まさか黒歴史ノートまで転移してるとは思わないじゃん
「ようこそ、ここが僕達の城、フォルモント城です」
逃げられないようにガッチリとアウレールに腕を捕まれ歩くこと十数分。時おりケモノの遠吠えが聞こえる森の中をぬけると、崩れかけの城があらわれた。
「あー、北の砦の城ってこんななんだァ……こっわ」
「貴様がこうあれと生み出したのだろう白々しい」
けっ、とベルンハルトの高圧的な声がして、疲れて丸まりかけていた背がぴんとのびた。
「あのですね、誤解があるようですが、別にここまでは作りこんでません。
あなたのことは国の端っこの端っこのだだっ広いだけで特に何も無いけどたまに魔獣が出ちゃう怖そうなところに更迭されたって、そんな、ええと、その、三行くらいでしか……書いて……作ってなくてですね」
反論しつつもだんだんと声が小さくなってゆく。
だって仕方ないじゃん、と言い訳をするのなら、悪役を殺す以外でスッキリ片付けるには追放エンドくらいしか思いつかなかったのだ。
「い、命があるだけでも感謝して欲しいくらいで……あっ、ヒエ……あんまり顔近づけないで顔が良い……」
「顔……? 貴様がこう作ったのだろうが」
「いえ、私が決めたのはあなたの髪の色と性格のベースくらいです」
顔はイラストレーターさんが書いてくださいましたので!ハァありがてェ!!
ベルンハルトとアウレールの居城への道中、やたらめったら殺す殺すと言われ、脳内でゲシュタルト崩壊を起こしかけた。
あまりのしつこさに少し、ほんのすこしプッツンと来て、「殺せるもんなら殺してみろォ!ゲームオーバーさようなら!ソッコーでおまえのおねしょ情報を世界に書き加えてやるよばーかばーか!」と煽りに煽り、青筋立てたベルンハルトに切りかかられ、アウレールが慌てて魔術で守ってくれたりと、既にクライマックスを過ぎてしまった。
そこからはもう歯に衣着せても自主的脱衣してしまうのでもう諦めた。心の声がとても素直に口から出てしまう。貴様!心を読んだな!なんて言うまでもなくオールウェイズ自白状態。赤裸々白書はじまった。赤い実も爆散してしまうだろう。
「やめなよベンノ。創造の女神様に喧嘩ふっかけないでよね。
ごめんね女神様。見て欲しいものがあるんだ。追放される前になんとか持ち出して来たんだけど、」
ガッチリと腕を確保されたまま廃墟寸前の城に入れば、これまた凝った内装のお化け屋敷ですねと言いたくなるほどの有様だった。エントランスの絨毯は擦り切れ、調度品は何も無くがらんとしている。
案内されるままにひとつの部屋に入れば、そこは綺麗に掃除されており、普段生活する場は最低限ととのえられているのだなとくるりと空間を見回した。ベルンハルトの鬼の形相が目に入りぱっと目を逸らしたけれども。
「何も無いけどごめんね。で、見て欲しいのはこれなんだけど」
「ヒョエ」
思わず頭を抱えた。これってあれだ、そう、黒歴史。
「ななななななんで捨てたはずの黒歴史ノートがっ?!」
この小説の元となった、子供の頃に書いた、小説と言えるか微妙な妄想を集めたノート。
結局はその時つくりあげた世界をベースに全く違う主人公とストーリーを、流行りにのっとり小説を書きあげたのだが、
設定などはパソコンでまとめてそのノートは捨てたはずだった。はずだったのだが。
「黒歴史……つまりは表舞台にない、秘密裏に葬られた歴史、か」
いえ違います。全然違うけど正すのも恥ずかしすぎるので神妙な顔で頷いておいた。
「装丁も何もあったものではないな。厚紙に綴じられただけ、書いてある文字はこの国の学者にも分からぬ。
しかし、彼奴はこれを見て明らかに動揺していた」
彼奴、とは恐らく第二王子のことだろう。転生前の記憶がある状態なら日本語を読めたとしても不思議ではない。
「これを読んでから、奴はおかしくなった。
どこに出すにも恥ずかしい王家の者が、人が変わったようにあれこれと手を出し始めたのだ」
小学生の使う自由帳。当時流行った無漂白の厚紙で、ロゴも何も無いシンプルなノートに、下手ながらも気取った文字で書かれたタイトルをなぞり思わず目をふせた。
「なんて書いてある。貴様が記したものだろう」
だってまさか、文字だけの物語でひとつの世界が生まれてしまうなんて、フィクションがノンフィクションになってしまうなんて、誰が想定できようか。
「……満月の女神と炎の竜」
このタイトルの物語の主人公は、名声を掴むはずの主人公はベルンハルトの方だったのだ。