悪役王子救済物語(を書かないと殺されます)
私──風見文香は子供のころからファンタジーが大好きだった。
学校の図書館、海外の映画、魔王を倒すゲーム、漫画に小説。
「おい、黙りこくってないで何か言ったらどうだ」
どっぷりとはまった当時、手が届く範囲の本を読みつくした私は、自分だけのファンタジー世界を作り始めた。学習ノートに書いただけの拙い子供が作り出した世界。魔法使い、王子様とお姫様、魔物に精霊。大好きなものをこれでもかと詰め込んだノート。
「惚けていないで返事をしろ」
進学して、就職して、実家から出た私は、古びた机の奥のノートなんてすっかり忘れていた──小説投稿サイトなんてものを見つけるまでは。
「ベンノ、言葉がわからないのでは」
「そんなはずはない。この世界の創造主を召還したのだ、言葉がわからないはずがない」
そのサイトに昔作った世界を今はやりの転生要素を加えて投稿したのが一年前。
調子に乗ってコンテストに応募したのが半年前。
賞をもらって発売したのが二か月前。
続編の打診をもらったのが、昨日。
「万が一、外れを引いたのなら始末して次だ」
「怖がらせること言わないの。次って、召喚のためにどれだけの生贄捧げたと思ってるのさ」
そして今、これが素人ドッキリものでないのならば、もしかしたら異世界転移というものをしてしまった、のかもしれない。
(あっやばい今まじやばい言葉聞いた気がする)
目の前がクリアになるにつれ、冷や汗がぶわりと噴き出した。
「貴様が世界の創造主か」
血のような赤い髪を持つ男と、麦わら色の髪をした男が、目の前に立っていた。
立派な身なりは泥と変色した血で汚れており、周囲の鬱蒼とした森とあいまってひどく恐ろしいものに見えた。
「……………………まじか」
自分の足元には魔法陣のような幾何学模様。その周りには、地面に染み込んでなおてらてらと鈍い光沢の失われないどす黒い液体が撒かれていた。確認せずともこれはなにかの血だろうな、と一目でわかる。
──さっき生贄、とか聞いた気がするもう嫌だおうち帰る。
それでも問いに答えないままでいるには目の前の男が苛立ちすぎていたので、答え合わせも兼ねて口を開いた。
「もし違ったらごめんなさい。赤い髪のあなたが元王太子ベルンハルト、もう片方は側近のアウレール……ですか?」
だと思う。立体物もフルカラーでも見たことがなかったけれど、小説の挿絵で見たことがある。記憶の通りなら、二人は小説の主人公の手により退場させられた悪役だ。見た目もそれっぽく暗い赤の色彩ときつそうな顔立ち、気性の激しさを持つ男として作り上げた。
散財し、婚約者の公爵家の姫君ともうまくいかない。
悪役令嬢の性別を変えたらこんな感じだろうか、とさまざまオプションを足していき、書籍として発売されてからもなかなかの憎まれ役っぷりに人気の出たキャラクターだった。
大胆で、自信家で、王太子として手腕を振るうどころかやり過ぎて現国王を早々に殺して王位につこうとしている、と第二王子に暴かれ、魔獣の巣食う山を領地として与えられ物語からは退場する。
第二王子の方はというと、落馬事故で日本人として生きた記憶を取り戻し、日本の知識を生かして施政者としての頭角を現し自分の派閥を作り上げ王太子ベルンハルトの横暴な振る舞いに危機感を感じていた者たちととともに「ざまぁ」を仕掛けるために外堀を埋めつつ方々手を尽くし、ベルンハルトの婚約者も奪い、運命の日を迎え、みごとハッピーエンドへ。
と、いう物語だったのだが。
「そうだ。もう一度問おう。お前がこの世の創造主か」
「………………ハイ」
逡巡しながらも肯定すれば、赤髪の男──ベルンハルトは、に、と口の片端を上げた。
「そうか、そうか。こんな子供に俺の人生は台無しにされたわけか」
くく、と声を漏らし、勢いよく腰の剣を抜いた。
「っよくも! よくも俺の人生を!台無しにしてくれたな!!」
「ひっ」
怒りに震える赤髪の男の顔はあまりにも恐ろしく、怒気に当てられ息がひゅっと詰まった。
足元に広がる血の魔方陣を踏みにじり近づき、汚れた手で私の首をつかんだ。尖った細身の剣が顎の辺りにひたりと当てられ、今にもぐさりと刺されてしまいそうだ。
「クソッ!こんな女に台無しにされたのか!」
ぎゅう、と片手だけで首を絞められ行き場を失った血が血管の中で暴れている。手から逃れようともがくがビクともしない。
「殺されたくなくば俺を王座まで導け!創造主ならばそれくらい容易いだろう!」
「ぐ、ぐるじいです……はなひで……」
たいへんだ。ひじょうにまずい。さくしゃは、キャラのうらみをかったようだ!
「ベンノ、顔怖いよ、ほらー創造主さまのお顔が引きつってる。
ごめんね、まさかこんな女の子だと思ってなかったからさ」
ベルンハルトの従者のアウレールは怖くないよ、と幼子にするように屈みにこりと笑った。
「僕はアウレール。今は家名はない。訳あってアレンって名乗ってる。
あっちはあなたが言った通りベルンハルト。これまた訳あってベンノってことになってるんだ。
──作法に則りあなた様を召喚致しました。どうか僕達を助けていただけませんか」
にっこり。ノーとは言わせないぞ、絶対にだ。
そんな意思の感じられる笑顔を向けられれば、わーハリウッドスターばりのイケメンだなぁ、なんてふざける余裕はミジンコほどもなくて、ひっくり返った声で「ヒャイ」と答えるのが精一杯だった。
おお、神よ。私が何をしたというのですか、いやちょっと悪役をコテンパンにしただけですごめんなひゃい……。