Review.6:肉薄。
――その日の夜。
オレらはまだ、常平学園の校内にいた。
大階段の上に架かっている、第二渡り廊下から下を見おろしている。
階下に気配は見られない。
その中で、オレは夕食である菓子パンをモグモグ、緑黄色野菜の紙パックジュースで流し込んでいた。
腰には、相棒である日本刀を差している。
「九時半……須藤が、野獣を目撃した時刻だ」
オレの隣で、缶コーヒーをすすっていた部長がつぶやいた。
その隣では綾瀬が身を乗り出して、下を覗き込んでいる。
「何も……出てきませんね」
それから、さらに一時間が経過した。
時刻は十時半を回っている。
「おかしいな……何故来ない?」
部長が唸る。
それもそうだ。
現象というものは案外、規則性があるものなのである。
不規則も規則性の一つであるように。
見えないようで、だが確かに存在する法則。
説明しがたい何かが、必ず其処にある。
「少し、見てくる」
部長が痺れを切らしたように立ちあがる。
オレと綾瀬もついていこうと立ち上がるが、
「私一人だけで良い。単独じゃないと現れないかもしれないだろう?」
部長にそう言われ、振り上げた足を渋々降ろす。
しばらくすると、オレらの視界に部長が戻ってきた。
こちらに目を向け、緊張した面持ちで大階段を歩き始める。
オレたちは、それを息を呑んで見守る。
――危険を感じたのは、その時だった。
「間君ッ!?」
オレは綾瀬の静止も聞かず、その場を駆け出していた。
現象研究会部長、義彦は部員を置いて、一人外に出ていた。
夏の夜のじんわりとした蒸し暑さが身体を包み込む……はずだったのだが、大階段に足をかけてみると、ひんやりとした肌寒さが、義彦をすうっと取り囲んだ。
「間違いなさそうだな」
いる。
常軌を逸した何かが。
上の二人と目を合わせると、義彦は一歩、また一歩と大階段を下っていく。
ざわり。
「!」
左右の植え込みが、揺れる。
夏の夜風だろうと、無理やり決め込む。
ざわり。
「っ……」
再び、揺れる。
その時に、風など、吹いてはいなかった。
ざわ ざわ
ざわ ざわ
ざわ ざわ
ざわ ざわ
三度、植え込みがざわめいた。
瞬間。
「―――――――――――!」
形容し難いおぞましい咆哮が、大階段に響いた。
「来たかッ!?」
大階段の一番下に、なにかがのそりと姿を現した。
ぼんやりと、黒い霞を纏った、塊。
「あれ…か」
義彦は、眼鏡の奥の目を細めながらつぶやく。
あれが、須藤の見たという〈大階段の野獣〉。
証言より一回り大きいようにも感じる。
植え込みが、ざわざわりと道をあけるように後退していく。
それはまるで、百獣の王にかしずく獣たちにも似て。
義彦の額に冷や汗が浮く。
身体の芯を恐怖が貫いていく。
上からは、綾瀬が逃げろと叫んでいるのが聞こえる。
しかし、どうにも身体が動かない。
逃げようともがいてはいるが、野獣の圧倒的までの覇気に押し潰されている。
「――――――――――!」
霞を纏う獣が、もう一度吼えた。
それから、疾風の如き速さで、大階段を駆け上ってくる。
飛び掛られる。
義彦は、死をも覚悟した。
――だが。
「はぁぁ!」
ガキリと硬質の物同士がぶつかる音がして、義彦は目を見開いた。
目の前には、義彦と野獣の直線上には、黙雷が刀を抜き、立っていた。
どうやら、庇いに入ってきてくれたらしい。
「は、間君…」
「部長、下がって。こいつ、おかしい瘴気出してやがる。ここは一旦退きましょう」
「そ、そうだな」
「だが…せめて正体ぐらい!」
黙雷は、刀で黒霞を抑えながら唸る。
「間流……古典斬鬼術ッ!」
黙雷が、刀を振り払い、上段に構える。
「八雲乱れろ……叢雲断影」
黙雷が、刀を振り上げたまま飛ぶ。
その刀身は、淡く発光しながら、周囲の大気を切り裂いていく。
それはまさに、紫電一閃。
黙雷の、大気の渦を伴う斬撃が、黒霞を吹き飛ばす。
瞬間、耳をつんざくような金切り声が満ちる。
「っう……!!」
黙雷と義彦は、耳を押さえてうずくまる。
平衡感覚を失い、視界が狭まり、脳が直に揺さぶられる感じがダイレクトに心身に響く。
次に二人が顔を上げたときには、〈大階段の野獣〉の姿は何処にも無く、常平の大階段はいつもの姿を取り戻していた――――
部長危機一髪の巻(苦笑)。
黙雷の機転のおかげで、どうにか助かったようですね。
今回取り組む問題が畜生の類ということもあって、かなりの激戦が予想されますね(解説風に)
今後の展開は、次回に期待しましょう。
以上、昼行灯でした。




