異界の街
二話目です!
「……ッ……一体、何だったの?」
どれくらいの間、意識を失っていたのだろう。まだ少し頭がクラクラするが漸く、激しい眩暈と頭痛から解放された。私は息を一つ吐くと、ふらつく足に力を入れ、壁に手を添えて立ち上がる。
すると、目の前に飛び込んできた光景に言葉を失った。
「……どこ?……此処」
出てきた声は、自分でも驚く程に小さい。
見たことがない世界。そこにあるのは、見慣れた通学路でも、学校でもなかった。江戸時代の街並みを思わせるような和の建物ばかりだった。
瓦屋根の家が立ち並び、真正面に見えるのは遊郭だろうか……日本史の資料集か何かで、似たようなものを見た事がある気がする。
正に【豪華絢爛】という言葉が相応しい建物で、美しい着物に身を包んだ艶やかな女性達が道行く男性達に声を掛けている。
その街を歩く人々の服装も、和装だったり洋装だったり、はたまた和装・洋装を混ぜたような変わった服装だったりと様々だ。目の前の光景にも驚いたが、何よりも私を驚かせたのは道行く人々の《姿》だった。
「……!」
悲鳴を上げそうになった。けれどそれは、ギリギリのところで喉の奥に引っ込ませる。私は自分の両手を口元に当てた……こうでもしないと引っ込ませた悲鳴が出てしまいそうだった。
彼等の姿は明らかに人間じゃない。額に二本の角を生やした大柄の男に顔の半分が骸骨のように爛れた花魁の女、着物を着た二足歩行の狐なんて、こんなの普通だと存在しない。
訳が分からなかった。
気を失っていた間の記憶はないから、自分が何でこんな場所にいるのか、考えても答えは出てこない。
誰かに攫われた?……だとしたら、犯人がすぐ近くにいるかも知れない。
そう考えたら、背筋にナイフを突きつけられた様な冷たいものが走った。私は咄嗟に建物と建物の間の暗い影の中に身を隠して、ポケットに入れていた携帯を取り出す。とにかく、警察か誰かに連絡をしなければと考えた。
「……あ、あれ?ちょっと、何で動かないの!」
携帯のロックを解除して、画面が表示されたまでは良かった。けれど、いくら電話帳をタップしても画面は変わらない。よく見てみると、まさかの【圏外】になっていた。電話をかけようにも、圏外になっていたら意味が無い。どうしようと焦っていたら、私の心を追い詰めるかのように次の瞬間、端末の電源がプツッと落ち、画面が真っ暗になった。
通信手段を失った私は、焦り始める気持ちを落ち着かせるために、深呼吸を何度か繰り返す。使い物にならない端末をしまい、恐る恐る隠れていた場所から顔だけを出してみる。
最初に見た時より冷静になっているのか、怖いとは思うけど悲鳴を上げそうにはならなかった。とにかく、今私が分かる情報と状況を一度頭の中で整理してみる必要がある。
1:ここは私の知っている場所じゃない(そもそも日本?)
2:通信手段がない(携帯が使い物にならない)
3:なんか怖い見た目の化物ばかり(仮装パーティみたい)
……駄目だ。
整理してもしていなくても、大した情報が無い上に、ただただ自分がヤバい況にいるという事くらいしか分からない。どうすれば良いのかと、頭を悩ませていた時だった。
「……やだねぇ、何だい?『人間』の匂いがするじゃないか」
花魁風で半骸骨の化物が着物の袖で鼻を覆い隠すと、眉間に皺を寄せる。声は物陰に隠れていた私にも聞こえ、慌てて再び身を潜めた。
「確かに、何だか人臭いな……まさか、この世界に『人間』が紛れ込んでいるというのか?」
「嘘だろう?何故この世界に『人間』が……」
「そうだとしたら、早くあの御方に伝えた方が良いのではないか?」
––––……これは、かなりまずいかもしれない。
「……」
彼等が言っている『人間』とは、明らかに私のことだ。まず間違いないだろう。
あの花魁風の化物の声に反応したのか、周りの化物達が次々に足を止める。二足歩行をしていた狐が、鼻をヒクヒク動かしながら「この辺りに隠れているな」と、私が隠れている方に顔を向けて呟いた。
「……っ––––!」
逃げないといけない、瞬時に私は判断した。何故冷静にそこまで考える事が出来たのかはさっぱりだが、気づくと私の足は走り出していた。幸いなことに、道が続いているおかげで道のど真ん中に堂々と姿を晒す必要がなかった。行く宛なんて当然ない、でもここじゃない別の場所に逃げなくてはいけないと、私は考えていた。
ここに居たら自分がどうなってしまうのか、幾ら鈍感な人でもわかるだろう。
無我夢中で、逃げるのに必死だった。どこを走ったのか分からない。
ただ、走るのが限界になり足を止めた時……気づいたんだ、私は迷子になっていたことに。
「……はははー。今日は本当に、ついてないわね」
溜息と共に、乾いた笑いが出た。
三話に続きます!
次回の更新は、来週になります。
少しずつ話を面白くしていけるように、頑張ります!