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1-9 俺のバイク(2)

 6月19日。

 ついにお待ちかねの水曜日がきた!

 曇り空だけど、予報では今日はなんとか天気は持ちそうだ。

 朝練は美那の温情で休みだけど、早起きの癖がついてきたので、朝から試験勉強だ。成績が下がるわけにはいかないしな。

 授業は、数Ⅱ、現代文B、英語コミュニケーション、地理Aと比較的重要な科目が多かったが、もちろん身が入るはずもなかった。


 結局、有里子さんとは午後2時に彼女のマンション前で待ち合わせた。その10分ほど前に、着いたことをインターフォンで告げると、有里子さんはすぐに降りてきて、俺を駐車場に案内した。

 車はシックな赤のマツダCX―5。我が家のくたびれたホンダ・フィットとはえらい違いだ。

 室内も上質感が漂う。エンジンからはディーゼルっぽい音が小さく聞こえてくる。

 念のため、二人で必要な書類を確認する。おおむね有里子さんが事前に用意してくれていて、残りの空欄は陸運局で俺が記入することになっている。

 地下駐車場からゆっくりと道路に出る。

「水曜日は学校が午前中で終わりって珍しいわね」

私立(わたくしりつ)で、大学の系列校ということと関係しているみたいですけど、理由はよく知りません」

「まあ、サボったんじゃなければいいわ」

「なんかすごいイイ車ですね」

「取材で遠出することも多いし、ディーゼルで力強くて、燃費もいいから、結構助かってる。ボディカラーも素敵だし」

「夏はこれで取材に行くんですよね?」

「うん」

「スケジュールは固まったんですか?」

「まだ調整が必要ね。もうちょっと待ってくれる?」

「あ、はい。俺のほうは大丈夫です。ただ、美那が、あ、この間一緒に来た松山さんのいとこの」

「もちろん覚えてるわよ」

「あいつ、学校のバスケ部なんですけど、3x3スリー・エックス・スリーという、半分くらいのコートで3人対3人でするバスケがあるじゃないですか。部活とは別にその大会に出たいらしくて、なぜだか素人の僕をメンバーにする気で、それで夏の間、あいつにしごかれることになってるんですよ」

「へえ、うらやましい」

「羨ましくなんかないですよ。あいつ、厳しいから。有里子さんのZ250は松山さんの紹介でしょ? わたしのおかげでバイクが手に入るんだから、参加しろって。ほんと意味わかんないんですけど」

「じゃあ、Z250はやめとく?」

「いやいや、有里子さん、冗談きついです」

「ふふ。あの子もリユ君に乗って欲しいみたい」

「ほんと奇跡です。しかもアクロポビッチまで装着してあって」

「いい音よね。そうだ、わたしのZ400が来たら、一緒にツーリングに行こうよ」

「僕なんかでいいんですか? まだ免許とって全然乗ってないから、下手だし。あ、それと今回、母から承諾書をもらうとき、いくつか誓約させられて、ライディング・スクールを最低2回受講しないと、乗っちゃダメと言われていて。実は免許は教習所に行かないで、試験場のいわゆる一発で取ったものですから」

「試験場か、すごいわね。だけど今日はどうするの? メットも持ってきてるし、乗って帰るのかと思ってた」

「あ、今日は特別に許可をもらっています。そのかわり、出発する時に母に連絡を入れないといけないんですけど」

「理解のあるお母様なのね」

「ちょっと変わってはいますけど、そうですね、たぶん理解はあるほうだとおもいます」

「ふぅん、いいわね。うちは……あ、そうだ、美那ちゃんのバスケと取材旅行となんの関係があるんだっけ?」

「別にそんなに律儀に付き合わなくてもいいんですけど、練習のスケジュールを立てるのに必要らしいです。コートを借りたり、別のメンバー――まだ決まってないみたいですけど――その人たちとの日程調整とか。あと、僕の事情ですけど、バイクのスクールの予約とかもあって。すみません」

「謝らなくていいわ。わかった。早めに決める。そのほうが効率的に回るのにも都合がいいし」

「お願いします」

 ナンバーの変更も不要だったし、書類が整っていたので、陸運局での手続きは滞りなく終わった。

 それから、任意保険加入のために、軽自動車届出済証と運転免許証をスマホでスキャンして、母親から教えられた保険会社の担当者に送信した。

 車に乗り込むと、有里子さんはZ250のキーを俺に渡してくれた。

 ついにやった。バイクを、しかも理想的なZ250を!

 俺はいそいそと現金15万円の入った封筒をリュックから取り出して、有里子さんに渡す。

 中身を確認した有里子さんは、「じゃあ、バイトのほう、お願いね」と、小さく頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 有里子さんのマンションに戻り、Z250と再会だ。

 駐輪スペースから、有里子さんがZを出してくれる。それから、自分で押して、とりあえず歩道に止める。

 傾きかけた日差しを浴びて、Z250が光っている。

 思わず笑顔が(こぼ)れる。有里子さんも嬉しそうに微笑んでくれる。

 キーをひねって、電源をオン。セルスターターボタンを押す。

 エンジンに命が宿る。アクロポビッチが息を吹く。

「じゃあ、気をつけてね」

「はい、ありがとうございました」

「お母様に連絡を忘れないでね」

 やば、すっかり忘れてた。

 スマホを取り出して、SMSをかーちゃんに送る。フルフェイスのヘルメットを被り、グローブを着ける。ひと通りスイッチ類を確認。

 車道までバイクを押す。

 いよいよZ250に(またが)る。

 少し離れた有里子さんのほうを向き、小さくお辞儀をする。有里子さんが手を上げる。

 ニュートラルのまま2度ほど小さく空ぶかしをして、回転の上がり具合を確認。ミラーを調整する。

 クラッチレバーを握って、シフトレバーを踏み込んで一速に。ギアからこつんと音がする。

 サイドスタンドを上げ、もう視界には入っていない有里子さんに向けて今一度頭を下げる。

 右足をステップに乗せ、右ウインカーを出してから、振り返って安全確認。前を向き直って、アクセルを開けながら、クラッチをミートさせる。

 後輪が地面に力を伝え、Z250が動き出す。左足を地面から浮かしてステップに。

 徐々にアクセルを開け、二速にアップ。もう有里子さんを気にする余裕はなかった。

 バイクがぐんぐん進んでいく。


 うわー、なんて気分だ‼︎


 俺は頭の中に叩き込んだ地図を頼りに、慎重に運転する。信号で停止すると、思わずタンクを愛でる。

 すげえ。俺のバイクだよ。

 速く走る必要なんてない。いま、このときを、しっかり楽しむんだ。心に刻み込むんだ。

 タンクは満タンにしてくれてあった。

 グーグルマップでは40分もかからない行程だったが、途中で道を間違えたりして、家に着くまで1時間近くかかった。でもなんという充実した時間だ。

 6時過ぎ。まだ陽は残っていた。

 家の前にZ250を停車させ、サイドスタンドを出す。ほっと一息ついて、エンジンを切る。疲れてはいたけど、まだ降りたくなかった。ヘルメットをはずす。

 音を聞きつけて、かーちゃんが家から出てきた。

「おかえり」

「ただいま」

 いつものやりとりが、いままでとは違う気がする。

 かーちゃんは黙ってひと通りバイクを眺めると、俺の顔を見て微笑んだ。「ご飯、できてるわよ」と言い残して、家の中に戻っていった。

 5分ほどして、ようやく満足した俺はバイクから離れた。

 それからふと思いついて、スマホで写真を撮る。

 かーちゃんにカーポートのフィットを少し前に出してもらってあったから、その後ろにZ250を入れる。

 保管用カバーと強力なロックも買わないといけない。今日のところは、家にあったブルーシートと自転車用のチェーンロックがその代用だ。

 家に入る前に、有里子さんには無事に帰宅したとメッセージを送り、少しだけ迷って、写真付きのメッセージを美那に送った。


※エンジンをかけた状態のバイクを歩道で押して歩くのは、道路交通法違反の可能性があります(危険です)。

また、教習所で習ったと思いますが、サイドスタンドは跨る前に上げましょう。筆者はそれをさぼって、一度、危うく事故(じこ)りそうになったことがあります。

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