Review.12:決闘。
大階段の一番下に立つ。
下から見上げると中々壮麗な景色だ。
レンガを組んで造られた何百段にも及ぶ、横幅がゆうに六〜七メートルはある大きい階段。
――その頂に、悠然と屹立するものがいた。
「……〈大階段の野獣〉」
纏う黒霞は、半ばほどけ、身体が露出している。
牛と同じ大きさ、狼の如き頭部には、炯々と光る黄金の双眸。
広い胸部をし、長く曲がりくねった尻尾は獅子のような毛皮の房で先端まで覆われていた。
そして、小さく真っ直ぐな耳と、闇夜に浮かぶ巨大で白い牙。
全身がくぬぎ色の剛毛で覆われ、背には黒いストライプがはしっていた。
それが、奴の、長年身をやつす仮初の肉体。
「いい加減、目を覚ませよな」
高低差を気にもせず、睨みあう。
碧色の柄に、手をかける。
ざわりと、植え込みがその身を引いた。
「――――――――――――――!」
野獣の口腔から、雄叫びがほとばしる。
それは、決戦開始の合図の法螺貝のように、大階段に朗々と鳴り響く。
柄に手をかけたまま、大階段を駆け上がる。
野獣も、一陣の風となりて、大階段を走り下る。
交差する瞬間、オレは電光石火の速さで刀を抜いた。
そのまま、前に飛び込むようにして、奴の懐に潜り込み――
「刳空」
一閃。
邪念を払拭する、間流古典斬鬼術を放つ。
「――――――――――――――!」
野獣はもんどりうちながらも、どうにか踊り場に着地する。
腹部から、どす黒い思念をどくどくと垂らしながら、野獣は繊月の瞳でオレを睨む。
「仕方ないだろうが。これがお前を救うための手段なんだからよ」
野獣はオレに飛び掛る。
しかし、傷を負ったためか、その動きに機敏さは、その力に剛は無い。
刃こぼれをおこしている刀身、しかし淡く発光する粒子で周りをコーティングされている刀身で一撃を受け止める。
「目ぇ醒ませって。お前が探している主はもうこの世にはいないんだ」
ビクリ、と野獣がその身体を震わす。
「その通りじゃよ、タケマルよ」
――この声は。
おそるおそる振り返ると、そこにはウミを連れた仲ジィが。
……神出鬼没。
にしても。
「タケマル、だと?」
「其奴の名じゃよ」
仲ジィは、恐れる様子もなく、野獣に近づいていく。
刀を押す力も消えているようだ。
いぶかしみながらもオレは刀を下ろす。
仲ジィは、野獣の身体を慈しむように、優しく、優しく、撫でた。
「…………」
野獣はされるがままになっている。
どうやら、オレが裂いた傷口から大分邪念が抜けてきているようである。
「タケマルよ、明日、お主の飼い主の元へ行こう」
仲ジィが、囁く。
野獣の足元には、ウミが寄り添っていた。
コクリ、と野獣は力なく頷く。
――良い所をとられた気がしないでもないが、上手くいっているようだ。
とりあえず良しとしよう。
「椿さんッ!」
オレは、校内に声が轟くように、叫ぶ。
「はい」
刹那、足元からふわりと、人畜無害な幽霊さんが姿を現した。
……少々眠たげな表情だったが。
「こいつのお守り、頼めますか?」
オレは、野獣の剛毛をさすりながら、言った。
椿さんは、にこりと微笑む。
「おまかせくださいな」
「頼みます」
刀を、黒鞘にするりと納めてから、頭を下げる。
「いえいえ。――では」
オレと仲ジィとウミは、霞のように消えていく椿さんと野獣を見届けると、家路に着いた。
「いやぁ、マジで驚いた」
仲ジィが運転するアメ車内である。
「ふぉっふぉっ、いやァたまには儂も身体を動かさんとのぉ」
大きなハンドルを巧みに捌きながら、仲ジィは不敵に笑う。
シートベルトを無視して、膝上には当然のごとくウミがいる。
「まァ儂がするのはここまでじゃ。あとは若いのでどうにかしなさい」
盛大にアクセルを踏み込みながら、仲ジィは、それはそれは快活に笑った。
大階段での戦闘シーン。
階段などの上下に移動する場所でのアクションは、
一度書いて見たいと思っていたので、良かったです(^^)
特にすれ違いざまの一撃のシーン。
あそこが好きですね(笑)




