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いつかしの月   作者: 石王禰鈴
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第一章 双子の姫1

 いまより遠いむかし、大和の国の都が飛鳥の地にあったころ。そのころ宮廷には神の儀式を守る古い一族がおりました。

 これは、その一族に生まれた双子の姫の物語。

 歴史の書には載っていない、この大和の国のために陰ながら祈りを捧げた二人の女性の愛の物語です。


 翠なす大和の山々よ。幼き頃よりわたしを育んできた三輪の山をもう一度見たいのに、今日は立ち上る雲に包み隠されている。

 三輪山もわたしたちとの別れが悲しいのか。それとも急な遷都に捨てられたと怒っているのか…。

 今朝幼き頃より暮らし慣れた大和の国を後にして、湖の国、近江へと旅立つのです。

 八重九重と雲に覆われた三輪の山は出発の時が迫ってきてもいっこうに姿を見せようとしない。

 人々はこの遷都が神に祝福されていないことを感じて不安な顔をしている。

 わたしの夫、皇太子であるカツラギは近江に都を移し、政府を一新してそこで王位に就く。

 夫と言っても皇后になる身分でないわたしは妃の一人として付き従うのが運命。わたしの名は(ゆかり)。王の傍らで歌を詠むのが務め。

 この地を去り惜しみ、新境地に不安を抱く皆の心を歌で慰めるしかないのです。


 三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠そうべしや…。

 

その時、不意に「行くな」と声が。

人が空耳と呼ぶそれはわたしにとっては神の声に近いもの。

言霊をつかう巫女の血を受け継ぐわたしのとっては。

ああ、やはり。

三輪の山もこの遷都が正しいものとは思っていない。

今、足が、三輪山の引き留める言葉がわたしの足をこの地に縫いとめられたように動かない。

立ち止まってしまったために、前を行く一行からどんどん離されていく。

額からは脂汗がたらたらと流れてくる。歩き出さなければ。早く。

 「紫姫(ゆかりひめ)?」

 名を呼ばれてそちらを見ると、脂汗を流している私を心配そうに姉の茜姫(あかねひめ)が覗き込んでいる。

 わたしたちは双子の姉妹。まるで貝合わせのようにそっくりな姉とわたしは幼い頃よりお互いの気持ちが手に取るようにわかる。

 茜姫に声をかけられたことで足の縛りが解けて、また足を前に出すことができるようになった。

 もう一行は後ろ姿が霞むほどの遠くに進んでしまっている。急がなくては。

 「ごめんなさい。少し眩暈がして」

 「いいえ、三輪山がわたしたちを離したがらないの。わかっているわ」

 そうかもしれない。

 わたしたち姉妹は、遠い昔よりこの大和の国を守り神に仕える家に生まれてきた。

 そしてその一族のなかにおいても特別な運命を産まれながらに託されていた。



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