言った。
たしかに激しい消耗だ。
今以上の試合をできる自信はない。
また床の上に輪になって座る。
ひんやりしてて気持ちいい。このまま横になりてー。
「美那、どうする?」
「わたしは当然やると思ってましたけど、確かにリユとナオさんは限界近い感じ。どう?」
「わたしはまだ余力があるかな。今の試合、リユくんがだいぶ出てくれたし、動きも比較的少なかったから」
ナオさんは高校では強豪バレーボール部だったらしいから、基礎体力はかなりある。バスケ向けの筋力がついてきたら、もっと強くなるはずだ。
「俺は、いま聞かれたら、もうムリって、答えるしかない。全力を出し切った」
元テニスボーイとはいえ、ついひと月前まで1年間の帰宅部だったからな……。
「だよね。せっかくだから、もう1試合やっておきたいのはあるけど……」
美那のやつ、完全にSだろ。
「じゃあ、こういうのはどうだ? 向こうとの混成チームで、とにかく3x3のゲームの経験を増やす、というのは」とオツ。
「航太さん、それじゃダメよ。やっぱり、チームのコンビネーションとかを積み上げていかないと。そういうところはバレーボールと変わらないと思う。バスケのほうが自由度が高い分、むしろよりそういうところを高めていかないと」
「たしかにナオの意見も一理あるな。さて、どうするか……」
「リユ、どのくらいで復活しそう?」
「おい、美那、あんだけ活躍したんだから、もう少し優しくしろよ」
「マッサージしてあげようか?」
「そっち? そうだな、でもまあ1時間あればなんとか。ただ、腹減った。なんか食いてえ」
「それは大丈夫。ちゃんと用意してある」
「なら、オツ、1時間後くらいならできると思う」と、俺。
ちょっと無理してるけど。
「よし。じゃあ、そうしよう。相手のメンバー構成になんかリクエストはあるか? こっちの疲労も考慮してもらって、交渉してみよう」
「さすがに今のよりさらに強いのばかり出されたら、技術面でも難しいし、2試合戦ったわたしたちは体力的にも不利だよね」
「だったら航太さん。出場する大会と一緒で、経験者ふたり、未経験者ふたりという組み合わせにしてもらったらいいんじゃないかな」
「そうだな。経験者ふたりは今の試合以上のレベルだとしても、ゲームとしては成立しうるな。そして、より実戦でもありうる条件として試せる。1試合目はそれに近かったが、ちょっとレベルが足りなかったからな。そういうことなら、次の試合は、決勝ラウンドのシミュレーションになりそうだ」
「じゃあ、そうしましょうよ、先輩。リユもそれならいけそう?」
「ああ、たぶん、いける」
「じゃあ、田中さんに伝えてくる」
オツが立ち上がって、コートで練習している田中さんのほうに歩いて行った。
オツが行ってしまったのを見届けて、ナオさんが俺と美那に寄るように合図する。
「引き分けだったけど、ユニフォームは大丈夫だよね?」
「あれでダメとか言ったら、わたしがどやしつけてやる。キャプテンだし」
「ふふ。そうよね」
「じゃあ、次の試合から着れるかな?」と、俺。
「実はこれから、航太さんにプレゼントしようと思ってるの。彼、誕生日が4月2日だから出会った時にはもう過ぎてしまっていて……」
「というわけで、これからオツさんと交渉ね?」
オツさんが田中さんを連れて戻ってきた。
「いま、田中さんと鈴木さんと話してきたんだが、メンバーを俺たちでセレクトしていいと言ってくださっている」
田中さんが、へたり込んでる俺たちに合わせて、しゃがんでくれる。
「実は、あなたたちのプレーを見て、ユニフォームを着ていない社内バスケ部の連中が、是非対戦してみたいと言っているんです。だけど、けっこうハードなすごい試合でしたもんね。思わず手に汗握ってみちゃいましたよ。ほんと、いいゲームでした。ただやはりゲームに慣れていないからでしょうけど、疲労は大きいみたいですよね。わたしもその状態で彼らと対戦するのはどうかと思います」
「社内バスケ部って、どういうものなんですか?」と、美那。
田中さんがにこやかに答える。
エナジー石油は、全国に散らばる事業所や支社の多くに社内バスケ部――川崎製油所の場合は川崎バスケ部という――があって、年に一度、親睦を兼ねて社内の全国大会が開催されるそうだ。その大会を目標に各バスケ部は活動している。実業団のチームとはまったくの別物らしい。
今日来た川崎バスケ部のメンバーは、民間の3x3大会にも何度か出たことがあり、ときどき練習相手になってもらっているということだ。
もしZ―Fourのレベルが高過ぎて自分たちでは相手にならないと困ると思って、審判も兼ねて、声をかけておいてくれたのだそうだ。
「じゃあ、相当レベルが高い人たちなんでしょうね?」と、美那が聞く。
「ご存知かもしれませんが、うちの実業団は結構強いんですが、もちろんそこまでのレベルではありません。でもうちのキャプテンの鈴木のように、高校や大学で全国レベルの大会に出た者、あるいはそれに近い者もそれなりにいます」
「わかりました。では、少し時間をいただいて、何人か選ばせていただきます」
オツさんは田中さんにそう答え、美那に目配せした。
美那がうなずく。
「お願いします。それとお疲れでしょうから、少しゆっくり休める部屋がありますので、ご案内します」
案内された部屋は学校の教室の半分くらいの広さで、テーブルが2つに椅子と壁に沿って黒いソファーが4つ配置されている。
田中さんが行ってしまうと、俺はソファに倒れこむ。
「うわー、助かるぜ。ゆっくり休めそう」
「リユ、汗かいてんだから、着替えてからにしなさいよ!」
と、美那に叱られる。
あれだけのプレーをしたんだから、もうちょっと優しくしてくれても……。
「向こうのメンバーを選んでから休憩に入ろう。テーブルに座ってくれ」
オツさんが、田中さんからもらったリストをみんなの前に置く。
「さて、どうするか」
「まず社内バスケ部のひとを選びましょう」と、美那。
12番の男子は、高校バスケ3年に、社内バスケ部4年の、計7年。中学陸上短距離。
13番は女子で、高校バスケ3年、大学同好会4年、社内バスケ部5年の計12年とキャリアは長い。
14番の女子は、高校バスケ3年、大学バスケ部2年、社内バスケ部3年の計8年。中学軟式テニス。
16番の男子は、中高バスケ部、大学バスケ部、社内バスケ部7年の、計17年。
「12番は陸男7年、13番は同好女子12年、14番は軟テ女子8年、16番最長男子か」と、俺がつぶやく。
隣にいた美那が、「なに、それ?」と聞く。
「いやさ、女子ってポイント2倍だろ、それに番号しかわからないから、さっきの試合ではあだ名をつけて、レベルとかを覚えといた。たとえばこの6番だと、6番ラグビーとか」
「へー、おもしろいね。わたしもそれやってみよ」
「そういや、その6番ラグビーは動きがよかったな。ラガー相手にナオも体を張ってよく頑張ったな」
「おかげで少し体の使い方がわかった気がする」
「うん、うまくなってたぞ。それにしてもいいシュートを決めたな。しかも2本も」
「はい」
「……先輩、それはいいから早く決めましょう」
「え、ああ、そうだな……16番は今の俺たちのコンディションだと外すべきだろう。俺の推測だと、残りの3人はレベル的にはさほど変わらず、違いはむしろプレーの特徴だろうな」
「13番同好女子12年だっけ?」と、美那。
「身長が結構あった。170センチくらい。14番軟テ女子? は160ない感じ。12番陸男はリユと同じくらいかなぁ?」
「たぶん。陸上男子は当然、足が速いんだろうな」と、俺。
「そうだと思うけど、3x3ではどのくらいその能力が活かせるか疑問だな」と、美那。
「そうだな。直線的な動きは少ないからな」と、オツさん。
「13番と14番って、13番のほうがキャリアが長いけど、なんで番号が若いのかな?」と、ナオさん。
「たぶん、大学での体育会と同好会の違いとかじゃないかな。大学で2年なら短大なのかも。あとはバスケのセンスとか」と、美那が答える。
「同好会は、俺たちみたいな体育会系のところから、お遊び程度のところまでいろいろあるからな」
「じゃあ、ひとりめは14番の軟テ女子8年かな。先輩、どうです?」
「ああ、いいんじゃないか」
「俺は、12番陸男が面白そう。あと6番ラグビーももう一回対戦してみたい」
「12番はスタミナがありそうだぞ。リユ、おまえ、大丈夫か?」
「それは……そうだ、食いながらやりましょうよ」
「ま、そうだな。じゃあ着替えとかしてから、15分後くらいに始めよう」
「あ、航太さん、ユニフォームの件は?」
「ああ、それな。もちろんOKだ。リユもナオもよく頑張ったどころか俺の期待をはるかに超えてた。大会が楽しみになった」
「やったー」と叫びながら、美那とナオさんがハイタッチ。
ふたりは親友みたいに腕を組んで、軽い足取りで女子ロッカールームに向かっていった。
俺とオツさんもロッカールームに行く。
「おまえ、相当へばってんだろ?」
「いや、まあ……」
「恥じることはないさ。あれだけ動けば、当然だ。ただもちろん体力向上は必須だし、ゲームの中でのスタミナの配分も考えていかないとな。でもいまはあれでいい」
ざっとシャワーで汗を流してから、Tシャツを着替える。
休憩室に戻ると、すでにテーブルには軽食と飲み物が置かれていた。
「さきに食ってていいですか?」
「ああ、おまえは早めに食って、休んでくれ。ただ食い過ぎて動けないってことはないようにな」
バナナを2本とカツサンド、カフェオレをもらう。
俺がカツサンドを頬張っていると、美那とナオさんのテンションの高い声が響いてきた。
理由はまあだいたい想像はつくけど。オツさんの反応が見ものだ。




