魔王「暇で死にそうだ…」勇者「そっか…」
数百年前に世界全土を巻き込んで起きた《異種族全面戦争》。
【大魔女】【星騎士】【冥竜】【月狼】などなど戦の数だけ英雄が産まれ、数多くの逸話が年月を得て伝説となった世界で、人と魔の最終兵器、終わりを運ぶ者といわれた【勇者】と【魔王】。
彼等は数百年の時を経てなお生きていた。
*
暗く静まり返った魔王城(ほぼ廃城)の最上階の寝室でキングサイズのベッドでスヤスヤと寝息をたてている少女。
銀色の髪に寝ているため見えないが紅の瞳、頭からは二本の山羊に似た角が生えている。
「むにゃむにゃ……ご飯が無ければ寒天を食べればいいじゃないかzzz」
歴史的に有名なセリフだが何やら貧乏臭くアレンジされている。そもそも寒天では白米ほどの栄養がとれるとは思えない。ちなみに『パンが無ければ~』のセリフだが実際に言ったという証拠などは無いらしい。
だが寝言でこのセリフを呟くとは異世界お決まりの才能開花イベントでは悪役令嬢の職業を一発で引き当てそうな潜在能力を感じさせる。
ぐっすりと眠る少女の寝室のドアがガチャリッと開けられ、そろりそろりと怪しい人影が侵入してくる。
抜き足・差し足・忍び足を体現したかのようなエセ忍者感満点の動きでベッドへと近づいていく。
ベッドの横に立つと窓からの月明かりでようやく男の風貌が明らかとなる。
黒い髪に灰色の瞳をした精悍な青年だ。爽やかそうな笑顔を浮かべれば淑女達が鼻血を吹いて卒倒しそうな見てくれをしているが、男の少女に向ける顔はにんやりと口許に三日月のようの笑みを浮かべている。
「スヤスヤと寝てやがる。さぁてたっぷり楽しませて貰おうか」
男は舌なめずりしながら指をワキワキと動かしながらベッドで寝息をたてる少女にじりじりと迫る。
第三者に見られた場合、事案だと思われる可能性は百パーセントであり、法廷で争えば確実に敗訴すると思われる光景だ。
そしてとうとう男の魔の手がいたいけな少女の肉体に!!
触れたかと思ったらすり抜けた!!
何を言っているのだと思うだろうが当の本人も状況を分かっていないようだ。
「へっ……???」
さっきまでの怪しい雰囲気はどこへやらアホ面を晒して気の抜けた声を漏らしている。
その瞬間、ベッドの上の少女がブツンと消えるとベットの真下、床との隙間から先程までベットに横たわっていた少女と同じ見た目の少女が飛び出してきた。
「チェストぉぉぉぉ!!!」
やけに気合いの入った掛け声とともに少女は男の背後をとり手に持っていたスポンジ製の剣で男の頭頂部にくくりつけられている紙風船を叩きわる。
「いよっしゃぁぁぁ!!!」
「のぉぉぉーー!!!!!!!!」
ほぼ同時に奏でられる勝者と敗者の心の叫び。
少女はスポンジソードをブンブン振り回し、男は頭を抱えて床に崩れ落ちる。
「勇者!!我の勝ちだ、これで今週の掃除当番は貴様だからな!!」
少女はスポンジソードを床に伏す男の眼前に突きつける。
「魔王ちゃん!!後生だから三回勝負にしよう!!!?」
「断る!!いつもそうやって悪足掻きしおって、おとなしく掃除をしろ」
「そんな!?」
少女の無慈悲な宣告に男は声にならない叫びをあげるのだった。
*
翌朝、魔王城(廃)の食堂では昨夜いたいけな少女の寝室に不法侵入しスポンジソードで撃退され、これから一週間の掃除当番が確定している哀れな男がエプロンを身につけキッチンに立っている。
「勇者~、朝飯はまだかぁ~?」
カウンターを挟んだダイニングテーブルにはナイフとフォークを両手に持った銀髪の少女がテーブルに突っ伏している。
「あいよー!あ、魔王ちゃん、スクランブルエッグは固めがいい?それとも半熟にする?」
「我は半熟がいいぞ、フワフワのトロトロを所望する!」
「ほいほーい」
勇者と呼ばれた男が慣れた手つきでフライパンを操り卵を炒める。
数分して魔王と呼ばれた少女の皿にトロトロのスクランブルエッグとケチャップが盛り付けられる。ミルクとパンも用意され美味しそうな朝食が完成する。
「さ、召し上がれ。デザートはヨーグルトを冷やしてあるからお楽しみに」
「おぉー、勇者よその歳で所帯染みてくるとは嘆かわしい。それではいただくとするか」
「なに『死んでしまうとは情けない』みたいなテンションで言ってんだよ!?てかどこでそのセリフ覚えた?!!」
「この前異世界から流れてきたとかいう赤白の箱を映水晶に繋いだときにな」
魔王がスクランブルエッグをもくもくと頬張る。
「やったのか!?魔王なのに!?」
歴史的な名作、国内初のRPGにして、かの有名な《道具屋》という言葉が定着したきっかけになった作品をなぜか討伐される側がプレイしたことに思わず衝撃を受ける勇者。
「うるさいぞ、冷める前に食べるのは作った人に対する最低限の礼儀だぞ」
魔王はミルクを一口飲むと鬱陶しそうな視線を勇者に向ける。
「いや、これ作ったの俺だから」
「まぁまぁの味だったな、昼はナポリタンを作れよ」
「なんて図々しい、作る人への礼儀はどうしたよ」
そういいながら勇者は朝食を口に書きこみつつ、ナポリタンの調理行程を頭のなかで組み立てている。
魔王が丁度食べ終わるのを見るとキッチンからデザートのヨーグルトを持ってくる。
「手にお持ちになっているヨーグルトをとっとと我によこしやがれでございます」
魔王がスプーンを構えてヨーグルトを要求する。
「礼儀って辞書で引いてみろや」
「我の辞書に『人の言うことをきく』というコマンドはない」
「コマンド!?んなもん俺の辞書にもねーよ!!」
不毛な会話を朝っぱらから繰り広げながらなんとかデザートを平らげた二人はリビングに移動する。
ソファに寝転びながら映水晶をつけるが流れるのは散歩ロケとチェスの打ち方と人生引退間近の人々が見るような番組ばかりだ。
何度かチャンネルを変えるとどれも大差ないと分かったのか魔王はリモコンを放り投げる。
「あー、暇だ」
「そう言わないでたまにはニュースでも見ようよ。ほらワンちゃん特集ってやってるよ」
「平和ボケしておるな」
「仕方ないだろうここ百年は戦争とか起きてないし実際平和なんだよ」
勇者の言うとおり三百年前の異種族全面戦争の時代に比べると紛争もなく最後に起きた戦争も小国同士の小競り合いみたいなものであり言うほど大きなものでもない。
「ふざけるな我は魔王だぞ!プロフィール欄の嫌いな食べ物には平和と書くほど平和が嫌いなのだ!」
「ちゃんと食べ物書きなよ、相手がパニクるって」
「だまれ!貴様それでも勇者か、我を止めようとか思わんのか!」
「そういうのって三百年くらい前にやったじゃん、お互い良い歳なんだし落ち着いた余生を過ごそうよ」
勇者はテーブルの上のクッキーをパクつきながら呆れたようにため息をつく。
「くっ、我はまだピチピチだ!」
「自分で言うなよ、世間一般からみたら俺達なんて老害扱いだよ、ピチピチは無理だって」
「ふぐぅぅぅーっ!!」
顔を真っ赤にして湯気が出そうなほど怒りエネルギーを貯める魔王。
「勝負だ!」
「はっ?」
「いいから、勝負しろ勇者!!」
「んーいいけど、何で?」
「えっ?」
魔王がキョトンとした顔で停止する。
「いや俺達が全力でやったら全世界から抗議文付きの核ミサイルが届くと思うよ、たぶん地形変わると思うし」
勇者の発言通りこの平和な世の中で突然王道RPGの最終決戦なんて起こしたら全世界を敵にまわすこと間違い無しである。
「………!」
少し考え込んでいた魔王はソファから跳ね起きると近くの宝箱型収納ボックスを漁り始める。
魔王はようやくお目当ての物を発見したようだ。あるものを抱えて勇者の所へと戻ってくる。
それは赤と白の本体に二つのコントローラーが付いている国民的伝説のゲームハードだ。
「これで勝負だ勇者よ」
「…まぁ、リアルファイトよりはマシか」
魔王が引きそうにないと思った勇者はしぶしぶながら二Pを受けとる。
魔王は映水晶にコードを繋ぐとカセットに息を吹き掛けてセットする。その熟練の動きに驚愕する勇者。
「ふ、それではゲーム開始だ!」
「あいよー」
本体のスイッチをポチっと押すと映水晶の画面が懐かしいものへと変わる。
空中に浮かぶレンガと大きくなる目玉つきキノコ、極め付きは赤と緑のつなぎを着たオッサン二人の登場だ。
歴史的名作には違いないが対戦型のゲームではないことは幼稚園児でも知っている。
「魔王ちゃん?これ間違ってない」
「ん、合ってるぞ。このカセットで間違いない筈だ」
「いやけど、これさ協力プレイがメインであって対戦は専門外じゃないかなーなんて」
やんわりと告げる勇者、魔王は少し考えたすえに名案を思い付いたようだ。
「それならば互いに妨害しあって先に二回死んだ方が負けということでどうだろうか」
「ストーリーガン無視じゃないか、さっさとピーチ姫助けにいってあげなよ」
「平気だろうあれぐらいならデコピンで脱走できる」
「魔王基準で考えるなや」
「隙あり」
「のぁぁぁー!!」
赤いほうのオッサンが緑のオッサンにドロップキックをぶちこんだ。
勇者の残機がひとつ減った。
「なんだよこれ!!?俺の知ってるマ○オじゃない!!」
「aボタンでキック、bボタンでパンチだからな」
「コマンドはジャンプ一択の筈だろーが!!」
そう叫びながらも勇者の緑のオッサンも華麗なコンビネーションで赤いオッサンに攻撃を繰り出している。
「くっ、強いっ!」
徐々に押され始める魔王。勇者の猛攻は止むことを知らない。
「そらそら、今回は俺の勝ちかなぁ~?」
余裕綽々といった様子で勇者はニヤリと嗤う。魔王はというとそんな勇者に目をくれる余裕もないのか画面に釘付けになりながらボタンを連打している。
「ほら」
緑のオッサンの拳がガードをすり抜けてヒットする。
「ほらほら」
次いで蹴りに拳と連撃してくる。
「ほらほらほらほら!!」
魔王にガードをさせる間を与えないように緑のオッサンの攻撃は途切れることがない。
「あと少しっ!!」
勇者は勝利を確信した。格ゲーの腕前ならばどうやら魔王よりも一枚も二枚も上手だったようだ。
そしてとうとう画面の中の赤いオッサンが膝をつきダウンする。ここぞとばかりに突進していく緑のオッサン。
そして決着がつくかと思われた次の瞬間、画面が暗転した。
「あれ?停電?」
勇者が不思議そうに呟くが、そもそも映水晶など魔王城の設備は地中から吸い上げた魔力を原動力にしているため停電などはあり得ない。
映水晶画面から視線を下げた勇者の視界に写ったのは魔王の美しい白魚のような指がファミコンの電源スイッチを押し込んでいる光景だった。
「ちょ?魔王ちゃん!?」
「勇者よ腹が減った昼飯を作れ」
魔王は何も無かったかのように自然に振る舞っている。
「いや、これ反則でしょ?」
「我はナポリタンを所望する」
「いやいや、誤魔化されないよ」
魔王は頬をぷっくりと膨らませると頭の角を勇者にドスドスと突き刺してくる。これは地味に痛いだろう。
「痛い、痛いっ」
「ナポリタンを所望する」
壊れたテープレコーダーのように同じ事を呟きながら角を刺してくる魔王に呆れたのか勇者は立ち上がると袖まくりをする。
「分かったよ作ってくるからちょっと待っててね」
「うむ、オレンジジュースも忘れるなよ」
「はいはい、分かりましたよお姫様」
慣れた様子で魔王の要望をききキッチンへ向かおうとする勇者。
「まて、勇者よ」
そんな勇者を魔王が呼び止めた。
「ん?なんだい?」
「午後はこれを一緒にやろう」
「スウィートホームかよ!!?」
魔王の掲げるファミカセを見て思わず声をあげる勇者。
ちなみに、この後二人を一番苦しめたのは間宮邸の呪いではなくスウィートホームのセーブデータの消えやすさだったという。